ふたつのてのひら
第1章 - 第5話



「学校へ?」

一連の出来事の後始末を終えた頃。
浦原喜助から聞かされた言葉を、里香はそっと繰り返した。

「ええ。」
「何もそこまでしなくても、」

浦原は、かつて尸魂界から追放された者だと、自分のことを語った。
里香もルキアもそれ以上は追及しようと思わなかった。
それにこの緊急事態だ、尸魂界に事が知れれば問題になるだろう。
味方は一人でも多い方が助かる。

「如月サンがここに残れるのはたった一週間。その後、空座町は誰が守るんです?」
「それは……」
「黒崎サンは朽木サンから与えられた力で、働かなきゃならない。だったらより近くにいた方がいいでしょう?」

ルキアは不安そうに里香を窺った。

「だーいじょうぶ!必要なものはすぐに揃えます。手続きも、ぜーんぶアタシがやっときますから。」

里香は暫く考えて、それから頷いた。

「このことは浦原さんに任せた方がいいかも知れない。ルキアは浦原さんの義骸で力が戻るのを待とう、」

きっと一ヶ月あれば元に戻れる、
そんな考えは、これから約二ヶ月後、見事に打ち砕かれることとなった。





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二ヵ月後。

「……どういう、ことですか……?」

たった今聞かされた言葉に、里香は思わず大きく目を見開いた。
十番隊隊長の日番谷冬獅郎は一度目を伏せて、それからもう一度同じ言葉をゆっくりと繰り返した。

「行方不明とされていた、十三番隊朽木ルキアが現世にて発見された。重禍違反の疑いがある。先ほど六番隊の朽木と阿散井が現世に派遣された。」

淡々とした口調でそう告げる冬獅郎。
里香は僅かに指先を震わした。

「……隊長、」
「何だ。」
「私に現世へ下りる許可をください。」

冬獅郎は驚いて目を見開いた。
何も言わない彼にしびれを切らしたように、里香は勢いよく深々と頭を下げた。

「お願いします。今回の一件のことには、私にも責任があります。行かせてください。」
「確かに朽木は如月の任務を引き継いでるが、お前に責任は、」
「あるんです。彼女が重禍違反を犯したことは私も知っていました。知った上で黙っていたんです。」

半ば叫ぶようにそう言って、里香は下げていた頭を上げた。

「許可が頂けないのなら、独断で現世へ向かいます。」
「如月!」
「処分なら帰ってから伺います。どんな処分でも構いません。」

未だかつて見たことのない程の剣幕で、里香は言った。
冬獅郎は諦めて息を吐いて、小さな声で「行って来い」と言った。
里香は一瞬間を置いて、それからまた深々と頭を下げ、隊舎を後にした。

「……いいんですか?」

たった今里香が飛び出して行った扉を見つめながら、乱菊が言う。
冬獅郎は溜め息混じりに「いい訳ねえだろ、」と呟いて文机に着いた。

「けど……お前なら、あんなに必死になってるあいつを、無理にでも止めたか?」

低い声で冬獅郎が問うと、乱菊は暫く考えて、首を振った。
冬獅郎は満足げに口の端を小さく持ち上げて、書類を手に取った。





里香は焦る気持ちを抑え込むように、脇腹辺りの死覇装をぎゅっと握る。
空座町の夜空が瞳いっぱいに広がった瞬間、里香は強く地を蹴った。

走りながら霊圧を探る。
ルキアと……朽木隊長、恋次、知らないが明らかに死神ではない者。
それから、一護。

里香は素早く斬魄刀・狼火を鞘から抜いて、止めをささんと、ゆっくり振り下ろされた刀をしっかりと受け止めた。

「……里香……?」

傷つき、倒れた一護と、六番隊隊長朽木白哉の間に割って入った里香に、その場にいた全員が驚きに目を見開く。
里香は肩で息をして、刀を握る手に更に力を込めた。

「……何を、している?」

低く問う白哉に、里香は落ち着いた声で言った。

「刀をお引きください、朽木隊長。無益な殺生はお断り致します。」


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