マイキーと場地の幼馴染ガール

#01:幼馴染が私をハブろうとしている



ママが言ってた。
私の父親はママが妊娠したって知って逃げてったって。
だから女は強く生きなきゃいけない。
裏切られる前にこっちから捨ててやる。
男ってやつは最後は簡単に裏切るんだから。

──それでも、みんなは違うと思ってたのに。

東京卍會とうきょうまんじかいィ?」

幼馴染の場地圭介・通称圭ちゃんからチームを作ったと嬉しそうに報告されたのは中学1年生の6月のことだ。
ウチで飼ってるラブラドール・レトリーバーのミケ(命名したのは亡くなったばあちゃんなのでそれネコの名前では? というツッコミは我慢してほしい)と戯れ合いながら、今しがた圭ちゃんが告げたチームの名前を復唱する。
ちなみにチームというのは決してスポーツチームとか健全な中学生が組むようなものではない。
正真正銘不良の集団、暴走族である。

「もしかしなくても総長の名前が万次郎だからもじってんの? そのヤンキー特有の微妙なネーミングセンスなんなん?」
「うっせーな、マイキーは東京万次郎會にするって言い張ってたんだからそれよかマシだろ」

言われてたしかにと納得してしまった。
なんか悔しいがまあ良いだろう。

マイキーというのはもう一人の幼馴染・佐野万次郎である。
ママは私に強い女の子(物理)になって欲しいと、物心つくころには圭ちゃんと一緒に近所の空手道場に通わされていた。
そこの空手の先生がマイキーのおじいちゃんで、マイキーとは道場で出会った。
歳も同じということで、稽古がない日も飽きずに一緒に遊んだ兄弟同然の仲だ。

私は周りより成長が早くて、小さいころは同年代じゃ飛び抜けてタッパもあったし女子じゃ負けなしだったけど、マイキーにはどうしても勝てずにいた。
マイキーはチビのくせに年上すら相手にならないくらいに飛び抜けて強かった。
圭ちゃんも小5の終わりごろからぐんぐん背を伸ばし始めて、筋トレも頑張ってるみたいだけど、それでもやっぱりマイキーに勝ってるところは見たことがない。

マイキーをどうにか負かしたいと、圭ちゃんとは道場からの帰り道、よく作戦会議をした。
二人だけの秘密基地を作って額を突き合わせたり、ウチの和室で秘密の特訓をしたり、互いの家へ向かう分かれ道で自然と立ち止まって、日が暮れるまで話し込むこともままあった。
圭ちゃんと何度も勝負を挑んだけど、結局未だ一度もマイキーには勝った試しがない。
最近は相手すらしてくれなくなって、より一層腹が立つ。

「卍って、厨二病かよ」
「あン? 俺らまだ中1じゃん」

何言ってんだコイツ、という明らかに馬鹿にしたような目で見られた(私も何言ってんだコイツと思ったがそれは一旦置いておく)が、圭ちゃんはミケに左頬をベショベショに舐められまくっているので特段ムカつきはしない。
ミケ。お前は本当に賢いな。

「別に、考えたの俺じゃねーかんな。神社で結成したし、一虎の案で卍會ってことになったんだよ」
「は? 卍って寺って意味じゃね」
「え」
「地図記号。小3で習うじゃん。卍はお寺で、神社は鳥居のマークだけど」

そう言うと圭ちゃんは雷に撃たれたような顔で暫くフリーズしてしまった。
圭ちゃんの頭が悪いのはなにも今に始まったことではない。が、他のメンバー誰も気付かなかったんかい。
先行き不安だな、東京卍會とやら。今すぐ東京鳥居會に改名しろ。

「で、それはいーけど私は? 入れてくんないの」
「ア? 遊びじゃねーんだぞ。入れるわけねーだろアホか」

東京卍會は、圭ちゃんとマイキー、小5のときから連んでる龍宮寺堅(通称ドラケン)と三ツ谷隆、それから林田春樹(通称パーちん)と羽宮一虎の6人で結成したという。
ドラケンと三ツ谷は私も仲が良いし、パーちんと一虎もそれなりに親しい間柄だ。
6人の集まりに私が呼ばれることもあったし、私が声をかけてみんなを集めることもあった。
私もそこに肩を並べても不自然じゃないのに、と素直に思う。

