審神者というものに対して使命感を持ったことが無い。
それは、自分が審神者になったきっかけのせいだろうと思う。
自分は、中堅よりは少々ベテランの位置に属している本丸の審神者だった。だけれど自分の実年齢はそこそこで、まだ若いと言っても許される年齢だった。
それもその筈で、審神者という職業が成立したときに、ほぼほぼ徴兵まがいな行為によって審神者業についた人間だったからだ。
中学校を卒業する前に審神者になった自分は、審神者に対して使命感を持ったことはなく、ただ若いうちから無理矢理働かされているという認識でしかなかった。
もしかしたら有り得たかもしれない学生生活のことを考え、十分に過ごすことが出来ずに苛立つ思春期を送ったが、ある程度年齢を重ね、本丸に属する刀剣達との様々な出来事などを乗り越えれば、その思いは風化していった。
だけれど、ふとしたときに異常な疲れを自覚するときがある。
本丸の中で自らが顕現した多くの刀剣達に囲まれ、主として生きる生活。
そもそも自分は人の上に立つ人間ではなく、しかも相手は人間ですらなく神ときた。
人ですらない訳だ。
審神者となる以前はただの一般人、心の発達すら追いついていない中学生だった自分には時折どうしようもない息苦しさをもたらし、双肩に伸し掛かる重圧に潰れそうになる。
どれほど刀達が自分を丁寧に扱ってくれたとしてもそれは抑圧の一部でしかなく、余裕が無い時にそれを自覚してしまえば、坂を転がり落ちるように自分が擦り減っていくのがわかった。
本当にたまたまだった。
疲れがピークに達したとき、全てが切れる瞬間がある。一日のうち数時間、ただ何も出来ない人形のようになる時間だ。
何もしたくないし、出来ない。しようとする意思すら湧かない時間だ。
騙し騙し自分を酷使し続けると、摩耗する。それを回復するための時間なのだと思う。
自分が審神者で、刀の主であるということから離れなければいけない時間が必要だった。自分は人の上に立つことを得意とする器ではなく、そして血生臭さに慣れたとはいえそれも得意とするような人間でもなかった。
血、闘争、主従。
そういうものから離れた人間だったはずなのに、今自分は人型の彼らを使って戦争をしているという事実に耐え切れない時がある。これが物の形だったのなら、そう心は痛まなかったのだろう。
物でありながら神であり、言葉を操る彼らが審神者の意思に従って戦い、そうして傷ついていく様を見るたび、いつも疲れた。根本的に審神者という職業に向いていないのだと、自分でも気づいていた。
本当にたまたまだったのだ。
夕ご飯が終わって、静寂が本丸の全てを包んだ時間だった。
風呂に入ろうと思い立って、下着になった時にそれが来た。機械が信号を突然遮断するかのように、殻に閉じこもるように、虚脱感が襲った。
立っていられなくて、膝から崩れ落ちるように執務室に下着姿のまま転がった。酷く醜い恰好だったと思う。
それでいながら目を閉じれば、だらだらと涙が零れ落ちる。
悲しくも辛くもない。だけれど気づかないうちに心の底で疲れていた。だから体がそれから逃避させようと、反射的に涙を零させていた。
ただ何もしたくなくて、涙が落ちれば落ちるほど苦しくなった。
呻き声を上げそうになって唇を噛んだ時に、「主さん!」と軽快な声と共に執務室の襖が開けられた。
「今、兄ちゃんた、」
哀れな刀剣だった。自分の主人が下着姿で床に転がり、嗚咽を零している状態に遭遇してしまった可哀想な刀剣は、脇差の浦島虎徹だった。
視界を閉ざした状態でも明るく笑顔で何かを告げに来てくれたのだろうに、その声が詰まる。す、と一気に雰囲気が落ち着いて素早い速度で駆け寄ってきたのが体の表面を撫でた風でわかった。
「主さん、体の調子が悪かったりする?」
