百代の過客

花の葬式



 私が一番最初に見た葬式は、母親の葬式だった。
 審神者であった母が狂い死にをし、その葬式に参列したことだ。
 母は私がまだ幼いころに亡くなっており、そして母が亡くなった原因に恐らくは私を妊娠出産したことも要因の一つであることは察していた。
 つまるところ、私は生まれてくることを望まれていない子供だった。
 母が犯した行いは後々に資料で知ることとなったが、それでも自分の中にいる母は、おかしい時と、この葬式で亡骸になっている時しか覚えていなかった。

 様々な衣装の美しい造形の彼らが、各々の表情を浮かべて亡骸を見ていた。彼らの胸中は幼い私では察せず、そして未だに時折この記憶が埃を被らないように思い出す私でも察することは出来ない。
 幼すぎて私は母と彼らの関係性がいまいち理解できていなかったからだろう。
 母がいかに狂人であろうと、彼らにとってそれでも主だった。
 誰かが言い出したか、最期に花を主に送ろう、と彼らはそれぞれ花を一輪ずつ持っていた。葬式に似合わない花であろうと、彼らを誰も止めることはない。
 味気なかった母の棺桶の中が花で埋め尽くされ色とりどりの美しいものになったとき、ふと目を引いたのが大輪の花の中に埋もれる鈴蘭だった。

「それは鶴丸が用意したものだ」

 最後に見るかい、と聞かれて意味も解らず頷いた私を抱えた刀剣の一人が、惹きつけられたように小ぶりのささやかな花を見ていたらそっと耳打ちをした。
 脇からひょいと抱えられながら、探した。

 鶴丸国永。

 その出で立ちは名が示すとおりに真っ白だ。全ての刀剣が参列したこの場で、彼は至っていつもと何も変わらずに無表情で金色の視線をこちらに投げかけていた。彼の瞳には何もなかった。
 こちらの話は何も聞こえていなかっただろう。であるにも関わらず、突然こちらを見た主の娘に対して興味も関心も何もなかった。
 その瞳が、恐らく最初のきっかけだった。全てを気づくきっかけに過ぎない。

 彼らの中で、次の主は決まっていた。
 この本丸を継ぐのは、まだ幼い私だった。そしてそれは、死んだ憎い主の娘だった。
 この鶴丸の瞳にある温度感が私と刀剣達との距離の遠さであり、そして今抱えてあげている刀剣も恐らくは本質的に私を通して母を憎んでいるのだろう、と理解することが出来た。
 思い出しても感謝している。あの時、私は鶴丸を見なければ、私は自らの置かれた立ち位置に我慢ならなかっただろう。

 ■

 母がしたことを考えれば邪険にされなかったことが救いであるという程に、母はおかしかった。大人になった今、刀剣達との距離は縮まったことはなく、新たに鍛刀した刀だけがさりげなく私に優しかった。
 その理由としても私が他の刀剣達と距離を取ろうとしていたことにある。
 年齢を重ね母の面影が緩く見え始めた辺りで刀剣達は更に私を遠ざけた。そして同じように私も母と同じになることを恐れ、遠ざけた。
 人が会話している刀剣男士の話を聞く度に、知らない人の話だと思う程度には距離が遠かった。個体差すらわからない。私が知っているのは、彼らの練度と声と衣装だけだ。
 何が好きで何が嫌いで何をしているのか。何も知らない。一つも知らない。

 それは向こうもそうだろう。

 同じような距離感で、私達は生きてきた。そしてこれが最善だと思って、全員生きてきている。
 一つ狂ったことがあったとするならば、私は母の葬式以降鮮烈に焼き付いた花々を忘れることが出来なかった。
 亡骸を彩ったそれに魅了されて、自分の部屋の近くに花壇を作っていた。そこに植え込まれた花は、あの葬式で見たものが様々並んでいた。

 本丸の季節は調節することが可能だ。畑に並ぶ野菜は数日程度で取れるし、四季がばらばらな野菜だって共生することが出来る。あの葬式に参列していなかった新しい刀達には顕現した最初に花を聞いていた。これがこれからの生活の中で一番踏み入った質問になると思っていなかった彼らは困ったように笑って、花を私に教えてくれた。
 自分専用の花壇に様々な花を植え、せっせと仕事の合間に世話をしていた時、ふと横から地面をする足音がした。
 ふと顔を上げると、万屋帰りだろうか、物がぎちぎちに詰まった手提げをぶら下げ、数歩離れた所で佇む白い男がいた。
 刀剣男士は足音を立てずに歩ける。わざと足音を出したのは、自分の存在を気づかせるために違いない。
 小さく会釈すれば、彼はゆるりと首を傾げた。金色の瞳は、私から外れなかった。

「きみ」
「はい」
「花が好きなのかい」

 一度、瞬く。こういう各々私的なことに踏み込む質問はみな避けてきた。興味が無いというよりも、仲良くなってはいけないというどこかおかしな緊張感からだ。
 それは私自身にも適応されていた。
 鶴丸から視線を外し、花壇を見る。色とりどりの規則性のない花。年中咲き続ける審神者が管理している花壇。
 確かに花が好きだと思われてもおかしくはない。
 ただ正直私は私が花を好きだとは思えなかった。この花は、一見して規則性が無く咲く花は実際は共通点がある。
 母の葬式で彼らが一輪ずつ持っていた花だ。花の数は決まっていて、それは次の花になっても変わらない。同じ花が二本あれば、それは二振りがその花を持っていたということだ。
 私は常に疑問だった。この花を育てて何になるのだろうと。
 だけれど私の本丸において主の手を借りることなく、自立した彼らを、私は花を通して育てているように思うことで、自分が審神者である、つまりはここにいてもいいという理由を作り上げているようにしか思えなかった。
 これは自傷行為であり、縋る行為であり、そして目でわかる存在価値だった。
 私の返事を待っているのか、手提げを引っ提げたまま立っている鶴丸を見やる。

