※高専時代 入れ替わり

今日の任務を終わらせ、セダンの後部座席に乗り込む途中で車内の無線に緊急を要する討伐要請が入った。
『世田谷区内の廃ビルにて、二級呪霊を確認。行方不明者二名。負傷者一名。近場の呪術師は速やかに救助、討伐に向かって下さい。』
近いな。バックミラー越しにこちらの様子を伺う補助監督に「向かって」と端的に伝え、ドアを閉めた。

現場に到着すると、私服の春がタクシーを見送っている所だった。車から降り声をかける。

「あれ春、今日彼氏とデートだったんじゃねーの」
「え、悟?私いらないじゃん」
「うん、帰っていーよ」
「そういうわけにはいかないよ。それにもう解散にしちゃったし…」
「カワイソー。じゃ、俺は呪霊の討伐。春は行方不明者の捜索保護優先で」
「了解…」
短い打ち合わせをしながら廃ビルに足を踏み入れる。補助監督の「ご武運を」という言葉を背に帷が降ろされた。



「嘘」
目の前に座り込む青褪めた自分の顔が、こちらを見て呟き、ようやく自分達に何が起きたのかを理解した。




「これは私には無理」
硝子が横に並んだ男女をまじまじと見比べて、煙草の煙を吐き、言葉を続ける。
「反転術式って基本的に、肉体や魂の傷を治すものだから。今のあんたら、体と魂が混ざってるんだけど、流石に範疇外だわ。うわー視れば視るほどキモいな」
俺たちを交互に見る硝子の眉間に皺が寄る。
「嘘だろ」
「そこをなんとか」
「なんとかできないんだって。あーでも、今乖離してるだけで微量ずつ自分達の体に戻ってるし、呪霊は祓い終わってるんだから遅くても1週間くらいで戻るんじゃない」
「1週間も悟の体のままなんて嫌だあ…」
頭を抱えて自分の情け無い姿(中身は春)を前にし、眉間に皺が寄る。
「俺の体で泣くなよ」
「…悟から見た私って、小さいね」
皆目見当違いな事を言いながら春(体は俺)が手を伸ばし俺の頭を撫でた。
「撫でんな」
「あっ、今少し戻る量が増えた。うーん、もしかしたら出来るだけ元の体のそばにいた方がいいのかなあ。手でも繋いでたら早く戻れるかもね」
硝子の言葉に顔を見合わせる。


草臥れた表情を2つ並べ、手を繋いで寮に向かう。背に腹は変えられない。すでに入れ替わりの噂は広まっているようで、すれ違う奴らに同情的な言葉や好奇の視線が投げかけられ鬱陶しい。
もし入れ替わったのが春と傑だったら、自分も指を刺して笑っただろうけど。そんな事を考えながら寮に着くと、ちょうど任務帰りの傑に遭遇した。
「何2人、付き合ってたの?春、彼氏と別れたんだ」
「うん、そう。私、実は悟の事がずっと好きだったの。かっこいいし、強いし、笑顔もキュートだし、元彼なんて弱いしかっこよくないし笑顔も汚いし…」
「付き合ってないし別れてない」
感情のない声を発する春はすでにいろんな事を諦めている様子だ。傑は腹を抱えて笑っている。すでに人伝に聞いていたのだろう。こういう噂ってなんで広まる早いんだろうな。

「いやあ、凄いね」
「凄い?」
「凄い面白い」
「しばくぞ」

グーで傑の腹を殴ったつもりだったが、力が無くて押しやる程度になった。傑はノーダメージといった様子で、涼しい顔をしていた。

硝子の1週間で戻るという言葉を信じて、出来るだけ近くで過ごすことに決めた。担任の計らいにより、元に戻るまで2人とも任務が休みになった。体が混ざってるとはいえ、肉体は殆ど他人のものだ。流石に昨日今日でお互いの呪力をコントロールできない。使い慣れない拳銃より、手に馴染むナイフの方が力を発揮できるのと同じだ。
あれだけ腹を抱えて笑っていた傑も「今は皆に任せて、2人は早く元に戻るようにがんばりな」と慰めてくれた。春は負担をかけてしまうことを何度も謝っていて、中身は違うとはいえ、へこへこする自分を見るのはなんとも居心地が悪かった。