緊迫した声に目を開ける。ぼろッ、と弾みで涙が目尻から零れ落ちて、その滲んだ視界の先で浦島が険しい顔をした。倒れた審神者の横に片膝立てをして、こちらを観察している。顔を巡らせて誰かを呼ぼうとしたのだろう。
咄嗟に、近くにあった細い足首を掴んだ。
「だめ」
隠すべきだと思った。こんなみっともない事実を、晒すわけにはいかなかった。
これは間違いなく醜態だった。
そして何より人の上に立って陣頭指揮を執っている人間が、臣下に見せるべき態度でもなかった。そういう意識は、審神者が始まったときに徴兵された故に備わっていた。
そのプライドが自分を擦り減らしている原因だと気づいていたが、どうすることも出来ずに隠し通すことが現状できる最善だと自分は思っていた。
嗚咽を零しながら止めた主人に、彼は何らかの理由を察したようだった。
足首というよくわからない場所を縋るように掴みながら、ぐずぐずと嗚咽を零す審神者の手の甲を撫でるように掴んで、そっと優しく剥がした。
「とりあえず、主さん。俺、襖を閉めてくるよ」
開け放たれた襖の横に、ラップのかけられた柔らかなカステラが二切れ転がっていた。
自分の主人が健康状態が至って正常のまま下着姿で転がっているという事実に浦島虎徹が辿り着いたとき、彼は可哀想なぐらいに動揺した。
先程は緊急事態の為に羞恥心が吹き飛んでいたらしいが、事実を確認し、健康に問題ないということに気付いた浦島は呻き声のような、何とも言えない奇声を発しかけ、そして先程審神者が人を呼ぶのを止めたことに順じてくれ、咄嗟にそれを掌の内側に押し留めていた。
口を抑えたままもごもごと何かを呟いたが、視線が動揺を隠しきれずにあちらこちらに飛び回る。困惑を表したように眉が寄って、顔が耳まで真っ赤になっていた。
「あ、主さん……ふ、服……」
その様子をぼんやりと見ながら、顔を正面に戻した。何気ない常と変わらない天井で、いつもと違ったのはこの状況だけだ。
「ふくは、きれないの」
「え、なんで?」
「疲れちゃって。お風呂にね、入ろうと思って、脱いだの。でも、駄目だった」
気づけばまた涙が滲んだ。それはすぐさまに溢れかえって、洪水のように目尻から落ちてゆく。耳に当たって不快だったが。止まることを知らずに次々に溢れては落ちてゆく。
止まることを知らずに落ちる涙が、そっと温い何かにせき止められる。頬を包む熱に目を開けると、彼は穏やかな顔でこちらを覗き込んでいた。
自分よりも少しばかり高い体温が溢れていく涙を拭ってゆく。拭っても拭っても涙は零れ落ちる。
ダメだ、と思った。今日は駄目な日だから、ずっとこの調子だ。この調子で泣き続けて、朝起きる。そしたらリセットされてる。
でも浦島をこれに付き合わせるわけにはいかない。定期的に起きる発作の厄介さは自分が一番よく知っていた。
何より自分は彼らの主人だった。彼らを御すことが自分の務めであり、そしてそうするためには情けない姿など欠片も見せてはならなかった。
彼らを扱った過去の主人の中では歴史に名を轟かしたものばかりだ。彼らも割り切ってこちらに接してくれているが、将の器でないことは自分が一番知っている。彼らもそれを察していた筈だ。
女の身。彼らの元主人のように刀を刷いて戦場に立つことは無く、安全圏でぬくぬくと戦況を見下ろして指示を出すだけ。戦場の土の匂いも血の匂いも彼らが纏うものだけを知っている。自分は直接味わう訳でもなく、やはりどこまでも自分の身は甘やかされていた。
だからこそせめて自分は情けない姿を見せるわけにはいかなかった。そうして生きてきて、一番最初に最も醜い姿を晒してしまった相手は浦島虎徹だった。
目の下を撫でる親指の力強さに片目を瞑った時に、嗚咽としゃっくりと繰り返す唇に何かが当たる。
