MISS YOU



遠山カナタ25歳。
社会人1年目を脱し、ようやく仕事も順調にこなせるようになってきた。
大学進学とともに上京してきた東京の街にも馴染み、仕事も順調、そろそろ私生活にも潤いがでればと考えはじめた矢先のことだった。

今日はさいわいにも金曜日。
同僚たちは合コンらしい。
カナタも誘われはしたが、あまり賑やかな場が好きではないので断った。

なにより、そんなありきたりな出会いは求めていないのだ。


「遠山?おまえは合コンいかなかったのか」

「あ、根岸さんお疲れさまです。俺ああいう場所あんまり得意じゃなくて……」


根岸は新人のときに教育係を勤めてくれた先輩だ。
気さくで細かいことにこだわらないおおらかな性格で、後輩連中からも慕われていた。
仕事が終わっても、ぼーっとデスクに残っているカナタが気になり声をかけたらしい。


「ふーん?ま、おまえくらい綺麗な顔してたら合コンなんて必要ないのかもなー」

「そういうことじゃないですよ、もう」


カナタはいそいそと帰り支度を整えながら根岸の軽口に苦笑する。

だが実際カナタは、男にしては綺麗な顔立ちをしていた。
男臭くなく小振りなパーツはどれも繊細なつくりをしていて、中性的な雰囲気がある。


「でもま、暇なら俺と飲みにいかないか?たまには付きあえよ」

「はあ……すぐ話を刷り変える……まあいいですけど」

「ハハハ!そうこなくちゃな!よし、今日は飲むぞー!」


すっかり機嫌をよくした根岸に連れられ、カナタも夜の街へとくりだした。

あたりまえの日常。
そんなものに興味はない。

カナタはいつだって映画のような恋に焦がれているのだ。

***

2件目を梯子し終わったあたりから根岸が潰れたのはいつものことだった。
この先輩はそんなに酒に強くないくせにピッチが早いから、注意しないとすぐにつぶれるのだ。


「根岸さーん、歩けます?」

「……んー、もう1件。次はどこにすっか……」

「今日はもうお開きにしましょう」


ぐったりした根岸を抱え大通りにでる。
週末だけあって人通りが多い。

人並みを避けるようにしてカナタはタクシーをとめた。


「とうやま!俺は帰らないぞっ」

「だめです」


酔っぱらいに迷惑そうな顔をするドライバーを無視して、根岸を奥へと押しこむ。
文句はたれるが、逆らう気力はないらしい。

目的地をドライバーに伝え、お金は先払いにした。
足りないぶんはどうにかしてもらうしかない。

一瞬着いていこうか迷ったが、道路のむこうに見えた見覚えのある顔に考えがとまった。

(あれは……)

カナタが硬直している間にタクシーは走り去った。
そんなことにも気づかなかった。

見覚えのある懐かしい顔。

しかしけしていい思い出ではない。
いまなおカナタの胸をむしばむ苦い記憶。
体中の血液が冷えていく感覚を憶え、慌てて背をむけ歩きだした。

指先から冷たくなっていき、ツキツキと頭痛までしはじめた体に笑いがこみあげる。
自分はそれほどまでにあの男を警戒しているというのか。


「カナタ?」


ガクンと強めにつかまれた反動で体が揺れる。

腹にひびく低い声。
独特のあわいコロンの香り。


「……ハシバ」


数十センチ先に忘れたはずの男がいた。

カナタが忘れたい過去の男。
恋にこがれるカナタが大学時代、一度だけ犯したあやまち。

ハシバムネタカ。

出会いなんてそんなに簡単にあるもんじゃない。
しかもカナタは"運命的"な出会いにこだわっていた。
恋愛ごとに夢中になれない自分に、運命的な出会いではないから続かないんだと言い訳していたのだ。

しかし、さすがのカナタも大学3年目にして、あまりにさっぱりしすぎた生活に嫌気が差してきた。
どきどきわくわくするような恋をしたい、そう思った。

だがそこで人好きする中性的な容姿があだになった。
中途半端にアプローチすると、恋をたのしむ前に相手から告白されてしまうのだ。

下手に女の子に手はだせない。
そのうえで恋をたのしむ方法。

そこでカナタは学内1の色男、もとい遊び人のハシバに目をつけた。
もともと性には淡白でセックスがしたいわけではない。
疑似恋愛を効率よくたのしみたかったカナタは、そんな単純な理由でハシバに近づいた。

