兵隊さんとアイヌさん
生まれた時から泣いていた。そんなの当たり前じゃ無いかと言うけれど根本的に間違っている。私は私としての意識を持ったままベタついた肚の中から生まれ出でて絶望してしまったのだ。ここはどこだと、私はなんで赤ん坊なんだと。それが転生と呼ばれる事象だと思い至る頃には私はすっかり泣かずに手も掛からない赤子らしからぬ子供になっていた。両親はそれを気味わるがったのだろう。子供の恵まれない良家の養子と言う名の元に私は端金で売られてしまった。結果的に医者としてまた道を歩むことはできたし、ここまで育ててもらった恩もあるような、無いような。実感が伴わない、だって私は一度死んでいる。初めは何か悪い冗談かと思っていたのだ、天国って思ったより人間みたいな暮らしをしているんだなと目の前の事実から何度逃れようとしたことか。
そうやって足掻くほどに外堀を埋められていく日々を送って、やっと気づく。ああ、ここは明治時代の日本なんだと。
明治時代に転生と言っても見た目は平成において平均的な身長と平均的な顔に成長していく自分の体をみて、前世をなぞっているように感じた。当時の女性としては大きすぎる身長からか周りからは男と間違われることもままあり、気味が悪いと言われきたがそんなこと前世と今世で培った学力と学歴で殴りつければいい話だ。馬鹿にされないように、また一人でも生きていけるように。必死に生きているうちに二十歳もとうに超えた頃、私はついに家を出た。どこかここじゃ無い遠い所に。私を知らない人のいるところに。そして、叶うのなら私が知っている人のいるところに。
北へ向かう列車に揺られながら私は一人泣いていた。
あ。死んだ。
羆が倒れ込んだ衝撃が地面を伝って数メートル先の自分まで届いた。心臓の近くに刺さった矢が飛んできた方向に目をやると軍服を着た男と、大きな弓を構えたアイヌの少女と目が合った。雪山にこんな目立つ組み合わせ。そしてここが北海道小樽であるということ。いくつかのピースが正しく組み合わさったのが、今日この時だったのか──。大分長い時間を平穏無事に過ごしてきた私の心はこれから起こるであろう事象に赤子のように不安を叫び続けた。
知ってか知らずか、こんこと積もった雪の中を男は足音もなく近づいて来て──大丈夫かと手をとって引き上げてくれた。その行動は驚きと共に素直に嬉しい。しかし腰が抜けてしまっているのと足元の悪さも相まってまともに立つことはできず、再び冷たい雪の中に膝をつくことになった。羞恥で頬が熱くなる。つまりはこの男、杉元佐一に頼るしかないと言うことなのか。
初めて見つけた自分が知っている人が別世界の人だなんて、そんなの無いでしょう。