「いいえ。全く好きではありません」
「そうか」

 その拒絶を受け取った鶴丸が、踵を返す。日光を反射して煌めく白い衣装を一度見ながら視線を落とす。
 花壇の中央で、小さく咲き誇る鈴蘭が、今この時ばかりは苦々しく思った。

 ■

 もしも自分が死ぬときは、あの刀達は恐らく私に何かしてくれるだろうという変な希望的観測があった。
 そしてそれは、最期ぐらい花を送ろうではないか、という最早確信に近い思いを抱いていた。
 死ぬゆく体を抱えながら、審神者は目を閉じる。
 呼吸は途切れかけ、命は刻々と擦り減っている。
 性格が悪いことを今更ながら自覚した。やはりあの母あっての私だ。
 花壇に植わった花をそれぞれが好きに取っていきながら、徐々に事実に気付いたとき、それは私が隠した花壇の秘密に気付くだろう。
 花なんぞ好きではなかった。私は、花を愛でることで刀に関わっていた。
 彼らは私には関わらなかったけれど、それで正しいと思っている。
 身勝手な母の血は、脈々と私に流れている。だからこそ、死ぬ時も最後まで娘の私も身勝手だった。
 あの花は、私なりのあなたたちの手向けであり、愛であった。
 その醜い欲望が詰まった花を、あなたたちは手折り、私に捧ぐのだろう。
 押しつけがましい愛を彼らは私が死んだ後に受け取るのだ。
 どういう顔をするのだろうか。間違っても喜んでくれやしない。
 迷惑そう、苦笑、怒り、様々な表情を推察するが私は彼らと仲が良くなかったために全く想像がつかなかった。
 互いに意地張り続けたこの勝負は、私の勝ちで終わる。
 そんなことを思いながら目を閉じた。

 ■

 審神者が死んだ。
 親しくもない、今は遠い過去となった最初の主の娘だった。
 最初の主とは違うことを理解していたが、全ての刀剣が娘と距離を取り、そして彼女も同じように刀剣と距離を取っていた。
 互いに仲良くなるつもりはなかった。常に相容れぬ存在であることを理解し、その思いだけで互いを縛り合っていたような、主従の関係だった。
 最期くらい何かしてやれることはないか。
 そういって彼らは何か審神者の為に、最後の手向けを探した。絞り出した末が、棺桶に選ぶ花を各々持ち寄るのはどうだろう、とのことだった。
 幸い、彼女の花壇がある。そこで選べばいい。
 ふと、それに既視感を覚えた。幾人かも同じように既視感を覚えているようで、何かに気付いたように思慮深げに瞳を畳へと落としていた。
 このやり取りを、ずっと昔、したことがある。
 鶴丸国永は、花を選ぶ彼らを一歩離れた所から見ていた。花選びはすぐに終わった。
 それぞれが好きな花を選んだから。
 そして花を選び始めた全員が花壇の花に隠された事実に気付き始め、そして最後に残った刀剣たちが一旦動きを止めて、残された花を見たぐらいには彼女の花壇は規則性があった。四季が乱れ、そして誰かが少々ごった返した花壇だと昔どこか呆れ口調で告げた花壇の真実が、そこにあった。
 審神者の花壇は、本丸にいる刀剣男士の数だけ花があった。
 刀剣男士の好きな花だけが、そこにあった。
 まだ花を取っていない残された古株の刀剣達は、全員神妙な顔をしてそっと花を取った。
 鶴丸も花壇の中央に植えられていた鈴蘭を取る。
 特に古株の刀達は気付いていただろう。彼らはずっと前に、同じ花を持って、捧げたことがある。

 彼女の母に。

 鶴丸は呆れて鈴蘭を見る。最後の最後、その他向けさえも彼女は思い通りになんてさせてはくれない。
 こちらの思考なんぞ手に取るようにわかっていたのだろうか。
 そうであるならば、彼女は正しく主であったのだ。
 自分たちの関係性は遠かった。彼女がどのような性格をしているのか、何を恐れ、何を愛し、何を思っていたのか。それすら定かではない。
 その理由に。

「してやられたなぁ。きみ、思った以上に頑固だったんだな。最後まで何も言わないから好きな花一つわからなかったじゃないか」

 呆れたように笑う鶴丸に、周りで薄く笑いが響いた。
 不公平だよなぁ、と誰かが呟いた。
 自分たちの好きな花はわかるのに、彼女の好きな花はわからない。
 くるくると鈴蘭を弄びながら思う。
 好きな花ぐらい、最期に教えてくれても良かったのに、と。

 してやられた。

 彼女はこの様子を見ていたらどのように笑うのだろうか。どのような反応を示すのだろうか。
 様々な表情を推察するが仲が良くなかったために全く想像がつかない。
 彼女が示した通りに、彼女に花をやらねばならない。
 そう思って、全員が彼女の葬式へと足を向けた。