適当にあしらわれるか、それとも乗ってきて遊びに付きあうか。
どちらでもよかった。
カナタにとってハシバはたまたまそこにいた一番都合のいい相手にすぎなかったのである。


「変わった名前だね。ハシバって読みであってる?」


声をかけたのはカナタのほう。


「そうだよ。おまえの名前も十分変わってると思うけど」


初めはただの世間話だった。
だが顔見知りから友達になるまではあっというまで、気づけばカナタの隣にはいつもハシバがいた。

ハシバのまわりはいつも華やかで、話がうまい彼の話題はスリルとすこしのエロスがいり混じっている。
聞いているだけでカナタはまるで自分が体験したかのようにドキドキ胸を高鳴らせた。

カナタにとってハシバは、スリルを身近に感じさせてくれる都合のいい話相手になっていった。

ただし、ひとつ大きな誤算があった。
ハシバはスリルを感じさせるだけでなく、撒き散らすタイプの人間だったのだ。


***


「カナタっていつも俺の恋愛遍歴を聞きたがるけど、俺はおまえのほうが気になるよ」


発端は珍しくハシバが訊き返してきたことだ。

いままで一度もハシバがカナタの恋愛について言及してきたことはない。
ただカナタに望まれるがまま、自分が過去付きあった経験にすこしユーモアを加えて話しているだけだった。


「俺はハシバみたいにおもしろく語れるような体験談がないんだよ」

「おもしろくなくていいよ。考えたら俺、カナタの好きなタイプも聞いたことがないんだよなー」


不公平だろ?と覗きこんでくるハシバに、カナタはなにも言えなくなった。

一体なにを語ればいいのだろう。
ハシバのような恋愛経験豊富な男に、運命的な恋愛にこだわってまともに人と付きあったことがないと白状するには勇気がいる。

それにハシバは、カナタはそれなりに恋愛遍歴があると勝手に思いこんでいるふしがあり、だからこそあけすけな恋愛話を聞かせてくれているのだとしたら、本当のことを話すのは気が進まなかった。

