※高専時代 入れ替わり

今日の担当任務を終わらせ、高専の保有するセダンの後部座席に乗り込む途中で車内の無線に緊急を要する討伐要請が入った。豊島区内の廃ビルにて、二級呪霊を確認。行方不明者二名、負傷者不明。近いな。バックミラー越しにこちらの様子を伺う補助監督に「向かって」と端的に伝え、車のドアを閉めた。

・・・

現場に到着すると、私服の春がタクシーを見送っている所だった。車から降り声をかける。

「あれ春、今日彼氏とデートだったんじゃねーの」
「えっ悟?うわ、来なければよかった…」
「うん、帰っていーよ」
「そういうわけにはいかないよ。もう解散にしちゃったし…」
「カワイソー。じゃ、俺は呪霊の討伐。春は行方不明者の捜索と保護優先で」
「了解」

短い打ち合わせを終える頃には春の表情も切り替わっていた。こいつ、なんだかんだ切り替え早いんだよな。先立って廃ビルに足を踏み入れる。補助監督の「御武運を」という言葉を背に、帷が降ろされた。

結論から言うに、呪霊の討伐自体大したことは無かった。行方不明者達の命も無事助けられた。廃ビルの一部は壊したが、十二分だろう。

「帷あげて帰ろうぜ」

そう言って踵を返した直後、新たな呪霊の気配が頭上に現れる。見上げると、蛹のような呪霊がくぐもった唸り声を上げる。

「赫」

指を弾く。鋭い攻撃が蛹の呪霊を貫くと同時に破裂音が鼓膜に届き、花の花粉のような、あるいは植物の胞子のような何かが噴出され視界が占領される。

「うわキモッ!吸っちゃったんだけど。春大丈夫か」
「うん、なに今、の…え?」

なぜだろうか。青褪めた自分の顔が、こちらを見ていた。そういえば先ほど発した自分の声がいつもより高く、視界位置が低い。顔を見合わせる。混乱しつつも、自分達に何が起きたのかを理解した。

・・・

「無理。反転術式って基本的に、肉体や魂の傷を治すものだから。今のあんたら、体と魂が混ざってるんだけど、流石に範疇外だわ。蛹みたいな呪霊だったんだっけ?分かるわー。うわ、視れば視るほどキモいな」

硝子が不快なものを見るかのような目でこちらを見比べている。

「嘘だろ」
「そこをなんとか硝子ぉ…」
「なんとかできないんだって。まあでも、今乖離してるだけで魂は微量ずつ自分達の体に戻ってるし、呪霊は祓い終わってるんだから遅くても1週間くらいで戻るんじゃない」
「1週間も悟の体のままなんて嫌だ…」
「俺の体で泣くなよな」
「…悟から見た私って、小さいね」

皆目見当違いな事を言いながら春(体は俺)が手を伸ばし俺(体は春)の頭を撫でた。

「撫でんな」
「あっ、今少し戻る量が増えた。うーん、もしかしたら出来るだけ元の体のそばにいた方がいいのかなあ。手でも繋いでたら早く戻れるかもね」
硝子の言葉に顔を見合わせる。


無表情を2つ並べ、手を繋いで廊下を歩く。背に腹は変えられない。すでに入れ替わりの噂は広まっているようで、すれ違う奴らに同情的な言葉や好奇の視線が投げかけられ鬱陶しい。
まあ、もし入れ替わったのが春と傑だったら、自分も指を刺して笑っただろうけどと考えていると、春がぼそりと「悟と傑が入れ替わったほうが絶対面白かったのに」と言った。お互い、いい性格してるよな。

道中で、任務帰りの傑に遭遇した。
「何2人、付き合ってたの?春、彼氏と別れたんだ」
「うん、そう。私実は悟の事がずっと好きだったの。かっこいいし、強いし、笑顔もキュートだし、元彼なんて弱いしダサいし笑顔も汚いし…」
「付き合ってないし別れてない」
感情のない声を発する春はすでにいろんな事を諦めた顔になっている。傑は腹を抱えて笑っていた。すでに人伝に聞いていたのだろう。こういう噂ってなんで広まる早いんだろうな。

「いやあ、凄いね」
「凄い?」
「凄い面白い」
「しばくぞ」

グーで傑の腹を殴ったつもりだったが、力が無くて押しやる程度になった。傑はノーダメージといった様子で、涼しい顔をしていた。女って非力…。

担任の計らいにより、元に戻るまで2人とも任務が休みになった。混ざってるとはいえ、肉体は殆ど他人のものだ。流石に昨日今日で別の人間の呪力をコントロールなどできない。
あれだけ腹を抱えて笑っていた傑も「今は皆に任せて、2人は早く元に戻るようにがんばりな」と慰めてくれた。春は負担をかけてしまうことを何度も謝っていて、中身は違うとはいえ、へこへこする自分を見るのはなんとも居心地が悪かった。
背に腹は変えられない。硝子の1週間で戻るという言葉を信じて、元に戻るまでは俺の寮の部屋で共同生活を送ることにした。
春が書類の提出に行っている間に傑と予備布団を取りにリネン室へ向かう。
「布団は私が運ぶから、春…じゃない。悟は枕とタオルケットを運んでくれ」
「これくらい全部一人で持てるわ」
「今は春の体だろ。ああ、ほら一気に持ったら重いって」
傑の申し出に啖呵を切るも、思ったより大変で体がよろける。だから言ったのにと言う顔がこちらを見ていた。