「漢字テストで2点以上取ったことねーヤツに人のことアホ呼ばわりする権利ねーぞ」
「うっ」
「大体ちゃんと書けんのかよ東京卍會って。自分で立ち上げたチーム名だろ? オラ書いてみろよ紙とペンやるから」

私がチラシの裏紙とボールペンをテーブルに叩きつけると、圭ちゃんはそれを素直に手に取る。
汚い字で文字を書き始めて、予想通り最後の一字で頭を抱えた。
東京、は辛うじて正しく書けるらしい。
卍は綺麗に鏡文字になっている。
あ、諦めて會は簡単な方で書きやがったコイツ。しかも線一本足りてない。

「私だけ仲間はずれとか許さねーかんな」
「オイ、別に、そういう意味じゃ」

ミケに飛びつかれて身動きが取れなくなっている圭ちゃんを尻目に、私は携帯の電話帳から迷わずマイキーの番号を呼び出した。

「オイ東京卍會総長、テメーに大事な話がある」


***


「あ、曜! やっと来た」
「どーした? 急に呼び出して」

いつものたまり場に足を運べばそこには既にマイキーとドラケンの姿があった。
別にドラケンは呼び出してないけどこの二人がセットなのはいつものことなのでそこんとこはスルーしておこう。

マイキーは呑気に手元の紙袋からガサゴソ取り出した大好物のどら焼きにパクリとかぶりつく。
私がしばらく何も言わずにガン付けていると、マイキーはやっとその視線に気が付いたのか、どら焼きから私に目を移した。

「……なに? 欲しいの? やんねーけど」

いらねーーーーよ!!!
クッッッッソ!!!
コイツ人をイラつかせる天才かよ!!!

私の剣幕を察したのか、ドラケンが「マイキーに話あんだろ。外した方がいいか?」と気遣ってくる。
別に、と答えたところで私を走って追いかけて来たであろう圭ちゃんが肩で息をしながら「曜テメーチャリはずりぃぞ」と吐いた。

たしかに一人でチャリをかっ飛ばして来たが、別に圭ちゃんにはついて来いなんて言ってない。
まあ来ると思ってたけど。
いや、てかなんでミケ連れて来てんだよ!! たくさん走れて楽しそうだからいいけど!!

「なんだ場地も一緒か。で? 話ってなに」
「私も入れろや、東京卍會」

は? と驚いたようなドラケンの声と、圭ちゃんの唸り声みたいなため息が重なる。
マイキーは驚いた素振りもなく、モグモグとどら焼きを咀嚼して飲み込んだあと「ヤダ」と一言だけ言った。

「ざけんな、理由を原稿用紙50枚分にまとめて提出しろよ」
「そんなに深い理由なんかねーよ。だって曜、弱ぇーじゃん」

鼻で笑ってそう言ったマイキー。
ど頭をかち割ってやるつもりで思いっきり回し蹴りを繰り出したが、片腕で軽々止められてしまう。

「っぶねーな、どら焼き落ちたらどーすんだよ」

私の渾身の蹴りを食らってどら焼きの心配かよ。
マジでコイツ、ナチュラルに人の神経逆撫でしやがる。

私はマイキーの髪を引っ掴んで、顔面に膝蹴りを入れた、つもりがまた片腕で防がれてしまう。
振りかぶった拳はヒョイと避けられ、足を払ってバランスを崩そうとしても跳ねるようにかわされる。

「ほら、全然当たんねーじゃん」
「マイキー、あんま煽んな!」
「曜、辞めろって!」

圭ちゃんに後ろから羽交い締めにされて、私は肩で息をしてるのにマイキーは顔色ひとつ変わらない。
私なんか反撃するにも値しないんだと言われているようで、悔しくて悔しくて涙が出た。