元に戻るまでは俺の寮の部屋で共同生活を送ることになった。春が書類の提出に行っている間に傑と予備布団を取りにリネン室へ向かう。
「布団は私が運ぶから、春…じゃない。悟は枕とタオルケットを運んでくれ」
「これくらい全部一人で持てるわ」
「今は春の体だろ。ああ、ほら一気に持ったら重いって」
傑の申し出に啖呵を切るも、思ったより大変で体がよろける。だから言ったのにと言う顔がこちらを見ていた。


・・・


「そんなに嫌なら、1週間くらい風呂入らなくても死なねえよ」
「うう…でも今日汗かいたし土埃も被ったし……はあ…今日耐えたところで1週間風呂なしは…ああー。………はあ。よし、行くわ」
「急に目ぇ座るのやめろ」

高専の男子寮には大浴場しか無いが、女子寮の自室には小さいシャワー室が着いている。体が入れ替わっている間は春の部屋のシャワーを使用することにし、先に春がシャワーを浴びにいく。戻って来た時は心頭滅却みたいな顔をしていたのでウケた。


「シャンプーとコンディショナー間違えないでね。ちゃんと洗顔してね」
「俺のこと小学生だと思ってる?」

小さな脱衣所で身に纏っていた衣服を脱ぎ、カゴの中に放っていく。春が用意した着替えの下着は黒の簡素なデザインなのに、いま身に纏っているのはレースが散りばめられた薄ピンク。流石の俺も勝負下着だったのだろうことを察して多少同情する。この体の主人の望みを果たせぬまま洗濯されてしまうなんて、かわいそうにと背中に手をかけた。

数分格闘した末、脱衣所から顔を出す。
ブラジャーのホックが外せない。

・・・

「これ、一生外せないんだけど」
「え、あ、ごめん、それ前ホックなんだ」
「あ、そう」

携帯をいじっていた春が顔を上げ、すぐに立ち上がりこちらに来た。
身長差があるから、見下ろされる形になる。

「ここがホックになってる」

自分の長い指が胸元を指差す。自分の体じゃ無いのに、心臓がドキンと跳ね、思わずうつむくと視線の先に違和感。

「…春、それ」
「ご、こめん、なんでだろ、今、勝手になんか」

慌てふためいた言葉を並べる春、もとい俺の体の下半身にテントが立っていた。着替えてジャージだったのも相まって誰が見ても勃起しているのは一目瞭然だ。

「どうしよう…こ、これ、どうやって落ち着かせるの?私、悟のことそんな目で見てないのに、」

春がしどろもどろと言葉を並べるほど、居た堪れなさに襲われる。

「…いや今、俺たち混ざってるから」
「う、うん」
「反応してるのは春つーより俺の体だと思う」
「体?」
「だから、エロいもの見たから、反応したってことだよ!」

俺は同級生の女の体を見て勃起しました。でもそれは俺の意思ではなく、俺の体の生理的な反応です。何でこんなことを言わさせられているんだろう。
しばしの沈黙。先に口開いたのは春だった。

「あのさ、もしかしてなんだけど…悟って童貞?」

俺の体じゃなかったら一生黙らせてやるところだった。


・・・


「童貞だけど」

隠していたわけじゃないが、予期していなかった質問を受け、はからずして拗ねたような口調になってしまった。

「私、悟はもう済ましてると思ってた」
「なんで」
「任務関係で助けた人とかに、連絡先よく貰ってるし。ナンパとかもよくされてるじゃん」
「確かによくあるけど、俺、そういうの返事したり着いてった事一度もないよ」
「そうなの?傑はちょくちょく返事してるみたいだったから、悟もそうだと思ってた」
「いま俺、傑の巻き込み事故に遭ってる?」

春の言うように、被害者や関係者の女性から連絡先を受け取る事はよくあった。しかしよく知らない人間から受け取ったメールアドレスや電話番号に連絡してみようと思った事は一度もない。傑が時たま連絡をとっていたのは知っていたが、自分まで同じ分類に分けられていたならば不服である。