・・・


「そんなに嫌なら、1週間くらい風呂入らなくても死なねえよ」
「うう…でも今日汗かいたし土埃も被ったし……はあ…今日耐えたところで1週間風呂なしは流石に…ああー。………はあ。よし、行くわ」
「急に目ぇ座るのやめろ」

高専の男子寮は大浴場しか無いが、女子寮は自室に小さいシャワー室が着いている。体が入れ替わっている間は春の部屋のシャワーを使用することにした。先に春がシャワーを浴びにいくところまで決めたのだが、流石に男の全裸を洗うのには抵抗があるようで葛藤に身を投じ、戻って来た時は心頭滅却みたいな顔をしていたのでウケた。

「シャンプーとコンディショナー間違えないでね。ちゃんと洗顔してね」
「俺のこと小学生だと思ってんの?」

促された小さな脱衣所で身に纏っていた衣服を脱ぎ、カゴの中に放っていく。思っていたより胸がある。着痩せするタイプらしい。そういえば女の体なのに興奮の類の現象が起きないのは、やはり自分の体として認識しているせいだろうか?混ざっていると言っていた硝子の言葉を反芻する。
春が用意した着替えの下着は黒の簡素なデザインなのに、いま身に纏っているのはレースが散りばめられた薄ピンク。流石の俺も勝負下着だったのだろうことを察して多少同情する。この体の主人の望みを果たせぬまま洗濯されてしまうなんて、かわいそうにと背中に手をかけた。

数分格闘した末、脱衣所から顔を出す。
ブラジャーのホックが外せない。

・・・

「これ、一生外せないんだけど」
「え、あ、ごめん、それ前ホックなんだ」
「あ、そう」

携帯をいじっていた春が顔を上げ、すぐに立ち上がりこちらに来た。
身長差があるから、見下ろされる形になる。

「ここがホックになってる」

自分の長い指が胸元を指差す。自分の体じゃ無いのに、心臓がドキンと跳ね、思わずうつむくと視線の先に違和感。

「春、それ」
「ご、こめん、なんでだろ、今、勝手になんか」

慌てふためいた言葉を並べる春、もとい俺の体の下半身にテントが立っていた。着替えてジャージだったのも相まって誰が見ても勃起しているのは一目瞭然だ。

「どうしよう…こ、これ、どうやって落ち着かせるの?私、悟のことそんな目で見てないのに、そもそも自分の体だし、」

春がしどろもどろと言葉を並べるほど、居た堪れなさに襲われる。

「…いや今、俺たち混ざってるから」
「う、うん」
「反応してるのは春つーより俺の体だと思う」
「体?」
「だから、エロいもの見たから、反応したってことだよ!」

俺は同級生の女の体を見て勃起しました。でもそれは俺の意思ではなく、俺の体の生理的な反応です。何でこんなことを言わさせられているんだろう。
しばしの沈黙。先に口開いたのは春だった。

「あのさ、もしかしてなんだけど……悟って童貞?」

俺の体じゃなかったら一生黙らせてやるところだった。


・・・


「童貞だけど」

隠していたわけじゃないが、予期していなかった質問を受け、はからずして拗ねたような口調になってしまいバツが悪い。

「私、悟はもう済ましてると思ってた」
「なんで」
「いやだって…悟って、悟のことよく知らない人からは結構モテるじゃん。任務関係で助けた人とかからもよく連絡先貰ってるし。逆ナンされてるの見たことあるし」
「一言余計。まあ、確かにどっちもよくあるけど、俺、そういうの返事したり着いてった事一度もないよ」
「そうなの?傑はちょくちょく返事してるみたいだったから、悟もそうだと思ってた」
「いま俺、傑の巻き込み事故に遭ってね?」

春の言うように、被害者や関係者の女性から連絡先を受け取る事はよくあった。しかしよく知らない人間から受け取ったメールアドレスや電話番号に連絡してみようと思った事は一度もない。傑が時たま連絡をとっていたのは知っていたが、自分まで同じ分類に分けられていたならば不服である。

「悟から彼女とか、女の子の話とか聞いたこと無かったのって、本当に関わってなかったからだったんだ」
「はあ?俺を何だと思ってんの。……机、携帯、鳴ってるけど」

マナーモードに設定された春の携帯が開いたまま机の上で振動している。男っぽい名前と電話番号が画面に表示されていた。名前は知らなかったが、十中八九春の彼氏だろう。10秒ほど着信が続く。出られない。今の春の声帯は俺だ。

