ここは、何処なのだろう。ゆっくりと目を開けばうすぼんやりとした視界が広がる。柔らかな緑色に包まれたそこは、少しだけ見覚えがある様な気がした。けれど、今自分を包み込んでいる温かな感覚には覚えがなく、驚きに一気に意識が覚醒した。
「ああ、起きたんだね。」
 降ってくる声は、もても柔らかかい。そして、聞き覚えのある声だった。何時もなら嬉しいはずのその声の主の顔をゆっくりと見上げ、名前を呟く。
「……ベルトルさん。」
 精一杯の虚勢を張った声は少しだけ震える。真っ黒な瞳に穴が開くほど見つめられるこの状況は、何時もの私と彼だったらあり得ない状況だ。あの告白から二年程たった今でもまだ手をつなぐことしか出来ないような私たちなのだから。
「ファーストネーム!」
「エレン? ユミル、ライナーまで……。」
「ベルトルさん、全員起きたぜ。そろそろ話してもいいんじゃないのか?」
「……ああ、そうだね。」
 ファーストネームの額に手を伸ばし、目にかかっていた髪を片側に寄せる。その手つきはとても優しかったが、僅かに触れた彼の指先はブレードの刃がうすらと掠めたような冷たさを与えた。
 怖い。彼が、怖い。
「おい腰巾着! ファーストネームから離れろ!」
 エレンが身をよじりながら叫ぶ。怒りと憎しみのこもったその声に、どうしてそんなことを言うのだろうと考える。私が気を失っているうちに、何があった。考えろ、思い出せ。白く靄のかかった記憶を思い起こして、私は後悔した。

 思い起こされる壁の上での激闘、エレンとユミル、そしてあの時休んでいたファーストネームを横から救い去ったのは超大型巨人の姿。人類の敵だと叫んでいた誰かの声が耳にこびりついている。
 巨人に連れ去られた自分達と、なぜ二人が一緒にいるのだろう? どうして周りに他の調査兵団たちが見当たらない? ここは、どこ?
 痛みを忘れさせるアドレナリンのように恐怖を忘れさせるために疑問が次々へと湧いてくる。しかしその答えがパズルのように一つに集い、その全貌をあらわにさせた。ファーストネームは「嫌だ、嫌だ」と耳を塞ぎ目を逸らす。何も聞きたくなかった。何も見たくなかった。
 何も知れなければ何時までもあの時のように彼の傍に居られると信じたかった。
 しかしそれは現実を逃避する僅かなモラトリアムであり、根本的な解決に至るものではない。
 震えるファーストネームの体を、その大きな体で包み込み抱きしめるベルトルトの顔には僅かに朱が差し、その瞳には恍惚の光と、狂気の色が見え隠れしている。周囲の温度が数度下がったような気がして、人々はぶるりと震えた。
「可愛そうなファーストネーム、こんなに怖がって。でも大丈夫だよ、君は僕が守ってあげるからね。ずっと、ずぅっと……。」

――丘の上で見つけた花は、とても綺麗な色をして咲いていた。

「だって、君は僕のものだもの。」

 可愛らしいと思ったそれは、酷く鋭い棘を持っていた。
 突き刺した物を離さない、そんな棘を持った花が彼は狂おしいほどに愛おしかった。

 ファーストネームは恐怖に染まった瞳を大きく開き、ぼろぼろと涙を零しながらベルトルトを見つめる。その瞳を見返しながら、彼は笑顔でファーストネームには恐怖以外の何物でもない言葉を紡いだ。

「僕らの、二人だけの箱庭で花を咲かせよう? ね、ファーストネーム。」

-9-

top