ベッドの中は温かく、日差しと体温で身体も思考もとけてしまいそうだった。手さぐりでスマホを探すがサラサラとしたなにかが手に触れた。心地のいい感触を確かめるように、二度三度と指を通す。もぞりと何かが動いた気配がして私もゆっくりと目を開く。広い背中が目に映る。背中が喋った。
「もう少し寝てれば、オフだろ」
「おきてたの」
「おこされたの」
声は少しずつ小さくなっていく。背中に体を預けてゆっくりと目を閉じた。
洋行の背中は温かくて、すぐに眠くなってしまう。安心して眠れるその場所が好きでさらに身を寄り添わせると彼は私の手を自分の腰のあたりに巻き付けて、満足そうにまた眠りはじめた。本当は、洋行にやってほしかったなあ。いつもならそんなことを考えるだろう私の頭はあまり働かない。なんでだろう、頭がすごく痛いんだ。
頭痛の原因は二日酔いであることを洋行に言われたのは次に目覚めた時だった。時計は既に正午を過ぎていて寝過ぎたことで余計に頭が重い。冷蔵庫からミネラルウォーターを投げてよこした洋行は不機嫌そうだ。彼女が他の男の家に泥酔して上がりこんで、それを回収してやったことさえも忘れられていたら、それは機嫌も悪くなるものだろう。喉を流れていく水と一緒に水に流してくれないかなぁなんて思った。
お昼食べに行こうか、珍しく彼から言われた言葉に違和感がなかった訳ではない。珍しいなと思いながら服を着て、先に用意をすませた彼が待つ玄関へ行く。
「それ俺の上着」
「あ、ごめん借りてる」
洋行はいつも通りのラフな格好だったので、自分が着ていたかっちりとした仕事服とのバランスを考えると、こうならざるを得なかったというか。昨日着ていたタバコと酒臭い服を着たくなかったと言うのもある。彼がもともと背が高いためサイズは大きいが、持ち主の服のセンスは悪くないのでそんなに変な恰好はしていないと思う。
「可愛い」
洋行は固まる私をよそに、てくてくと先を歩き始めた。
運ばれてきたラザニアはあつあつで絡みついたチーズがなんとも言えない美味しさだった。口の端につけたボロネーゼを指摘すると彼はそれを指の先でさらに広げてしまった。相変わらず食べるのが少々汚いけれど美味しそうに食べている姿にそれだけでお腹がいっぱいになってしまうぐらい満足感を覚えてしまうのだから、私もほとほと彼が好きなのだろう。喫茶店で昼食を済ませた頃には時計は2時56分を指していた。
「もう三時か」
「お昼食べたばっかだけど早いとこスーパー行って買い物すませないと夜ご飯ないよ。何たべたい?」
「鍋がいい。鶏鍋」
「最近野菜高いけど、まあいっか」
作るの楽だし。料金を払おうと席を立とうとすると、私の手からすっと伝票が逃げ出した。逃げ出したそれを目で追うと白っぽい大きな手の中に収まっていた。洋行の手だ。その後、彼はそそくさと会計を済ませた。洋行が払うなんて珍しい。割り勘でもいいのに、そういう私の抗議など丸め込んでしまうように手を繋がれたので、私はそれ以上なにも言えなくなってしまうのだった。なにか、したかな。
「ネギなら送られてきたから家にあるよ」と言う彼の言葉に分かったと頷いてスーパーの中をめぐる。次々に必要な材料をかごに入れていく隙をみて好き勝手に商品を入れる洋行との攻防が続いた。棚に戻す作業を繰り返しつつ、格安90円のおひとり様1パックまでの卵と牛乳もついでに手に入れた私の機嫌は上々である。洋行は殆どの商品を戻されたので見るからに(といっても、彼の表情はとても読み取りづらい。長く付き合ってないと分からないと思う)不機嫌そうだった。炭酸飲料とかスナック菓子とか、スポーツ選手としてはあまりとってほしくない。私の好きなものもあったけれど、それは見なかったことにした。家にりんごもあるらしいので、食堂で働いている友人に聞いた低カロリーのリンゴケーキでも作ってあげよう。サッカーを生業としている彼の前では自分が甘いものが好きだと言うのはあまりにも酷であった。