いつだってトラブルは自分からやってくる。

「ザキ〜泊めて〜」
「っざっけんなよ。俺はプ・ロ・のサッカー選手だぜ、女なんてそう気軽に…って靴を脱ぐな! 脱ぎ散らかすな!」
「わかったわかったちゃんと揃えておくから」
「そういう問題じゃねー!」

わめく赤崎をゆらゆらとかわしながら私は彼の家に上がりこむ。廊下の奥から焦ったような椿の声が聞こえた。なんだ、飲み直すっていってたけど赤崎の家だったのか。
ETUの続く快勝、今夜はそれを祝っての宴会だった。コーチ陣は明日がオフだからともう一件飲み屋に繰り出している。フロントは連日働きづめだったから早く帰るよう指示が出された。しかし酒が入った体は思う様に足が進まず、駅まであと10分の所で終電の時間を過ぎた。タクシーを呼ぼうかと思ったけれど、ここから家まで大分距離がある。ただでさえ宴会で出費した後だと言うのに余計な金を出すことははばかられた。
そんな経緯があり、一番近い赤崎のマンションに転がりこんだのだ。仕方ない、立ち止まった場所が丁度赤崎のマンションの前だったのが悪い。10階まで上がってくるエレベーターで良く倒れなかったと自分をほめたい。

「ちゅ〜ば〜き〜」
「わっ!?」
ソファに座っていた椿めがけて倒れ込むと、流石現役サッカー選手は腹筋が硬いなと顔面で感じた。


「あ、赤崎さんこれ、その、どうしたら……」
人をこれ呼ばわりしてしまう程に椿は困惑していた。宅飲みがしたいと言う赤崎の家に酒を運ばされ、酒を飲みつつサッカーの録画を見ていたというだけでも驚きだというのに、女性がのしかかってきたことにより椿のキャパシティは限界を超えたのだ。原因である当の本人は赤い顔をさらに椿の腹におしつけていた。危機感が足りないのか、ただ単に抜けているだけなのか。椿に彼女をどうこうする気持ちは全くなかったが、それでも密着しているというのはやんちゃな年頃の青年には少々きついものがあった。

「バッキーはね頑張ってるよ〜〜サテライトの時から私知ってるもん、あのヘタレがこんなに立派になって凄いね〜〜」
「あ、あの名前さん、恥ずかしい…ッス!」
腹筋のあたりで喋るとくすぐったいのか、椿の声は少し裏返っていた。仕事をするときにはよく通る声が今は蜂蜜みたいにとろりとして耳に残る。アルコールとが相まって椿はくらりとした。

「椿その痴女任せた。電話してくるわ」
赤崎は水の入ったコップを椿に押し付けると自分はベランダに出てしまった。携帯をいじりどこかに電話をかけている。誰だろう、タクシーでも呼んでいるのだろうか。夜風に吹かれて会話は聞こえない。

「名前さん、お水のんでください」
口もとまでコップの縁を押し付けると名前は素直に水を飲み干す。カランと涼やかな音が鳴って、名前の顔から幾分赤味が引いた。毒気の抜けた笑みを向けられ不意に顔が目の前にあることに気付いた。もう吐息がかかってしまいそうな距離しかない。

「あれ」
名前さん、こんなにやつれた顔してたっけ。
気付いた時には赤崎が戻ってきて、めんどくさそうに二人を見下した。ばっと顔を離すと名前がちょうど目をつむった所だった。長い睫に隠れて目の下の隈がうすらと見える。

「お前、セクハラになるぞ」
「お、俺のせいすか!?」
「傍から見たら迫ってるようにしかみえねーよ! だいたいこういうのは男が悪く言われるだろ」
最近の世の中は男性に厳しい。もしセクハラと言われたときに名前は否定してくれるだろうか。眠っている名前は答えてくれなかった。
時計の針はとっくに日をまたいでしまい酒の中の氷は溶けて水割りになってしまった。上質な酒でもないのだから、きっと不味くなってしまっただろう。でも今はその酒を名前がくるまでにあまり摂取していないことがいい方向へと向いたと思いたい。名前を赤崎のベッドに寝転がして30分ぐらい時間がたっただろうか、来客を告げる音がした。

「お前いけ」
赤崎はソファで酒をちびちびとやりながらTVを見ていた。薄い液晶の中ではゴールをとらえたシュートがキーパーによって跳ね返されていた。椿は急いで立ち上がりどたどたと廊下をかけて扉を開けた。

「は、はーい。……え」
「あかさ……椿か。回収にきたんだけど」
そこには珍しく不機嫌を表情に浮かべた湯沢が立っていた。