倉持視点

 バレンタインつうからもしかしたら先輩からギリでもチョコ貰えんじゃねえかなって少しだけ期待して学校に行ったら校門の前で先輩が丹波さんの顔面にピンクの紙袋を投げつける場面に遭遇した。
おかしいな…バレンタインって格闘技系の記念日だったっけかと首を横にかしげていたらちょうど顔面を抑えて悶絶する丹波さんの横を亮さんと女がイチャイチャしながら通り過ぎて行った。亮さんが少しチラ見したような気がしたがきっと気のせいだ。少し笑っていたような気がするのも気のせいだ。声は聞こえなかったがあーんと言って女にチョコレートを食べさせてもらっている亮さんを見てやっぱり今日はバレンタインなのかと思った。つーか亮さんやばくね?
「今年もか」
「みたいだな」
 声の方へ振り返ると哲さんと純さんがもぐもぐとチョコを頬張りながら立っていた。何この人達行儀悪すぎだろ。純さんならまだ分かるけど哲さんはねえよ。誰よりもジャージ着替えるのが早い哲さんでもそれはねえよ。部室で今日の短歌とか発表してる哲さんでもそれはねえよ。
「つか何なんすか今年もかって」
「去年もって意味だろ」
「いやそうじゃなくて…」
「あいつも諦めが悪いな」
「まあ丹波もまんざらじゃねえ」
「ああ、…接し方がな」
「な」
 呆れたような声のわりに顔は笑っているしどこか楽しそうな先輩達を横目で眺める。いやいやいや。まさかまさか。待て待てこの会話。いやだってそんなん、そんなん!
「両思いなんだから早く付き合っちまえば良いのに」
「いや、丹波は野球終わるまではだめだろう」
「頭が堅えからな」
「…まじすか」
「倉持、まさか知らなかったか?」
 先輩が丹波さんを好きなのは先輩達の間では一般常識らしく、逆に知らなかった俺が驚かれてしまった。先輩のタイプってそういう、ツルピカリ系だったんすかそうすかなんて俺になんて言えるわけもなく、顔面を押さえたまま逃げ出した先輩をこっちも違う意味で顔面を押さえたままの丹波さんが「何するんだ?!」と叫びながら追いかけていった。もちろん拾い上げ砂を払ったピンクの箱を手に持って。まじかよ。丹波さんがボール以外にあんな繊細なことできるなんて驚きだ。今日は朝から色々と濃すぎて情報処理が追いつかない。
「倉持、顔色が悪いぞ。大丈夫か?」
「マジだ!このチョコやるから元気せよ」
「………」
先輩達の優しさだか分からない優しさに不覚にも涙が出そうになった。

150611

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