ふたつのてのひら
第1章 - 第7話



話し終わって、里香は小さく俯いた。
冬獅郎も暫くは黙ったままだったが、一つ息を吐いて、「それで全部か?」と問う。
里香がはい、と頷けば、彼は「そうか」と呟いて、また口を閉じた。

「……今日はもう上がれ。」
「……え、」
「大方の仕事は片付いてるし、もう定時は回ってる。お前も色々考えることがあるだろう。今日一晩で、頭の中整理しとけ。」

驚いたように突っ立っている里香を尻目に、冬獅郎はゆっくりと茶を啜った。
すっかりぬるくなってしまったそれに眉をしかめて、残り少なくなった書類に手を伸ばした。

「……失礼、します。」

里香は深々と頭を下げて、執務室を後にした。
冬獅郎の優しさが、厭になるくらい心に染み渡る。

「……キツかったのね、あんたも。」

扉を開けると、里香の頭上からそんな声が降ってきて。
顔を上げれば、乱菊が優しく微笑んでいた。

「松本副隊長……」
「何でもっと早く言ってくれないの、あたしは何のための副隊長よ。」

静かな声でそう言って、乱菊は里香の頭を撫でて滅茶苦茶にした。

「ちょっとでも辛かったら頼りなさいっていつも言ってるのに。馬鹿ね、里香も。」

そう残して執務室へ戻る乱菊に、里香はまた深く礼をする。
突如中から聞こえてきた冬獅郎の怒声に、里香は少しだけ頬を緩めた。



「……処分なしって、」

翌日冬獅郎から告げられた言葉に、里香は驚く。

「大体お前を処分する理由がねえ。六番隊からも何も言ってこねえしな。」
「でも私、」

許可なしに動いたのに、と続けると、冬獅郎は一瞬きょとんとして不思議そうに呟いた。

「許可なら出したぞ?」
「え?」
「『行って来い』って、言ったろ。それに『全部吐いたら許す』ともな。」

冬獅郎は笑みを浮かべてそう言った。
里香はぱちくりと瞬きを繰り返して呆気に取られる。

「けど、お前も一応三席なんだからもっと自分の行動に自覚持て。」
「……はい。申し訳ありませんでした。」
「あたし今心底話の分かる隊長で良かったって思いました。」

乱菊がほっと息を吐くと、里香も自然と小さく口角を上げた。

「あの……」
「何だ?」
「朽木は、どうなるんでしょうか。」

一度緩んだ冬獅郎の顔が、また僅かに険しさを取り戻す。

「分からん。暫くは六番隊の隊舎牢に留置だ。」

溜め息交じりにそう言って、冬獅郎は椅子の背もたれに寄り掛かる。

「決定が下ればこっちにも話は回って来るだろうから、朽木ルキアのことについてはまた教えてやる。とりあえずこれ届けて来い。」

そう言って渡された書類を冬獅郎から受け取って、里香は隊舎を後にした。



数日後。

「極、刑……!?」

たった今冬獅郎から聴かされた言葉が、里香にまるで鈍器で殴られたかのような衝撃を与える。

「そんな、どうして極刑なんか……!」

里香はその言葉を認めたくなくて、思わず声を荒げた。

「もう決まったことだ。変更はないだろう。」
「ですが、朽木ルキアの罪状は霊力の無断貸与・喪失・滞外超過でしょう!そもそも彼女は席官でもないのに、いささか重すぎるのでは、」

なぜこんなにも厳しい捌きがくだるのか、と、里香は冬獅郎に詰め寄る。

「四十六室の決定だぞ!」
「それでも……誰も意義は唱えなかったというのですか!?朽木隊長も……、妹が、死んでも構わないと……?」
「……もし反対したとしても、俺たちだけじゃどうしようもねえよ。」

珍しく取り乱す里香に少々驚きながらも、冬獅郎は声のトーンを落とす。
乱菊も二人の間に割って入り、里香を落ち着かせようと肩に手を置いた。

「里香、隊長に文句を言っても何にもならないのよ。あんたの気持ちは分からなくもないけど、彼女が罪人なのは事実なんだから。」

乱菊の言葉ではっと我に返ったように、里香は口を閉じた。

「……申し訳、ありませんでした。」
「構わん。……仕事に戻れ。」
「失礼します。」

一度深く礼をして、執務室から逃げるように去って行く。
そんな里香を見ていると、何故だか胸が痛かった。


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