嘘をつくなら盛大に。
そしてすこしの信憑性を。

どこかで読んだ本に書いてあった。
カナタはとっさにうかんだ嘘を口にしていた。


「……俺、男に好かれることがおおいんだよね」


そんな嘘をついたのは、当初ハシバと疑似恋愛をするつもりだったからかもしれない。
まったく男がだめだと思われたらやりにくい。

すこしの期待と賭けで、最初に使ってみようと思っていた話題だった。


「ああ。カナタだったらそうかもなぁ……いまでも言われるの?」


真剣な面持ちですっかり受けいれられてしまい、カナタは内心あせった。
笑い話になるはずだったそれを、ハシバはどうやら真面目な相談としてのってくれるらしい。

すこしの罪悪感を感じつつ、カナタは首を横にふった。


「ハシバといるようになってからだいぶ減ったよ。……もしかしたら勘違いされてるのかもしれない」


言って、小さくごめんと付けたした。
意味的には違うが、大事な友達に嘘をついたのは申し訳なくおもった。

だが話がこじれたのはここからだ。


「……勘違いね。まあカナタの役にたつのなら俺は別に構わないけど」


すっと流し目をしながらしなやかな体を寄せられる。
思わせぶりな言動はハシバの特技だ。

何度も見てきたし、聞いてきたつもりだった。
しかし実際に自分が経験すると身動きひとつとれない。


「カナタ、おまえ男と経験ある?」


その言葉が、付きあったことある?という意味でないのは明らかだった。
あのときなんと答えれば正解だったのだろう。

ハシバから逃げるように去ったいまではカナタの記憶はおぼろげだ。


「じゃあさ、試してみない?」


そんなことを言われた気がする。
確実なのは、あのあとハシバとホテルに行ったことだけだ。


***


「久しぶり。大学以来だよな」


掴まれた腕はそのままに、ハシバはカナタと距離をつめた。

この男は変わっていない。
一度しか抱かれなかったが、あのとき感じたままに匂いも振る舞いもすべてが記憶とともによみがえる。


「……ハシバも、元気そうで」


かろうじてカナタの口からすべりでた言葉は、この場に不釣りあいなほど滑稽だ。
しかしハシバはそんなことは気にならないようだった。

つかまれた腕は、逃がさないとばかりにきつくなっていく。


「急に連絡とれなくなったろ?心配したんだぜ」


あくまで穏やかに。
恋愛においてスマートでないことを嫌うハシバらしい物言いだ。

カナタとの関係が恋愛だったかは、定かではない。
だがハシバのなかでカナタは一線をこえた親しい間柄であったし、過去にあんなふうに突然いなくなった相手もいなかった。

恋愛ごとにおいていつでも主導権を握っていたハシバがとり逃した唯一の相手。
はじまる前に終わってしまった関係。

手に入らなかったものほどつよく記憶に残る。

もう逃がすものかと笑うハシバの目はけして笑っていなかった。


「いろいろあったんだ。悪いけど……、ちょっと急ぐから手を離し」

「なに?彼女でもできた?」


腕をぎゅうぎゅうつかみながらにこやかに世間話を続けようとするハシバに、カナタは顔色を青くした。

(もしかしてハシバはあのとき逃げたことを怒っている……?)

そんなまさか。
彼の恋愛は、くるもの拒まず去るもの追わずだ。
たった一度きり、しかも男相手に執着するのはハシバらしくない。


「なんで答えないの?本気で彼女できた?いや、そんなわけないよな……カナタはあんなにかわいく俺に抱かれたのに、いまさら女の子とか無理だろ」


いくら酔っぱらいが多いとはいえここは人通りの多い道端で、大人ふたりが立ち話をしていれば衆目をあつめる。
それなのにハシバはこともなげにそんな話を持ちだした。

ぎょっとしたのはカナタだけではない。
話が聞こえた通行人たちが怪訝な視線を向けてくる。


「ハシバ……っ、そういう話はまた今度」

「今度なんてないんだろ?カナタは悪い子だから、俺はまた遊ばれちゃうな」


にっこり笑うハシバは確信犯だ。
突き刺さる視線は好奇と軽蔑に変わっていたし、綺麗な顔してやるなーなんてセリフが聞こえてきた時点で、カナタはハシバを引きずりその場を逃げだした。


「どういうつもりだよ!」

「それはこっちのセリフ」


仕方なしにカナタたちは男ふたりでラブホテルに入った。

ふたりきりで内密な話がしたい。
しかし、なかなかそんな場所は見つからない。
カナタにとっては苦渋の決断だった。


「……復讐のつもり?俺になにがしたいんだ」

「訊きたいのは俺のほう。あのとき、どうしていきなり消えたの?」


冷静さはハシバのほうが上だ。
頭に血がのぼったカナタはその言葉で血の気が引いた。


「俺は遊びで抱いたわけじゃない」

「嘘だ。だったらなんであんな言い方。それに、セフレだっていっぱいいたろ?俺なんて別に……」

「セフレ?おまえ俺とそういうつもりだったの?」


ハシバには常に異性の影があった。
それだけでなく、あわよくばを狙ってる同性だってたくさんいた。
そんな男の言葉を鵜呑みにするほどカナタは単純でなかったし、それを責められるいわれもない。


「ハシバはいつも遊びだったじゃないか」


愛されることに慣れすぎて他人を愛せない。
恋愛ごとに妙に冷めていて、自分のことなのにまるで膜を一枚隔てたように相手を見ている。

ハシバの恋愛はいつもそんな感じだった。
それを本気にしろというほうがおかしい。


「わかってないのはおまえだよ。うわべだけしか見てないから他人の恋愛をうらやましくおもうんだ」


広いベッドの端に腰かけたハシバは、ながい右手をカナタへ伸ばす。
届きそうで届かない絶妙なライン。


「離れるでもなつくでもない。カナタはいつだってこのぎりぎりの距離を保ってる」


下から見上げるハシバの視線がきつくて、知らず知らずのうちにカナタは生唾をのみこんだ。


「わかるか?自分じゃ踏みこまない。だから俺のつまらない恋愛遍歴なんか聞きたがる。自分じゃ怖くて踏みだせないからだ」


ぴくりと反射的に体が動く。

(まさか……知られていないはずだ)

