「なんなんだよアイツ!」

 ガンッとエレンが机に拳を叩きつける。握りしめた拳は爪が皮膚に食い込んでいて痛々しかった。アルミンとミカサが制止の声を掛ける、あまり煩くすると某放屁偽装事件の時のように鬼の教官が来てしまうかもしれない。ギリギリと奥歯を噛みしめる姿は野犬のようだった。エレンも嫌々な雰囲気を醸し出していたためなのかあの教官の顰蹙を買ってしまったようで、嫌味を散々受けたのだった。その後のミカサは手こそ出さなかったものの末恐ろしかった。「トラウマレベルだね、あれは。」幼馴染は語った。

「俺なんか殴られたんだぞ? 何もわりぃことしてねぇのに。」
「ジャンごめんなさい、私たちのせいで……。」
「俺らが殴られるならまだわかるのによ、なんなんだアレ?」
「目に留まったのが俺だったんだろ、気にすんなよ。」

 別のテーブルではしゅんと肩を落としたサシャとコニーを慰めるようにジャンがフォローに回っている。理不尽に殴られて不憫だ。しかし涼しい顔をしている彼も内心は沸々と怒りに沸いているだろうということは隠しきれていない苛立った行動に表れていた。コップを置く時やイスに座るときなど、些細なところで垣間見えるそれにファーストネームは「周りの子たちが怖がるよ?」と優しく諭した。実際に女子を筆頭とする数人が少しだけ怯えたような目をこちらに向けていたので「すまない。」と小さく言ってコップの中の水を煽った。

「あの教授、贔屓見え見えだよな。女子に対する態度見たかよ?」
「特にファーストネームにべったりだった。……気持ち悪い。」
「異常に執着してるように見えたけど……。」

 「何かわかる?」と問いかけてくる瞳にファーストネームは一瞬びくりと肩を跳ねさせた後、気まずそうに目を動かした。口元をもごもごと動かしている姿は草を食んでいる兎のように見えたベルトルトは異常に撫でたくなった頭に伸びる右手を必死に制した。(なにしようとしてるんだ僕は。)ライナーとアニが変人を見る様な目でベルトルトを見たがその視線には気付かなかったことにした。

「……あの教授は5年前まで、私の家によく来てた人なの。家庭教師? っていうのかな。」
「そういえばあんた、貴族だったとか言ってたね。」
「だった……過去形か。」
「うん、まあ元から中流で普通の家より少し裕福だった位なんだけどね。で、多分まだ家が在ると思ってすり寄ってるのかなぁと。」
 あの下心丸出しの顔を見れば察しがつくものだとファーストネームは苦笑いを零した。

「家族なんかもう2年前に皆死んじゃったから、私なんて無力な女なのにね。」
 ”2年前”その言葉にそこに居た人々の顔がこわばった。
 巨人がウォール・ローゼを破ったあの日のことが鮮明に目の裏に浮かぶ。絶望と血に濡れた光景を忘れることはないだろう。

 ベルトルトはファーストネームからさっと視線を逸らした。
 その笑顔を見ることができなかった。


 僕は、彼女の家族を奪ってしまった。
 それが直接的ではなくても、間接的であっても、僕が殺したんだ。
 やっぱり僕は君に触れることができないよ。真正面から向き合う事も、それどころか声を掛けることだって本当は許されないんだ。

 でも、もし君がいいと言ってくれるなら僕は君の傍にありたいな。
 ”兵士”のベルトルト・フーバーとして。

( またゆっくりと育つ、大きな僕の小さな無名の花 )


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