いつ雨が降ってきてもおかしくない様子でこちらを見降ろす薄暗い空を窓越しに見上げた。もう初夏だというのに、そしてもうすぐ昼休みだというのに、夏はもっとやる気を出して欲しい。底から憂鬱な気持ちになって先生の声が耳に入らない。いや別にいつも入ってねーけどさ。そんな退屈な授業から早々と離脱していた俺は部活雨降ったら自主練なにする?と隣の席のカルロスに話しかけようとしたが、残念ながらそれはかなわなかった。奴はこちらに顔を向けてすやすやと寝息を立てている。その姿あまりにもまぬけでしあわせそうだったので、少し腹が立ちカルロスが握っていた黒の油性ペンを引き抜き顔中にホクロを書き足してみた、がしかし、ホクロの多いただのカルロスになっただけで大して面白くなかった。
俺の後ろの席で一部始終を見ていた春が静かに声を上げる。
「神谷くんキモッ!みずぼうそうみたいなんだけど」
「これがカルロの本当の姿だからな」
「いやわたし成宮が惜しげもなく書き込むの見てたからね」

春がそっと哀れみの視線をカルロスに送る。「見てたなら止めろよ」と言ったら「別に面白そうだったから」と返された。だよねえ。

「あ。田舎のほうだとこれくらい星がいっぱい見れるよね。きっと」
「カルロのホクロ星に昇進?」
「ホクロだったの、それ。まあいいんじゃない?プラネタリウムだね」
「こんな都会でも星が見れるなんて画期的ですね〜そうそう、これが雅さん星と言って〜」

俺がふたたびマジックを握り直して先ほどしるしたばかりのカルロの左頬の点と点をつなぐ。結んだ線は『ゴリラ』と読める。

「これは30回以上檻から逃げ出しては捕まってを繰り返してたゴリラの怨念が天に昇って出来た星座なんですよ〜」
「わ〜さすが館長ですね〜!あっ先生これが樹座ですか」

こんどは春が俺の手からペンを引き抜き同じように点をつなぐ。迷わず『もみあげ』と結んでいた。

「じゃあ次俺カルロ座つくろ」
「本人かよ」
「それカルロそのものがホクロになっちゃうじゃん」

ゲラゲラと笑いながらペンを交互に回してカルロスの顔のホクロをつないでいく。本当は2人同時に書くのが理想だったが俺と春はシャーペンと消しゴムが胸ポケットに入っているだけで筆箱というものを持ち歩く習慣がなかった。
そして気づいた時すでに遅しとはまさにこのことで、授業が終わろうとしているときにはもうカルロスのホクロはホクロではとどまらず顔面に星座が広がっていた。

ちょっとやりすぎたね。
やりすぎたな。

無言でアイコンタクトをかわす。

「こうしとこ」

春がとりあえずとキャップとペンを別々の手に握らせ偽装工作を図った。
チャイムの音を目覚まし代わりにカルロスが眉間にしわを寄せる。同時に先生が授業終了の挨拶を述べ、開きかけたそのまぶたがぴくりと動いた瞬間俺と春は1抜けたと教室から駆け出した。
いつの間にか降り出していた初夏の風や雨音が俺たちの足音と一緒に耳を通り過ぎた。

151205 きらきらひかる

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