カナタの頭のなかにはそんな不安がグルグル渦を巻いている。
ハシバに嘘をついたのは、それをひた隠しにするためだったのだ。

でなければ、あのときホテルまでついていったのは一体……。


「俺が本気かどうか、カナタにはわからない。でも俺にはわかる。おまえは知らないあいだに俺に運命を感じたんだ。だからついてきた。違う?」


呆然と立ちつくすカナタにさらに手を伸ばし、ハシバはそのまま引き寄せた。
乗りあげるようにハシバの体に密着したカナタを待っていたのは、懐かしいコロンの香りと触れたら焦げてしまいそうな熱い肌。

それを意識した途端、全身を駆けめぐる快感にカナタは身悶えた。


***


ハシバは夜にひかる電灯だった。

ただそこにいるだけで、余計な虫が群がってくるような男だったのだ。

自分でそのことをよく理解していたハシバは、ついつい引き寄せられてしまった虫たちには手を出さなかったし、余計な虫は適当にあしらっていた。
群がる虫のなかから本当に自分に好意のある相手を選び恋愛する。

だけどカナタは違った。
自分に好意があるわけではない。
間違って引き寄せられたわけでもない。
かといって何がしたいのか見えてこない。

だから友達というポジションにおさめ、しばらく様子をみることにしたのだ。

これがいい判断だったかはわからないが、ハシバはカナタを気に入ったし、結果としてそれはそれでよかったと納得した。

結局カナタの目的はわからずじまいだったが、ハシバは気にしなかった。
カナタが男に言い寄られてると聞かされるまでは。

同性愛に偏見はない。
でも自分にはあてはまらないと思っていたハシバだったが、カナタを誰か別の男に盗られると思いあたった瞬間、頭が沸騰した。

自分と一緒にいることで言い寄る男が減ったと聞いたとき、ようやくカナタの目的がわかったのだ。

そうか、俺は男よけのための壁に使われたわけね。
ハシバはそんなことで怒るような性格でもなかったし、逆にそれでカナタの被害が減ったのならと喜んだ。

しかしだ。
たんに男よけがしたいだけなら彼女でもつくれば早々に解決したはず。
壁などつくる必要はなかっただろう。
実際カナタはモテたし、あえてハシバを選ぶ理由が見つからない。