甘い匂いに反射的に口を開けば、形のひしゃげたカステラのひとかけらが押し込まれてゆく。目を瞬かせて彼を見やれば、にっこりと何も言わずに笑った。まるで親鳥が自分の子供にせっせと餌をやるように、咀嚼して空になった瞬間を見計らってカステラを浦島が押し込んでくる。
口に物が入っている間は何も喋れず嗚咽を零しながらも嚥下し、何かを話そうとするたびに口に物を入れられる。
最終的に審神者は必死にカステラを咀嚼していたし、それににこにこと笑いながら浦島はもう一切れを自分で食べながら、審神者の口にカステラを押し込んでいた。
最終的に口をぱかと開けてカステラを待つ姿勢になった審神者に最後のカステラの欠片を押し込んで、彼は手を拭いた。
「兄ちゃん達がくれた。美味しいものを食べると、嫌なことを忘れるっていうからさ!」
溌溂とした様子で告げた浦島は、審神者の涙が止まったのを見てふわりと笑った。
だがその後、彼は視線を彷徨わせた。まだ審神者が下着姿で転がっており、審神者は動く素振りすら見せない。止まったとはいえ時折思い出したように目を閉じて幾筋か涙を零すだけの、伽藍洞な人の形をした無機物に成り下がった主人。
そんな審神者を見ながら、浦島は姿勢を正した。何かを決心したような顔に、審神者は常よりも数倍遅くゆっくりと瞬きを繰り返しながらそれを無感動に眺めていた。
「それでなんだけど。主さん」
口をもごっと動かし、未だに少し言葉を吐き出すのに躊躇しながら浦島は真っ直ぐ審神者を見た。
「お風呂に、入ろう」
微妙に緊張した面持ちでそう切り出した浦島に、どうやって、とか、なんで、を含めた疑問全て置き去りにして、彼の必死な様子に審神者はこくりと力なく無言で頷いた。
結論から言えば、健全にお風呂に入れられた。
湯船に張られたお湯を見た浦島は湯加減を調節し、ほッ、という軽い声と共に審神者のだらんとした体を持ち上げて湯船に軽々と運んだ。
それに幾ら見た目が幼くてもやはり彼らは自分と違うのだと思いながら、下着をそのままにそっとお湯につけられた審神者の顔を覗き込む。
「主さんのそれ、明日には治るの?」
話すのも億劫になっていて、こくんと頷くと彼は「じゃあ体は明日洗ってね」と言いながら風呂の縁に審神者の首を置いた。ぐんにゃりとした審神者の体をそのままに、髪の毛だけを浴槽の縁から外に出す。
近くにあったシャンプーとコンディショナーを取り寄せ、浦島が鼻歌混じりに掌にシャンプーを出して審神者の髪に触った。
シャカシャカと手慣れた様子で髪の毛を洗われて、なんでだろう、と疑問に思い後日聞けば「蜂須賀兄ちゃんの髪の毛洗うの手伝ってるから」と言われた。
人に髪の毛を洗ってもらうのは久々で目を閉じる。そうすると「亀吉みたいだ」と言われ、微妙に不本意で目を開けると、こちらの顔を覗き込まれた。
「力加減どうですか〜」
美容院に来たような気分だった。茶化しながら言われた言葉にじっと黙っていたが、浦島は大丈夫だと判断したらしい。実際、彼の洗う手つきは繊細なものを扱うように恐る恐ると洗っていた部分もあり、問題はなかった。
浦島は高くてちょっとずつしか使っていなかったコンディショナーを豪快に使った。掌にこんもりと小さな山を築いたそれをふんだんに使われて洗われた自分の髪は、後日信じられないぐらいさらさらのつるつるになった。
そうやって洗われてふわふわのバスタオルで体を拭かれて、「大丈夫?」と心配する声に頷きながら審神者は彼をようやく彼の自室に戻した。
深夜一時のことだった。次の日、朝至っていつも通りに戻った審神者に安心したように目を開いて笑ってくれた浦島には感謝している。彼には後日、カステラを送った。
口止め料と感謝を込めたものだった。そんなことしなくても彼は言いふらしはしないし、これからもこの本丸の一振りとして気にかけてくれるのはわかっていた。
そうして、終わるはずだった。
そう、終わるはずだった。
■
「あちゃあ」