「…春の彼氏って一般人だろ。仕事のことなんて言ってんの」
「家業の手伝い」
「ギリギリ嘘ついてないのウケる。デート中にタクシーで呼びつけられる家業ってヤバい匂いしかしねーけど」
「だって、高校生ができるバイトなんてたかが知れてるし。悟なら何て言う?」
「俺は多分、一般人と付き合わないと思う。わかんねーけど」
「そっか」
「…春のフリして電話に出てやろうか」
「…………いや、いい」

彼氏の機嫌と俺の対応を天秤にかけて出した答えは賢明だと思う。20秒ほど経った頃、やっと携帯は静かになった。
携帯を手に取り、メール画面を開く春をぼんやりと眺める。春の勃起もおさまっていた。よかった。時間をあけずにもう一度マナーモードが鳴る。今度はメールが来たようだ。春が携帯画面から顔を上げる。俺、世界の終わりのときってこんな顔になるんだなあと思った。

「……振られた」
「あ、どんまい」

項垂れる春を背にしてシャワー室に引っ込んだ。

・・・

なんとか無事2人ともシャワーを浴び終え、夕食の時間になったのでお通夜状態の春を引っ張って食堂に向かう。先に傑が夕食を摂っていた。春のただならぬ様子に同情的な表情を浮かべた傑が口を開く。

「春、そんなに落ち込まなくても、時間が経てばちゃんと元に戻るよ」
「傑、違うこいつ、今さっき彼氏に振られた」
「ああ、そっち…」
「今さっき彼氏に振られました」
「メールの返信も遅いし電話も出てもらえないし会ってもすぐ帰られるし付き合ってる意味がわからなくなりました。別れて下さい。だって」
「悟は何でメール暗記してるの?」
「そうか…メールの返信も遅いし電話も出てもらえないし会ってもすぐ帰られるし付き合ってる意味がわからなくなりました別れて下さい、は酷いね」
「傑も復唱する必要ある?ねえ面白がってない?」
「なわけ」
「まさか」

面白がっている。面白いに決まっている。もちろん付き合っている間別れてしまえと思ったことはないけれど、蜜の味とまでは言わないが恋人と別れた程度のエピソードは娯楽としてぴったりだ。慰めるように春の肩を叩く。

「ま、飯食おうぜ」

・・・

茶碗に普段通りの量のご飯をよそったら、「私多分、そんなに食べられない」と言われて、今春の体な事を思い出す。ふとした時自分の普段の感覚でやってしまう。山盛りのご飯茶碗をそのまま春のおぼんにスライドさせたら「こんなに食べれるかな」と言われ、「これじゃ足りないよ」と返した。

食べ途中、任務から帰宅した七海と雄が現れた。
「お疲れ様です!」
「お疲れ様です」
「五条先輩相楽先輩、聞きましたよ。2人とも、体大丈夫ですか?」
傑と打って変わった雄の真っ直ぐな言葉に春は「君、本当いい子だね…」と口元を押さえる。
いきさつを話しながら皆で食卓を囲み、春の元彼弄りにも飽きて世間話をしていた時、春がもじもじしながら言った。「おしっこしたい…」と。

「行ってこいよ。もう何も気にしねえから」
「仕方がわからない」
「ズボン下ろしてちんこ持って便器に向けるだけだって」
「上手くできるかわかんないよ、七海、ついてきて」
プチパニックに陥っている春が隣の七海の手を引く。人選ミスだろ。
「七海に俺のシモの世話を焼かせるな」
「流石に待って春、七海困ってるから」
普段は淡白で辛辣な七海も、事態と中身が春の俺に対してどういったリアクションをするべきなのか測り兼ねて固まっている。

「それじゃあ私が付き添うよ」
「傑はなんかヤダ…」
「なぜ」

タイムリミットが迫る中もうみんなで行けば良くないかと言うところまで行ったが、最終的に自分の体なんだからと傑に言われて俺が着いて行くことになった。

「別に教えることもねえんだよな」

ジャージを下ろし、小便器に向かう春の横に立つ。

「あ、無理、悟がいると出ない、でも漏れそう」
「落ち着け、なら便器に座ったら」
「わかった」

個室トイレに誘導する。

「あっ出た」

一難去ってまた一難である。

・・・

食堂を後にして、自室に戻って歯を磨き布団に潜り込む。

「私がベッドでいいの?」
「いいよ別に、てか俺だし」
「そっか、おやすみ」
「おやすみ」

明日は何するとか、決めておきたいことはいくつかあったが目をつぶったら強烈な睡魔に襲われた。


「さ、悟…」

朝勃ちだった。

「解ってるから、大丈夫だから」

レイプされる事を犯されると表現することがあるが、同意の有無に関係なく、この行為は犯されるという表現が正しいと思った。体を暴かれ、他人の体の一部が挿入されるのは侵食に近い。

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