狐の嫁入り(1/1)


「銀さんってモテないって言う割に、周りに女の子いっぱいいるよね」
「ハァ? 女の子ってどいつのことだよ。ほとんどメスゴリラだろうが」

そのメスゴリラ達の中に私は含まれるのだろうか。
じと目に頬杖で目の前の男を暫く見つめたが、彼はチョコレートパフェに夢中で私なんかには目もくれない。

青い空と白い雲が延々広がるこの爽やかな天気とは裏腹に、私はここ暫く深い霧がかかったような気分で毎日を過ごしていた。
気分転換のつもりで彩り鮮やかな着物やら簪やら眺めてみたが、特別心惹かれるなにかには出会えず、ぼんやり帰路に着こうと歩き出したところで、私の目を一瞬にして引きつけたのはこの男だった。

金も甲斐性もないろくでなし。
あちこち好き放題に跳ねる銀髪に死んだ魚の目をした彼は、私を見つけるや否や迷わず此方に近寄ってきて、「よォ」と右手を挙げた。
ほんの少しくだらない掛け合いをしただけで、厚く行く先を閉ざしていた霧が晴れていく。

ーーああ、やっぱり、私は。
元々単純明解だった答えを改めて提示されて、少し気恥ずかしく、そして切ない。

「腹減らね?」と近場のファミレスに誘われ、互いに食事を注文し、綺麗に完食した後、彼は迷わずデザートメニューを開いたが、恐らく、いや間違いなく、会計係は私だろう。

「あ、雨」
「お天道様が出てるってのに、妙な天気だな」

ガラス越しになんの前触れもなく降り出した天気雨に、外を歩いていた人達は一斉に走り出し、商人達は慌てて店先に並べていた商品を片付け始めた。
私達はその様子をソファ席から静かに眺め、それからどちらともなく視線を戻す。

「知ってる? 晴れ空に降る雨を狐の嫁入りって言うんだよ」

ふうん、と興味無さげに鼻を鳴らした彼は、パフェをぺろりとたいらげて満足そうに腹をさすった。
私はそんな彼から視線を外して、もう一度外を眺める。

「私ね、結婚するんだ」

独り言のように呟いて、横目で彼の反応を伺う。
いつも重たげな瞼が目一杯持ち上がっていて、驚いているのは間違いない。
この人の心をほんの少しでも揺らすことが出来たのなら。
私はもう、それだけで十分だ。

「へぇ、めでてーじゃねぇか」

すぐにいつも通りの無表情に戻って、彼は一言そう言った。

「世の中には物好きもいたもんだな。で、相手は? どんな奴だよ」
「どんなって……普通の人だよ、多分」
「普通ってなんだよもっとあんだろ色々」
「色々って言われても、分かんないよ。まだ2回くらいしか会ったことないし……」
「オイオイ冗談だろ2回ぽっち会っただけで結婚決めるか普通!? お前そんなに結婚願望強かったっけ!?」
「決めたの私じゃないもん」

私がそう言うと彼は一瞬ピタリと動きが止まって、しばらく考えるように宙を眺めた後、浅く長く息を吐いた。

「……そういや、お前実はイイとこのオジョーサンだったっけか」

自分が飛び抜けて裕福だと思ったことはないが、確かに古い家柄なのは事実だ。
そしてこの結婚は言わずもがな私自身が望んだ選択ではない。

割り切ったつもりだった。
恋愛と結婚は別物。
もし、万が一、いや億が一にも、私が焦がれる人と結ばれたとして、心配事の絶えない未来であることは明白だ。
日々暮らすだけでも精一杯なくせに、仕事もせずにフラフラと飲み歩いて。
たまの依頼で面倒ごとばかりを背負い込んで、その身体にまた一つ古傷を増やしていく彼の隣は、さぞ苦労するに違いない。

親の紹介で知り合ったその人は、気は弱いがその分優しくて、常識的で、きっと金銭的にも精神的にも楽に生きていけるだろう。

ねえ。それでも。

「随分辛気臭えツラだな」
「そんなことないもん」
「いやいやあるよそんなこと。お前自分がどんな顔してるか鏡で確かめたか?」

言われなくても分かっている。
私には約束された幸せよりも、この人の隣の方がずっと魅力的で、きらきら輝く幸せな日々が、容易に想像できるのだ。

心から愛しいと想える人に、私のことを愛しいと想ってもらえたなら、どんなに心が躍るだろう。
嗚呼、なんて欲深いの。
そんな未来、訪れないと分かっているのに。

「……ったく、言いたいことがあるならはっきり言えばいいのによォ、どいつもこいつも一人で考え込みやがって」

がしがし、と豊かな銀髪を荒っぽく掻くと、深々と溜息を吐く。

「お前、俺の職業忘れてね?」
「……え?」

言葉の意味を図りかねて、窓の外に向けたままだった視線を思わず其方に向ける。

「猫探しから地球の平和を守るまで、頼まれたことならなんでもやるのが万事屋銀ちゃんだ」

晴天に降る可笑しな雨はすっかり上がっていた。
万事屋は勝ち誇ったように、にいっと笑った。


狐の嫁入り
「私の結婚、ぶち壊して」





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