「悟から彼女とか、女の子の話とか聞いたこと無かったのって、本当に関わってなかったからだったんだ」
「はあ?俺を何だと思ってんの。…机、携帯、鳴ってるけど」

マナーモードに設定された春の携帯が開いたまま机の上で振動している。視線を向けると男っぽい名前と電話番号が画面に表示されていた。
名前は知らないが、十中八九春の彼氏だろう。10秒ほど着信が続く。出られない。今の春の声帯は俺だ。

「…春の彼氏って一般人だろ。仕事のことなんて言ってんの」
「家業の手伝い」
「ギリギリ嘘ついてないのウケる。デート中にタクシーで呼びつけられる家業ってヤバい匂いプンプンだな」
「だって、高校生ができるバイトなんてたかが知れてるし。悟なら何て言う?」
「俺は多分、一般人と付き合わないと思う。わかんねーけど」
「そっか」
「…春のフリして電話に出てやろうか」
「…………いや、いい」

彼氏の機嫌と俺の対応を天秤にかけて出した答えは賢明だと思う。20秒ほど経った頃、やっと携帯は静かになった。携帯を手に取り、メール画面を開く春をぼんやりと眺める。春の勃起よおさまっていた。よかった。
メッセージを打つ途中で、もう一度マナーモードが鳴る。メールだったらしく、画面を開いた。

「……振られた」
「どんまい」
項垂れる春を背にしてシャワー室に引っ込んだ。

・・・


なんとか無事2人ともシャワーを浴び終え、夕食の時間になったのでお通夜状態の春を引っ張って食堂に向かうと、先に傑が夕食を摂っていた。春のただならぬ様子に同情的な表情を浮かべた傑が口を開く。
「春、そんなに落ち込まなくても、時間が経てばちゃんと元に戻るよ」
「傑、違うこいつ、今さっき彼氏に振られた」
「ああ、そっち…」
「今さっき彼氏に振られました」
「メールの返信も遅いし電話も出てもらえないし会ってもすぐ帰られるし付き合ってる意味がわからなくなりました。別れて下さい。だって」
「ねえ何でメール暗記してるの?」
「うわ、メールの返信も遅いし電話も出てもらえないし会ってもすぐ帰られるし付き合ってる意味がわからなくなりました別れて下さい、は酷いね」
「傑、面白がってるね?!」
「まさか」

面白がっている。人の不幸は蜜の味なのだ。

「ま、飯食おうぜ」

自分の茶碗に普段通りの量のご飯をよそったら、「私多分、そんなに食べられない」と言われて、確かにと思いそのまま春のおぼんにスライドさせたら「こんなに食べれるかな」と言われたが無視した。
食べ始めて「食べても食べてもお腹が一杯にならない」と驚く春と「これしか食べてないのに腹一杯」と驚く俺を交互に見ながら傑が笑っていると、任務から帰宅した七海と雄が現れた。
「お疲れ様です!」
「お疲れ様です」
「聞きましたよ。2人とも、体大丈夫ですか?」
傑と打って変わった雄の真っ直ぐな言葉に春は「本当いい子だね…」と口元を押さえる。
いきさつを話しながら皆で食卓を囲み、春の元彼弄りにも飽きて世間話をしていた時、春がもじもじしながら言った。「おしっこしたい…」と。

「行ってこいよ。もう何も気にしねえから」
「仕方がわからない」
「ズボン下ろしてちんこ持って便器に向けるだけだって」
「上手くできるかわかんないよ、七海、ついてきて」
春が隣の七海の手を引く。
「待って春、七海困ってるから」
「七海に俺のシモの世話を焼かせるな」
普段は淡白で辛辣な七海も、事態と中身が春の俺に対してどういったリアクションをするべきなのか測り兼ねて固まっている。

「それじゃあ私が付き添うよ」
「傑はなんかヤダ…」
「なぜ」

タイムリミットが迫る中もうみんなで行けば良くないかと言うところまで行ったが、最終的に自分の体なんだからと傑に言われて俺が着いて行くことになった。

「別に教えることもねえんだよな」
「無理、悟がいると出ない、でも漏れそう」
「落ち着け、なら便器に座ったら」





朝勃ちだった。

「解ってるから、大丈夫だから」

レイプされる事を犯されると表現することがあるが、同意の有無に関係なく、この行為は犯されるという表現が正しいと思った。体を暴かれ、他人の体の一部が挿入されるのは侵食に近い。

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