目を覚ましたら目を閉じた私が目の前にいた。誰だこの人。私だ。よく見ると目の前の私は寝ていた。では、この起きているほうの私はどうしているのか。私は、眠っている私と向き合っていた。なんとも摩訶不思議なことに、私は浮いていたのだ。どうしていいのかわからないまま、なんとか体を捻り起きあがり、まわりを見回す。正真正銘私の部屋だった。ただ私の足は床につかない。まるで反発する磁石のように、私の足は床から一定の距離を持っていた。

「まさかと思って来たんだけど」
聞き覚えのある声色の方に振り返る。いつ入ってきたかも知れない降谷が、そこに立っていた。
「よく寝てる」
寝ている私の顔をのぞき込み朗らかに言った降谷は私の知っている彼と何一つ変わらない。

「降谷なの?」
「他の誰かに見える?」
顔を上げた降谷がふわりと私に近づく。そこで彼も私と同じように足が浮いていたことに気づいた。

「なんで私たち浮いてるの?」
「幽体離脱してる」
のん気な表情を崩さないままそう言った。幽体離脱?まさか私が幽体離脱したとでも。まさか。視線を降谷から寝ている私に移す。信じたくない反面、納得せざる終えなかった。妙な説得力があるのだ。今私が体験している不思議体験も、幽体離脱をしていると言うならば状況下に合っていた。もう一度降谷を見やる。

「降谷は幽体離脱したことがあるの?」
「しょっちゅう」
「幽霊になると壁も抜けられるの?」
「幽霊じゃない、幽体。幽体だけ体から抜けてる。ほら、君は寝ている間は意志が働かなくても呼吸してるでしょう。」
確かに布団に横になる私は私の意志とは関係なく呼吸を繰り返していた。
「壁を抜けるんは少々コツがいるんだけど、藤真は初めて幽体離脱したわりにすぐ戻らないし、素質があるのかも。」
「本当に?」
「みてて」
 ふわり。窓に移動した降谷が、そのまま右手の手のひらを窓にあてがい、そのまま窓に向かいゆっくりと手を押した。すると、何ということだろう。手のひらが窓ガラスを突き抜けているではないか。ゆっくりと進んで行った降谷は、すでに体の半分が窓の外に出ている。全身外に出た彼が、窓越しに手を振る。私はただただ驚くことしかできない。と思ったら、降谷はいつの間にか私の目の前で空気に座っていた。ギョッとして目を見開く。

「目玉がこぼれ落ちそう」
降谷はそう言ってか細く笑った。

「慣れればテレポーテーションも出来るようになるよ」
「それで私のところに来たの?」
「そう」
「慣れれば私が幽体離脱したって分かるようになるの?」
「それは、違う」
「違うの?」
「…」
私の聞く言葉に全て答えてくれていた降谷が、初めて言葉を濁した。
「…君が僕と同じように幽体離脱したらいいのになって考えとったら、突然ビッて来て、もしかしてと思って来てみたら、本当に幽体離脱してた」
「じゃあ降谷が原因てことか」
「…怒ってる?」
降谷が上目づかいで私の顔をのぞき込む。とりあえず、今の私の中で怒りの感情がないのは確かだった。
「怒ってないよ。」
「…そう」
「じゃあ、降谷が私に幽体離脱して欲しいって思ったら、また私幽体離脱できるかな」
「君にその意思があるなら、多分」
「そしたら、また会いに来てくれる?」
「いいよ」

この日の夜私は、幽霊になって幽霊との約束を取り付けたのだった。



世にも奇妙なある夜の



「でも幽体離脱していつも何してるの?」
「ウロウロ」
「ウロウロ?」
「トイレで誰かのオナニー見たりとか」
「さいてー」


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