「……え」

道場じゃ何度負けても立ち向かって来た私が、まさかここで泣くとは思わなかったのか、マイキーは驚いたように目を丸くした。

あーあ、ここで泣くしかできない私も私だ。
泣き出した私を見て急にオロオロし始めた男子3人が可笑しくて、ハハ、と短く笑いが漏れる。
マイキーの言う通り、私は弱っちくて、ずるい人間だ。

「離して」

泣き顔を見られたくなくて俯いたまま小さく言うと、圭ちゃんの腕からゆっくり力が抜けるのを感じて、それをそっと振り払う。

──力、緩めて貰わなきゃもう振り解くこともできないんだ。
私は私が思ってたより、ずっとずっと弱い。

手の甲で乱暴に目元を擦りながらみんなに背を向けて歩き出すと、マイキーに「曜、」と気遣わしげに名前を呼ばれた。

「……ママが言ってた。男はみんな女を捨てる。だから捨てられる前にこっちから捨てろって。みんなは違うって、勝手に思ってた」
「そんなんじゃねーよ! お前は知らねーかもしんねーけど、世の中クソみてーな不良もいっぱいいんだよ。俺らチーム作ったときにみんなで決めたんだ。女に手出すようなダセェやつにはなんねー。俺たちで、お前を守るって」
「守って欲しいなんて頼んでない!」

圭ちゃんが焦ったように言った言葉は紛れもない真実だと分かる。
圭ちゃんはバカだから流暢に嘘を吐けない。

私は知らないうちに、みんなに守られなきゃいけない存在になってた。
それってめちゃくちゃお荷物じゃん、そりゃ仲間に入れてもらえなくて当然だ。
みんなと肩を並べて立ってると思ってたのは、私だけだったんだ。

私はただ、今までみたいに、みんなでバカやって一緒に笑いたいだけなんだ。
みんなが私の知らないところに行っちゃう気がして、やなんだ。
置いてかれるのが、やなんだよ。
私ばっかり、

「バカみたい」

捨てられる前に、捨ててやるんだ。



***


◼︎曜
特技は空手、趣味は犬の散歩。
夢はマイキーを泣かすこと。
黒曜石みたいに真っ黒でキラキラした目をしてる。
キラキラした目でドブみたいな言葉を放つ。
この度幼馴染と訣別。

◼︎ママ
曜の父親に逃げられて男性不審になると同時に強く生きることを決意。
子育てはばあちゃんにめちゃくちゃ助けてもらった。
ワーカホリック気味であんまり家にいない。

◼︎ばあちゃん
数年前に他界。
曜とママが住んでるのは元々ばあちゃんの家。
一人っ子の曜の遊び相手になるかと思って子犬を飼い始めた。こんなにデカくなるとは聞いてない。

◼︎ミケ
曜の家で飼ってる犬。ラブラドール・レトリーバー。
ばあちゃんにネコみたいな名前をつけられる。
めちゃくちゃ賢い。
いつも一緒にお散歩してくれる曜と圭ちゃんが大好き。

◼︎圭ちゃん
曜の幼馴染。
ミケがどんどんデカくなって力も強くなるので曜が引きずられないか心配でお散歩に着いていくうちに、ミケがものすごい懐いてくれて嬉しい。
実は最近、曜のおっぱいがどんどんデカくなってることに気づいてしまい内心戸惑っている。
曜のことを守るに1票。

◼︎マイキー
曜の幼馴染。
煽るといつも予想通りの反応で怒るのが可愛くてついいじめたくなる。
弱っちいから曜のことを守るに1票。

◼︎ドラケン
喧嘩っ早い曜が昔から心配。
曜のことを守るに1票。

◼︎三ツ谷
曜と同じ小中学校。
曜のことを守るに1票、実は言い出しっぺ。

◼︎パーちん
曜と同じ中学校。
バカだから分かんねーけどとりあえずみんなに賛成。

◼︎一虎
圭ちゃんと曜が互いの家を行き来しまくるので付き合ってるんだと思ってた。幼馴染ってみんなこんな感じなのかな。
曜は強いし守る必要あるか? とも思ったけど女に手を出すヤツはダセェに同意。




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