B市が壊滅した。
テレビから流れてくる情報はちさを震えさせるのに十分な効果をもたらしていた。薄暗い部屋の中で安心という不確定なものに形を求めるように被っていた毛布の端をぎゅっと握った。
名前がひきこもりがちになったのはここ数年の間だった。
名前には4年前以前の記憶というものが無かった。それは医者によれば自己防衛のための記憶の欠如なのだという。4年前になにがったのかを教えてくれるものは居なかった。口を揃えて「教えられない、これは君のためだから」と言うだけだった。どうして。どうして自分は何も思い出せないのか。居たであろう家族の顔も、故郷の景色も、自分のことも。思い出そうとすれば酷く頭が痛んだが、それでも自分が何者でなにがあったのかということを求めずにはいられなかった。結局、思い出せたことは全くないでいる。4年前に壊滅させられたという故郷のことを調べようともしたが、ここ数年の内に壊滅してしまった都市の多さが邪魔をして結局見つけることは叶わなかった。
苗字名前と言う名前さえ、名前を助けてくれたとあるヒーローが名づけてくれたものだった。
一体、私は誰なのだろう。
何もかもを失った彼女が外を怖がるのは当然だった。誰だって自分の命が惜しい。それが人間というものだ。
4年前に負ったものだと思われる背中の大きな傷がうずく。
「やっぱり、外こわいなぁ」
今現在の彼女は政府や地方からの怪人による災害手当などを受け取り、様々な苦労を乗り越えて小さな賃貸マンションに住んでいた。一人暮らしをするには十分な大きさのその部屋にこもって今日もパソコン画面に向き合う。手にはゲームパッドが握られている。無言で指を動かしては画面の中の敵を倒していく。敵が落としたアイテムを調べてみる、うんいらない。売ろう。
彼女の職業は在宅プログラマーだった。そもそも災害補償金などの手当や、貧乏性なためにお金にはあまり困ってはいないのだが得意なことを生かせるというのはとても嬉しかった。このオンラインゲームも自分でプログラムしたものの一つであり、今話題のゲームだった。
「おーい。名前ー」
声がする。
一度コンテニュー画面を開いてちさはよろよろと立ち上がる。ドアの向こうからする声はとても聞き覚えのある人のものだった。
「なんですか、サイタマさん」
ドアを開けばゆで卵のようにつるりとした頭の男がいた。
隣に住んでいる唯一の住人のサイタマだった。
「買い物行くんだけど一緒に行くか? つーか来て、一人卵が2パックまでなんだよ」
「お買い物……」
願いが叶うのならここまでアマゾンの宅配が来ればいいのにと思う毎日だが流石に此処まで、Z市までは誰も来ない。
外に出たくない、外は怖い。それでも、食料を買いに行かなければ飢えるのは目に見えていた。
サイタマさんとなら、大丈夫か。
サイタマはとても強かった。一度彼が怪人を倒したのを見た事がある。ゲームの中のエフェクトかと疑いたくなるような衝撃をその拳が放ち、血しぶきが舞ったあの光景は軽いトラウマだ。それが名前が外に出たがらない理由の一角を担っているとはサイタマは知らない。
「じゃあ私が車出しますよ」
「マジでか。じゃあ先に下いるから」
そんなトラウマのもとであったとしても、彼がとても強いということは名前を安心させる。大丈夫、大丈夫だから。深呼吸をして胸いっぱいに息を吸うと反対に不安が口から洩れていく。さあ、着替えよう。