壁際で倒れて泣いている審神者を、また浦島が見つけた。
最初の事件からおおよそ二週間後のことだった。
今回は服を着ていて、たまたま襖の方向を見ていた。鮮やかな青緑色とかち合って、ゆるりとそれが弧を描く。
一度目があったからか、彼は何も言わずに慣れたように襖を閉めて彼は審神者の横に片膝をついた。喧騒は遠く、でも確かに本丸の中は人の声に溢れていた。夕飯の時間は終わり、そして彼らはめいめいに自分の時間を過ごしている筈だ。夜は更け、そしてゆるやかに宵闇の帳の色は濃くなっていた。動物が寝静まる時間に近づいていた。
遠征部隊や出陣部隊は夜に動いたり、帰還する場合もある。だからこそ彼らの時間は様々で今から風呂に入る刀も多い。浦島もそうだったらしい。軽装に着替えることなく、彼は未だに戦装束のままだった。彼は一度困った顔をした。だけれど、次の瞬間には弾けるような笑顔で、審神者を見た。
「主さんさ、また俺と一緒に入らない?」
何を、とも。何故、とも。聞く元気はなく、ただ黙って頷いた。
二度目も着衣で入浴は行われた。だけれど、一度目と二度目の明確な差は、浦島が脱いだことだろう。
ぼんやりと天井を見上げたままだった審神者は、浦島が脱ぎ、勝手に審神者のよい匂いのするちょっとお高めのボディソープをこれまたふんだんに使い、洗顔用の泡立てブラシで亀の甲羅を丹念に洗ってにこにこと笑っている浦島に気付いてはいたが、自分はまた着衣のまま浴槽に、漬物を漬けるように入れられ、鼻歌混じりにまた丁寧に髪を洗われているうちにどうでもよくなっていた。
そもそもこの状態の審神者は思考能力が著しく低下している。後日思い出したとしても、ああ、そういえばそうだったな、程度の認識にしかならず、審神者にとってはそこまでのダメージはない。
ぼんやりとした審神者の後ろに、「よッ」と軽い声を上げて浦島が浴槽に滑り込んできた。膝を抱えるようにして入ってきた浦島が、自分の膝を審神者の背もたれにしてくれる。
常ならば許容しない距離感、状況だったが、今の審神者は使い物にならない。その上、生来の審神者が明るく人との距離を測り損ねるぐらいには刀剣達と仲が良いせいか、刀剣達はほぼ軒並み他の審神者の刀よりも距離感が近かった。
元より浦島虎徹と言う刀は誰に対しても優しく、距離感が近い。
この状況もさほど彼にとって何でもないのかもしれないと、ぼんやり結露を起こして天井から水滴が滴り落ちてくる様を黙って眺めていれば、ふと浦島が「主さん、今こっち見ないでね」と呟いた。
どうして、と問い返す元気もなく天井を眺め続けていた審神者に対して補足するように「今まだ俺裸だもん」と言われ、なるほど、とぼんやり思った。
これが、二度目。
三度目は、胎児のように丸まって、執務室の机の下に蹲っていたのを、これもまた浦島が見つけた。
「やっぱり!」
と何故か天真爛漫に浦島が顔を輝かせる。
定期的に発作が起きることに気付いたらしい浦島は、それからふとタイミングを見計らうように、夜が深まりつつある時間にやってきた。
まだ皆起きてはいるけれど、各々就寝準備に入ろうとする絶妙な時間に彼はやってきて、風呂に入れられた。
そんなことが数か月も続いた。審神者も、審神者の仕事に慣れが生じてきて、息抜きの方法を覚えてきた。
それでもやはり疲れた日は何度かあってその度に浦島が発見し、彼に風呂に入れられ、審神者の服が薄着になり、徐々に下着になり、そして浦島が裸で入るのが当たり前になったころのことだった。
ふと、疑問が降ってわいた。
どうしてこんなことになっているのだろう、と。
何度目かの疑問は常に浮かんでは「自分が疲れているからだろう」「浦島虎徹が優しいからだろう」と消えていたが、何故か今日だけはその疑問は頭の中から消えてくれなかった。
ふと表層に浮かび上がってしまった疑問は、頭の中で反芻し続けていた。
