案の定と言うべきか。
翌日彼は俺たちとは口をきいてくれなかった。
視界には入っているだろうがガン無視。
声をかけても、目の前に立ってみても。
オマケとばかりに昨日現場にいなかったメンバーも無視された。
そして、昼休みになると彼はカバンを持ってどこかへ消えた。

「何したらあんなになんねん」
「相当じゃないか、あの怒り方は」

当事者でない水上と穂刈の言葉は最もだ。
不機嫌そうなカゲにちら、と視線を向ければうざいと一蹴される。

「なんて言うか、地雷踏み抜いた感じ」
「地雷ね。アイツに関して言えば地雷ばっかやろ」
「いやぁ、そうなんだけどねぇ…」

今回の地雷は相当らしい、と言えば彼らは呆れたように溜息を吐いた。

「まぁほっときゃ治るやろ。どうしてもヤバいなら諏訪さんに声かけとくんがええんちゃう?」
「やっぱり?」
「唯一、あの状態の雅久と話せるの諏訪さんやろ」

連絡してみる、と当真が携帯をポケットから引っ張り出す。

「てかさー。ここんとこ、前よりやばくね?雅久」
「…確かに」
「悪化しているな、確実に」

そう彼らの言う通り。
元々荒っぽい性格ではあったが、ここの所それに拍車がかかっていた。
苛立ちを消化しきれていないというか、いつか人を殺してしまいそうな そんな感じがしてしまうのだ。

「どうにかなんねぇかな…」
「見つからないな、解決策が」





真昼間だというのにチャイムの音が鳴った。
4限の授業に向かう準備をしていた手を止め、玄関を開ければ こんな時間にいてはいけない制服姿。

「学校は?雅久」
「……サボった」
「おいおい、それでいいのかよ受験生」

先程、当真から連絡があったしまさかとは思ったけど本当に来るとは。
雅久は「これから大学?」と彼は首を傾げる。

「一応な」
「そか。………じゃあいいわ。家帰る」

くるり、と踵を返し 彼は歩いていく。
丸めた背中に声をかけるも返事はない。
だが何となく嫌な予感がして彼を追いかけ腕を掴んだ。

「どうせ家に帰らねぇだろ、お前。着替えて大学ついてこい」
「いいよ、別に。暇なら寝させてもらおうと思っただけだから」

手は振り払われた。
出会った時から彼はどこか寂しそうな目をしている。
と、東さん達に話したら 何言ってんだと笑われた。
けど間違いなく俺を見る目はそうなのだ。
本人に自覚があるかはわからないが。

「じゃあ寝てろ。今日4限だけで帰って来るから。2時間くらいで戻ってくる」

雅久は黙りこくり俯く。
もう一度手を引けば今度は振り払われはしなかった。

「飲みもんとか食いもんは好きにしろ。あんまねぇけど」
「…あぁ、」
「酒と煙草には触んなよ」

あぁ、と聞いているのかいないのか生返事だけ返ってきて、雅久は部屋の隅の定位置に座る。
あいつが気に入っている人をダメにするクッションを手で押し潰し、猫のように居心地の良いスペースを作るとぼすんと倒れ込むように体を沈めた。

「任務ねぇなら、夕飯行くか?」
「いらねぇ」
「……あっそ。ブランケットとか使えよ、風邪ひくから」

返事はなかった。
寝てるのかは微妙だが、これ以上は何も話さないだろう。
いってきますと声をかけて 部屋を出る。
まだ高校は休み時間だろうか、と時計を確認して 当真に電話をかけた。

「雅久、家に来たぞ」
『さすがお気に入り』
「どうだか。ありゃなんだ?いつもより変だぞ」

スピーカーにでもなっているのか、「地雷を踏み抜いた」と答えたのは影浦のようだった。

「昔の話でもしたのか」
「話が早いな、諏訪さんは」
「なんでまたそんな話を…その手の話、俺がしてもブチ切れんのに」

東さんと冬島さんに頼まれて、と当真が答えた。
あの2人ってことは 元を辿れば忍田さんだろう。

「…あー…謝っても多分無駄だからほっとけ。時間をおけば落ち着く」
「なんか知らねぇの、諏訪さんは」
「知らん。知ってたら隠してねぇって」

雅久が俺に懐いている理由はわからない。
気付いたらちょこちょこと俺の視界に入り込むようになり、麻雀仲間になり、気付いたら家に来るようになった。
干渉が少ないってのも理由なのかもしれねぇが、あの視線が自分の中では引っかかっていた。
誰か俺に重ねているんじゃないか、と。

