彼は猫のようなやつだと、俺は思っている。
気まぐれに擦り寄り、嫌になると手を叩き離れていく。
涼しい場所や安全地帯を知っていて、人のいるところにいない時はそこにいたりする。

ここがそのひとつ。

「おいこら、未成年」

ボーダーの倉庫地帯にある喫煙所。
猫のように丸まって椅子に寝転ぶ彼は、尻尾で返事をする猫のようにひらりと片手を上げた。

「無視すんな」
「してねぇ」
「してんだろ」

溜息を吐きながら向かい側の椅子に座る。
ゲームでもしているのか携帯の画面から彼は視線を動かすことは無い。

「吸っていいよ」

彼はそれだけ言って口を閉ざす。

「さっき、犬飼とか 探してたぞ」
「そっか」
「飯行こうって」

うん、と聞いてるのかいないのか 彼は頷いた。
彼の精神状態は 正直見ていて不安だった。
明るい時とそうじゃない時の差があまりにも大きい。
気まぐれというには、あまりにも病的だった。

「………雅久、お前1度病院とか…行った方がいいんじゃねぇか?」
「は。どったの、諏訪さん」

それが、進行している気がしてならなかった。

「自分でもおかしいって、わかってんだろ」
「諏訪さん、煙草吸ってよ」
「は?」

携帯を椅子に置いて、彼は目を閉じた。

「お前、話聞けって。俺は本気で心配してんだぞ」
「いらない。心配も同情も求めてねぇ」

言われた通り、煙草を咥えて火をつける。
燻る紫煙を彼はどう感じているのか。

「俺にも1本ちょーだいよ」
「ふざけんな」
「優しくないなぁ、諏訪さんは」

じゃあ、誰かは優しかったんか?
お前が俺に重ねてるその誰か がお前の不調の原因なのか?
なんて。
きっと答えちゃくれねぇんだろ。





雅久の家には何度か行ったことがある。
部屋の隅のゲームスペースが唯一彼の存在が確認できる場所で、それ以外は必要最低限しかない。
せめてもの飾り棚には何故か煙草の箱があった。
吸ってはいないのだろう。
封がされたままの2箱の煙草は、諏訪さんが吸ってるものと同じ銘柄だった。

「雅久、風邪ひくで」

本部を出てすぐ、雨に降られて 本部からほど近い彼の家に逃げ込んだ。
タオルを貸してくれた本人はぼーっとしているのか頭にタオルを乗せたまま窓の外を見ていた。

「雅久」
「ん?」
「ん?ちゃうわ。風邪ひく言うてるやろ」

頭の上に乗った無意味なタオルで彼の髪をがしがしと撫で回せば 彼は痛いと文句を言いながらも目を閉じた。
諏訪さんから今日は調子が悪い日だと、聞いていた。
犬飼たちのご飯は断っていたようだが、一緒に帰ろうという俺の言葉は聞き入れてくれた。
またきっと特別扱いだなんだと後日文句を言われることになるんだろう。

「なー、水上」
「なんやねん」
「今日泊まってかね?」

ええけど、ええの?なんて俺の返事に彼は「ええよ」とその日初めて笑った。

雅久が風呂に入っている間に気づいた。
ずっと封が開いていなかった煙草の封が開いていることに。
そして、その傍らにお香立てに残る煙草の灰。
吸った様子はない。
ただ、燃やしただけのようだった。
お香のように、線香のように。

「風呂上がった」
「おー。飯でも行く?腹減ったやろ」
「そうだな」

あぁ、今日の不調の意味はわかってしまった気がする。
俺だけ許された意味がわかってしまった気がする。

今日はきっと関西弁を話す彼の 大好きな人が きっと過去になってしまった日。
煙草もその人のものなのかもしれない。

「あとな。新しく入れた落語あんねん。後で一緒に聞かん?」
「いいよ。飯、うどんでいいか?近くにうどん屋ある」
「めちゃくちゃええやん。行こか」