正月久々に帰ってきた実家の自室で寝ていたら女の笑い声で目が覚めた。他にもガヤガヤゴチャゴチャとにぎやかな音が壁越しに聞こえてくる。どうやら姉ちゃんの友だち達が遊びに来ているらしい。正月くらい静かにやってほしいと心の中で思ってみても、直訴することなどは叶わない。
鍋パーティーでもする気なのか、朝っぱらから元気だなあ思ったら、窓の外はすでに暗くなり始めていた。どうやら夕方まで眠りこけていたらしい。俺は久しぶりの休日を睡眠に費やしたようだ。ランニングでも行こうかと考えながら携帯を見ると地元の友人らからの遊びの誘いのメールが来ていた。軋む体を起こし、便所に行こうと立ち上がったらブッと屁が出た。姉ちゃんが壁越しに「純うっさい」と声を上げた。聞こえたらしい。うるせー。ズルズルとスウェットを引きずりながら廊下に出る。と同時に隣のドアも開く。

「い、いさし…?」
「……藤真?」

開いたドアから顔を出したのは、姉ちゃんではなく、姉ちゃんの友だちでもなく、なぜか中学のクラスメイトもとい俺の想い人だった。なぜ藤真が我が家の廊下に立っているのか。まだ夢を見ているのだろうかと目をこする。藤真は消えない。目を強く閉じる、開く。藤真は消えない。

「何でお前ここにいんだよ?」
「え、今日、友だちになって…」
「は?」
「どうしたの突然飛び出して、うちの弟なんか春には釣り合わないって」
「いやあの」
「どうしたの?」
「クラスメイト」
「え」

話を聞くところによると、駅前で友だちを待っていた姉ちゃんがコンタクトを落として、偶然居合わせた藤真が一緒に探してコンタクトを見つけだしてくれたそうだ。さらに姉ちゃんは今日やる鍋の材料を買おうと駅前で待ち合わせをしていたらしく、お礼に鍋パーティーに招待することになったそうだ。って無いだろ世間狭!

「あっは無いわ世間狭!」
「藤真は気づかなかったのかよ?」
「だって下の名前しか知らなかったし!」

粗方説明し終わった姉ちゃんがゲラゲラと豪快に笑う。類は友を呼ぶというやつか、姉ちゃんの友だち達も大口開けてゲラゲラ笑う。藤真も楽しそうに笑っていた。この中にいると藤真がおしとやかに見えるのは気のせいじゃない。見ず知らずの女についていく藤真も藤真だ。大丈夫かよこいつ…。

「悪いな姉ちゃん強引で」
「失礼ね!あんたの部屋もイカ臭いけどね!」
「クラスメイトの前でそういうの言うんじゃねぇ!」
「わたしの部屋も汚いですよ〜」
「だって〜よかったね〜春ちゃん優しいね〜」

姉ちゃんがよしよしと藤真の頭を撫でる。羨ましい。もちろん撫でられてる藤真じゃなくて撫でてる姉ちゃんのほうだ。姉弟のくだらない言い争いをしながらも鍋の準備は進められていて、言われるがまま俺も参加することになっていた。鍋用に敷かれたコタツはあわよくば藤真の隣にとおもったら姉ちゃんは純でかいからこっちきなよと藤真の腕を引っ張って自分の隣に入れてしまった。姉ちゃん空気読め。
ガヤガヤと他愛も無い話を繰り返しながらいつの間にか食べ終わり空になった鍋を中心にして散乱した紙コップとよっちゃんイカの袋にまみれてゲラゲラと笑う姉ちゃんの友だちはすでに一升瓶を一本空けていた。この部屋のほうがよっぽど臭い。

「あ、わたしそろそろ帰らなきゃ」
「えー!」
「泊まってきなよー」
すっかり姉ちゃん達の中に馴染んだ藤真が時計を見る。つられて俺も時計を見る。夜の8時を回ったところだった。窓の外は完全に暗い。

「今日中に帰るって言っちゃったんで」
「今日中ならいいってどんな家」
「基本は放任なんだけどね。まだ時間あるから片付けしてきます」
「やだ気にしないで、それより1人で歩いて帰るの?」
「ここからなら40分くらいで着くと思います。」
すかさず俺は手を挙げる。
「なら俺」
「えっ悪いよ悪いよ!大丈夫だから!」
頑なに悪いからと断る藤真にすこし心が折れそうになる。
「だーめ!純が送っていきます」
「そうそう」
「当たり前」
「エッ」
思わず声をあげて姉ちゃん達を振り替える。姉ちゃん達は親指を突き立ててグッドを作って小さくウインクしてきた。いつもなら吐き気ものなのに今はなぜかナイチンゲールが3人いるように見える。

「えっ本当に悪いよ」
「…いいよ、送る」
「ごめんね、ありがとう」
「ジャンバー取ってくるから先玄関行といて」
「あ、うん、ありがとう!本当に鍋ごちそうさまでした」

ぺこりと頭を下げて藤真が階段を降りる。寝ていてよかった。もしこれでクラスメイトと遊びに言ってたら絶対今日中になんて帰ってきていなかったしこんなことにもなっていなかっただろう。部屋で3人のナイチンゲール達を拝みながらジャンバーを羽織った。


160219



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