そしてふと思いあたったのだ。
カナタからはそういった話題を聞いたことがないことに。

ハシバのまわりにもよくいるタイプがそれにあてはまる。
やたらと出会いにこだわり、実際の恋愛になかなか踏みこめない人間だと。

そういうタイプの特徴は、自分の話には触れず人の恋愛遍歴を聞きたがる。
そして外見が普通より整っているものに多いのだ。

そこまで考え付いた瞬間に、ハシバは恐ろしい勢いで頭を回転させた。

このままカナタを野放しにしておけば恐らく自分とおなじようなタイプ、恋愛ごとに敏いやつらにカナタを持っていかれると。

そういうタイプは鼻がきくのだ。
無防備なカナタのような人間に、都合よく用意された運命的な出会いを演出し、かすめとられてしまう。

いままではカナタを友達としか思っていなかったが、急に遠くない未来誰かに盗られると想像してハシバの心臓は早鐘をうった。

だがハシバには運命的な出会いを用意することが出来ない。
もうすでに出会っていて、友達にまでなっている。

いまさらカナタがハシバに運命を感じることはありえない。
だからいきなりホテルに誘った。

運命的は無理でもそれに近づけたい。
いきなり突拍子もない事態が起きればカナタも混乱する。
それにつけこんで得意の口で口説き落としてしまえばいいと考えたのだ。

結果のめりこんだのはハシバのほうで、カナタはそのあとすぐに姿をくらましてしまった。

得意の口説き文句も使われぬまま、偶然街中で会うまでお互いにわだかまりを残した状態で終わってしまった関係だった。


「俺は本気だったよ。遊びにしたかったのはカナタのほうじゃないのか」

「そんな、俺は……」

「逃げただろ。俺はカナタに遊ばれちゃったわけだ。それなのに俺の本気を疑うおまえはなんだよ」


ハシバは本気でそんなことを思っているわけではない。
ただここでカナタに、負い目を持たせることが大事なのだ。

視線をさまよわせしどろもどろになりながら言い訳を探すカナタに、ハシバはうっそりと笑みを深くした。


「ちがう……!俺は、ハシバは遊びだと思ったから……気まずいと……思って」

「どうして気まずい?お互いが遊びなら別にいいだろ。なんでカナタは気まずいとおもった?」

「それは、だから……っ」


もうすこし。
獲物が罠にかかったことに気づいても、抜けだせないようにきつく縛らなくてはならない。
蛇のように狡猾に、丸呑みにしてしまわなければまた逃げてしまう。

抱えこんだカナタの体は許容量をこえた情報でいっぱいになり、ハシバをはねのけることを忘れている。
それをいいことにさらにふかく抱きしめると、ハシバはカナタの耳にそっと囁いた。


「カナタも俺を意識してくれてた?」

「はっ?あ、いや……」

「カナタは無意識のうちに俺を意識してたんじゃない?じゃなきゃ真面目なカナタがホテルについてくるなんてちょっと信じられないよ」

「まさか……嘘……」

「まあ憶測にすぎないけど。でも俺の予感は結構あたる。カナタもよく知ってるだろ?」


唇まで数十センチの距離で見つめあいながら、嘘だ、そんな、ちがう、と混乱するカナタをハシバは辛抱強く待った。

ハシバからすれば、始まりがなんであれいまの気持ちが前にさえ向いていればそれでいいじゃないかと感じるのだが、それをカナタに言ったところで理解を得るのは無理だと知っていた。

だから早く混乱して考えるのを放棄してくれるのを待つ。


「なあカナタ、最初は友達としか思ってなかったのにセックスしてみたら意識しちゃったなんて漫画みたいだよな」


クスクスと笑いながらハシバはカナタの髪をなでる。


「体の相性がよくて抜けだせないカップルもいるらしいし。どう?俺は気持ちよくなかった?」


カナタの揺れる瞳の焦点がだんだんあってくるとともに、獲物が喉元までおりてきたことをハシバは確信した。

シーツを握りしめていたカナタの手がスッとハシバのワイシャツを撫でる仕草はまるで誘っているようにも見える。


「カナタ?」

「……わからない」


なだめるように背中にまわした手をゆっくりと上下にすり、ハシバは焦らなくていいとカナタを落ち着かせた。


「ハシバと会ったらわからなくなって、俺……」

「無理にいま答えをだす必要はないとおもう。とりあえず俺のそばにいてよ。それからゆっくり考えたって遅くないだろ?」


カナタはのろのろと視線をハシバに合わせ、あまい蜜に誘われる虫のように無意識にうなずいた。

いま考えたって答えはでない。
こんなに混乱した状態でちゃんとした答えを導きだせると思わなかったから、カナタはハシバの話にうなずいたのだ。
もうなにも考えたくなかった。


「ゆっくり答えをだせばいいよ」


そう言って笑ったハシバの顔は毒々しく、まるで蛇のようにまがまがしい。
あまい言葉で誘いだし、パクリとひとくちで呑みこんでゆっくりと消化する。
もしもまた途中で逃げだすならば、次は毒の牙をたててしまえばいい。

手の届くところにいてくれさえすれば、あとはどうにでもなるのだから。


「ま、せっかくきたんだから一緒に寝てこうぜ」

「なっ!?」

「なにもしない。寝るだけだからそんな警戒すんな」


しぶるカナタをなだめて、ふたりでベッドに入る。
久しぶりに感じる他人の体温にカナタは胸がざわざわと騒ぎだすのを感じた。

ちらりと目をあければ端整なハシバの顔立ちがすぐそばにある。
過去に抱かれた記憶とともに体が燻るのをかすかに感じながら、カナタは無理矢理目をとじた。

再会は偶然か必然か。
どちらにせよ、狡猾な蛇に見つかってしまったからにはもう逃げだせない。

締められ丸呑みにされるのも、もう時間の問題だ。