ふたつのてのひら
序章 - 第4話

「……記憶がないのか、」
「そう、みたいです。」

私が頷いて、彼がゆっくり瞼を下ろすのが見えた。
ああ、もしかしたら彼は何かを知っているのかもしれない。
直感でそう感じたが、何故だかそのことについて尋ねようとすると、喉の奥がきゅっと詰まって、問うことが出来なかった。

「……如月里香、と言ったな。」
「はい。」
「この先を真っ直ぐ行けば、森を抜けることが出来る。」

彼は西の方向を見つめて、そう言った。

「死神になれ。」
「……え?」

あまりにも唐突すぎる。
そう思ったが、当の本人はまるで気にしていないようである。
私は思わず瞬きを繰り返した。

「能あるものはそれに見合う環境に立つべきだ。」

私は思考が追いつかず、ただぼうっと突っ立っているだけだった。
しかし彼はやはり私のことなど気にしていないようで、それだけ言い終えると踵を返してそこから去って行った。

彼の名前すら聴いていないことにようやく気が付いたのは、既に彼の姿が見えなくなってからであった。
しかし彼の言葉をきっかけに、私は死神への道を歩み始めることとなる。


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