制服の衣替えを終えた初夏頃だったと思う。好きな人ができた。クラスは違う上ろくに喋ったこともなかったけれど、私は御幸くんに恋をしていた。
前進することもなければ後退することもない片思いだったけれど、おかしな奇跡が起きて御幸くんとアドレスを交換してからたまにメールのやり取りをするようになった。返事がくるのはいつも1日あけてからで、彼が途中で止めてしまうことがほとんどだったけど、簡潔なメールながらもこんな事を言う人なんだとか、この顔文字が好きなんだなとか、そんな小さなことが堪らなく嬉しかった。
御幸くんが自分から誰かに積極的に話しかける姿はあまり見たことがなかったが、私が話しかければ返事もしてくれるし笑いあえる。内容はありきたりな他愛ないものばかりだったけれど、それだけでも十分だった。

だからセンバツの準決勝の日、御幸くんがひとりの女の子と話しているのを見つけたときは台風の前みたいに心の中がざわざわした。
試合が終わりマウンドから出てきた選手たちが観客への挨拶を終え各自バスに乗り込んだりお手洗いに向かったりする中、なんとか話しかける機会を作りたくて人混みに消えた御幸くんを探し回っていた時。
やっと見つけた彼の視線の先にいたのは、知らない女の子。

御幸くんが自分から誰かに積極的に話しかける姿はあまり見たことがなかった。特定の女の子に自分から歩み寄る御幸くんなんて、あんな優しそうに笑いかける姿なんて、1度も見たことがなかった。赤の他人が見ても彼の特別がこの子だということは一目瞭然で。

そして気付いてしまった。私が話しかければ、メールを送れば、返事をしてくれるし笑いかけてくれる。でもそれはただの必要最低限のリアクションで。
理解してしまった。いつもメールの返事が遅い理由もすぐ返事が途切れる理由も。
認めてしまった。他愛ない会話しか出来ないのはそれ以上彼に踏み込めなかったから。
だって私は御幸くんから話しかけられたことがなかったから。彼が私にあんなふうに笑いかけてくれたことなんてなかったから。
膨れ上がった恋心がみるみるとしぼんでいく。さすがの私も彼のそんな姿を見てしまったらこれから話しかける勇気もメールを送る図太さも持ち合わせていなかった。

あの日から廊下ですれ違ったときに挨拶をするくらいで、それ以上の会話を交わすこともメールのやり取りもしなくなった。その変化によって彼は何も変わらなかったことがさらに私の淡い希望も粉々に打ち砕いた。きっと御幸くんにメールをする女の子なんて他にも沢山いて、私もその不特定多数の中の1人に過ぎなかったのだ。
現実は残酷だ。彼が人混みの中から見つけられるのは私じゃなくてあの女の子で。はじめから前進や後退どころかスタートラインにも立てていなかったのに心は一丁前に悲しんでいて。なんて虚しいひとり相撲なんだろう。
きっともう彼にメールを送ることはしないと分かっているのにアドレスを消すこともできなくて、永遠に鳴らない携帯をぎゅっと握りしめた。

150917

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