「どうして」
今夜も発見された日だった。服は下着のみで、浦島に浴槽で抱えられるように入っていた。のんびりと近くに置かれた洗面器で亀吉が泳いでいる。
声を使うのは思った以上の労力だったが、その言葉は閉め切られ湿気の籠った浴室で想像よりも反響した。
後ろにいる浦島が驚いたようにこちらの顔を覗き込んでくる。
それを無感動に眺めながら、審神者は思ったまま話した。
「どうしてこんなにしてくれるの」
幾度となく繰り返されたこの夜は、審神者と浦島しか知らない。
他の刀が気づいているかもしれないが、何をしているかもわからないだろう。
何せ、正常なシチュエーションではない。
今審神者と浦島の距離感は乱れ、男の体を持つ刀と女の体を持つ審神者として、男女として恋仲でもない自分たちの距離感は他のものが聞けば誰だって眉を顰めるものだ。
刀を率いるものとしては恥を晒し続けている。
本来であれば幻滅されたっておかしくはない。
その問いに、浦島はちょっと考えるような素振りをした。
綺麗な青緑色が瞬いて、視線が上を向く。その後、にかっと晴天の様な笑顔を浮かべて、こちらの力の抜けた胴体に回った腕の力を強くした。
人形でも抱えるように、浴槽の中で抱えられて、自分の背骨が浦島の胸に当たっているのがわかった。
「なんでそう思ったの、主さん」
自分が常の自分と懸け離れて元気がないように、この状態の自分といる時の浦島虎徹は常の明るさはそのままに、それでも聡明さが目立つ。
どことなく声量を抑えたようなそれも、こちらがその元気で更に疲れてしまわないようにという気遣いだと自分は既に気付いていた。
「お礼がしたいなって思った」
しゃぱ、と浦島の手が動いて肩から湯がかけられる。お湯から出ている肩口の冷たさに自分は気付かなかったが、浦島はそういうことにすぐ気づいてくれた。
今のような優しさをもう既に何か月と味わっている。これをどうにかして返さなければ、と鈍い頭でも思っていた。
「えっへへー。嬉しいけど今度で良いよ。治ってから」
「治る……」
今までにないぐらい喋れている。それに審神者が自分で驚くと同時に、浦島はある程度予想できているようだった。
「この状態の主さんはいま凄く疲れてるでしょ。死体みたいになってる」
それに返事は出来なかったが、自分があまりこの状態だと喋る力もないことを既に知っている浦島は話を続けてくれた。
「でもこの状態になる頻度は落ちてきてるでしょ。喋れるようにだってなってるしさー」
深く浦島が息を吸ったのが、背中が触れている胸板でわかった。
脇差であってもそれは硬く、戦うための刀の神なのだと思う。
「もし全部平気になったら、その時考えてよ。主さん」
ふ、と零れる様な笑いと共に浴槽の中に落ちた腕を取られた。浦島に支えられるままにふらふらと揺れる腕。その指先から温かな水が幾つも落ちて、浴槽の中で波紋を広げた。
揺れるお湯の向こう側で重なる足を見る。水が歪めば同じように足も歪んだ。
それをぼんやりと見ている審神者の肩に、浦島の顎が乗る。
「じゃあ……その時改めて考えるけど、今だったら……何が欲しいの」
「主さんの中身かな」
「血肉……」
「違うよ! そんな怖いこと言ってない!」
慌てて首を振った浦島がぎゅうと審神者を抱き締める。
慣れた強さだったが、それはいつもよりも何かが違っているような気がした。
「俺が主さんの中身を詰めたんだから、治った中身をちょうだい」
その声は茹った様な頭の中でも酷く蕩けて聞こえた。
あげてもいいかもな、と思った。この恥を受けいれて、中身を詰めてくれた献身的な神様に。
「……わかった」
浦島の胸に今まで以上に背中を預ける。その弾みで軽やかに笑った彼に思わずこちらも笑いが漏れた。
思った以上にあげられるその時は近いのかもしれない、とそう思った。