「はぁ、さっさと帰ってやるか…」

そんな彼を甘やかす俺も原因なんだろうとは思うが、放っておくことは出来るはずなかった。


授業を終えて、友人たちの声掛けも無視して家に帰れば家を出た時と同じ格好の雅久がいた。
違うことと言えば、微かに呻き声が聞こえることくらいだろう。

「また魘されてんのか…」

初めてのことじゃない。
時折見せるそれは、彼が正常でないと、言っているような気がしてならなかった。

「雅久、起きろ」

背を叩き声をかけてやれば魘された声が止まり彼はゆっくり顔を上げた。

「おはよう。調子は?」
「……普通」
「そーか。飯は?今17時」

彼は首を振った。

「悪ぃ、もう帰るわ」
「泊まってくか?」
「いいや、今日はやめとく。また麻雀やろ」

少し調子が戻ったのだろうか。
彼はやっと笑みを見せて、立ち上がった。

「メンツ集めといてやるよ」
「ん、」
「皆と早く仲直りしろよ」

彼はこくりと頷いた。





翌日、来ないと思っていた任務に雅久は現れた。
昨日のことなど、一昨日のことなどまるでなかったかのように 彼は笑って。

「任務入んの久々だわー」
「冬島さんが謝ってたわ」
「今度麻雀付き合ってくれたらいいよって言っといて」

真木ちゃんもどう?と軽口を叩く雅久にチェスならと真木は答えていた。

「チェスかー…真木ちゃんには勝てそうにねぇわ」
「あら。意外」
「もうちょい勉強したら挑むわ」

雅久のこの感情の浮き沈みって、カゲのよりも異常だよな。
カゲはサイドエフェクトっていう原因が明確だしわかりやすいけど。

「何ボケっとしてんの?お前」
「いや、別に…」
「サボんなよ、人のこと手伝わせてんだから」

彼はふっと、馬鹿にするように笑った。
いつもの雅久のようだ、やっぱり。

「なぁ、任務終わったら飯行こうぜ。お金は冬島さん持ちで」
「戻ってくんの?あの人」
「金だけ貰う」

お前クソじゃん、と彼は笑った。
だが冬島さんの代打だしそれくらいは貰おうと頷いた。

「何食う?」
「牛丼」
「安くね」

じゃあバンバーグ、と彼は 聞こえてきた警報に立ち上がり ゲートの方を見た。

「じゃあファミレスな」
「よし。じゃー、軽く終わらせっかぁ」

彼は静かに弧月を抜いた。

「デケェのは俺」
「下のは俺が捌くわ、」
「おう」

飛び出していった雅久を見送り、狙撃銃を構える。

マジ意味わからん。
昨日の今日でなんなんだあの変わり方。
別人って言われた方が納得するわ。
諏訪さんに会って落ち着いたんだとしても、あまりにも。

旋空弧月が直撃するのを視界の端に映しながら、引き金を引いた。

任務を終えて、真木と話す後ろ姿を見ながら制服を羽織る。
カゲ達に様子が戻ったことをLINEすれば 驚いたスタンプが送られてきた。

「準備出来たか?飯行こーぜ」
「おー。他誰か呼ぶ?」
「いいだろ、別に。連絡とんのめんどくせぇし」

荷物を取りに偶然戻ってきた冬島さんから貰った……いや、奪ったお金をひらひらと揺らしながら2人の方が多く使えんだろと彼はニヒルに笑った。

「クソだなお前」
「今更。じゃ、真木ちゃんまたな。気をつけて帰れよ。てか、家まで送るか?」
「この後約束があるからいい」

そっか、じゃあ気をつけてと雅久は手を振った。
歩き出した雅久を追いかけて隣に並ぶ。
横目で顔色を伺い「もういいのか?」と尋ねれば彼はきょとんとしてこちらを見た。

「何が?」
「何って……………ほら、一昨日の、」
「何が?」

顔から表情が消えた。

黙るよな?それ以上口開かねぇよな?

そう、その目が言っている気がして 言いそうになった言葉を飲み込む。

「な、んでも…ねぇわ」
「そ?変な当真」

雅久は笑った。
その笑顔が少し、怖いと思った。