ふたつのてのひら
第3章 - 第2話



「大変なことに、なりましたね……」

十番隊の執務室で、五番隊の特別拘禁牢へ向かった乱菊の帰りを待ちながら里香が呟く。
その視線の先には、疲れ切った表情の冬獅郎。

「……ああ、そうだな……」

今まで休ませることなく動かしていた筆を置いて、冬獅郎は頷いた。
ふう、と一つ溜息を漏らす。

外では相変わらず旅禍と死神との戦いがいたるところで生じていた。
その中には、離れていてもすぐに分かる、一護と剣八の巨大な霊圧も感じ取れる。

「……お茶、煎れ直しましょうか。」
「ああ、頼む。」

里香は徐に立ち上がり、給湯室へと向かう。
暫くして茶菓子と一緒に熱い茶を冬獅郎へ運んできた。

「少し、休憩なさった方がいいですよ。身体に障ります。」
「……そうだな。」

結局、あの後藍染の部屋からは何も出てこなかった。
隊長が逝去し、副隊長も拘束中の身にある五番隊は、今やまともに機能することは無理だろうということで、五番隊の仕事は十番隊へ回すことになった。
冬獅郎は、茶を啜りながら書類に目を通す。

「……隊長、それじゃ休憩になってないですよ。」
「あ、ああ……悪い。」

冬獅郎は書類を机に置いて、執務室の中心に置いてあるソファへと移動した。

「如月、お前もこっち来て一緒に休め。」
「……はい。」

里香はくすりと笑いを溢し、冬獅郎の前に座る。
それを見て、冬獅郎は重たげに口を開いた。

「……なあ、如月……」
「はい、」
「藍染を殺したのは、誰だと思う?」

唐突、しかし当然とも言える問い。
里香は少し考えて、口を開いた。

「……藍染隊長は、ご自分の斬魄刀で胸を貫かれていたんですよね。」
「ああ。」
「辺りに争った形跡が無かったということは、犯行はほんの一瞬、それも、藍染隊長が応戦する間もなく刀を奪い、そのまま殺害したとなると……――」
「……護廷十三隊の隊長だぞ……その藍染をたった一撃で……」
「犯人は、相当腕が立つ人物と言うことになりますね。」

冬獅郎は表情を厳しくして、それから額に手をやった。

「くそ……」
「一体誰がこんなこと……」

里香の呟きを最後に、冬獅郎は暫く黙り込んだ。
重たい沈黙が二人を包む。

「……十番隊は、旅禍の捜索から外れることにする。」
「!」
「藍染の件は十番隊が中心となって究明する。旅禍は他隊に任せる。」
「ただでさえ二隊分の仕事を背負っているのにですか……?」
「状況が状況だ。仕方ないだろう。」

頷いた冬獅郎に里香が反論しようとしたその時。
漆黒の揚羽蝶がひらりと舞った。
地獄蝶による伝令は、十一番隊の隊長である剣八の敗北及び二名の旅禍の捕縛を知らせるものだった。

里香は僅かに眉を寄せる。
しかしすぐに決心したかのように唇を真一文字に結び、姿勢を正した。

「隊長、私に旅禍を尋問する許可を下さい。」
「!」
「日番谷隊長が無理をなさるなら、その部下である私も少し位無茶をしても構いませんよね。」
「何を、」

冬獅郎は思わず声を荒げて立ち上がった。
里香は至って冷静に彼を見上げる。

「藍染隊長殺害の容疑者としてまず名を挙げるとすれば旅禍です。……まずは四番隊の救護牢へ拘束されている旅禍二名を。次いで逃走中の三名を捜索・捕縛します。」
「しかし、」
「護廷十三隊の隊長を一人欠く緊急事態です。早急に事実を解明しなければならない、そうでしょう。ならば私も命を懸けて旅禍を生け捕りにしてみせます。」

凛とした態度の里香に、冬獅郎は諦めて息を吐きつつ腰を下ろした。

「……分かった。好きにしろ。」
「ありがとうございます。」

里香は深く頭を下げて、冬獅郎に背を向けた。
その里香を引き留めるように、彼女の背中に冬獅郎が声を掛ける。

「如月。」
「はい。」
「……気を、つけろ。」

里香は暫く沈黙して、それから力強く頷いた。


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