この気持ちに名前を付けよう

 今日はちかちゃんのお誕生日。だからケーキを焼いてみた。ちかちゃんは、甘過ぎる物が得意では無いから甘さを控えめに。秋の季節にぴったりで美容にも良い抹茶のケーキ。我ながらとっても美味しそうに作れた。二人分には少し多いから、残った分は明日、瑠璃くんにもお裾分けをしよう。考えを巡らせながら、最後に粉糖を振り掛ける。ネットに載っていた写真と遜色無い出来上がりに自然と笑みが零れた。
 痛まないようにケーキを冷蔵庫に入れて、時計で時間を確認する。ちかちゃんが帰って来る時間までまだ時間はある。夕飯を豪勢にして、ちかちゃんを驚かせよう。レシピアプリの表示を抹茶ケーキからブックマークしておいたハンバーグに切り替えた。
「よし!」
 下がって来たセーターの袖を捲り上げ、少し緩んでいたエプロンの紐を結び直して気合を入れた。スマホに映し出されてあるのは、デミグラスソースのチーズインハンバーグ。ちかちゃん驚くかな、美味しく出来るといいな。冷蔵庫と棚から材料を取り出しながらちかちゃんの反応を想像して口元が緩んだ。驚いてる顔、笑ってる顔。
 ――そして、辛くて苦しそうな顔が浮かんでしまった。わたしが"好き"と伝えた時にする顔。
「………」
 後、何度ちかちゃんの誕生日をお祝いする事が出来るのだろうか。ずっと一緒に居たい。けど、いつちかちゃんに此処から出て行けと言われてしまうか分からない。実際、わたしが此処――ちかちゃんが住んでいるマンションのお部屋に初めて来た時にちかちゃんは私に「帰って」「会いたくなかった」と言っていた。それなのに無理を言って此処で一緒に生活させてもらっている。わたしは此処に居ても良いのだろうか。そんな考えがぐるぐるとわたしの中を巡り、さっきまで先の事が楽しみでわくわくしていたのに気持ちは暗くなった。
 ちかちゃんに「好き」を伝えると必ずちかちゃんは「他の人と幸せになって欲しい」とわたしに言う。その理由は、わたし達が正真正銘血の繋がった兄妹だから。でも、わたしはちかちゃんが好き。家族に対する好きでは無く、一人の男性として。
 大好きな人がそう願うならそうするべきなのかもしれない。でも、その時のちかちゃんの顔が辛そうで苦しそうだから、本心は別にあるのかもしれないと思ってしまう。ちかちゃんはそれ以外、何も言わないけれど。
 ちかちゃん、あのね。もう聞き飽きたって言われてしまうかもしれないけど、わたしの『幸せ』はね。ちかちゃんとずっと一緒にいる事なんだよ。別の男の人と結婚して、家庭を持って、子供が産まれて、家族ができて――
 側から見ればみんなそれは『幸せ』だと思うかもしれない。でも、それはわたしにとっては『幸せ』じゃないの。それでも、ダメなのかな。わたしがそう思っているだけじゃ、ダメなのかな。
 わたしは考え事を吹き飛ばすように頭を振った。マイナスな事ばかり考えてしまう。わたしは軽く自分の両頬を叩いて、夕飯の準備に取り掛かった。

 *

「できたっ!」
 作り終え、テーブルに並べた夕飯を前に手を叩いた。デミグラスソースのチーズインハンバーグ、クラムチャウダー、ポテトサラダ。ポテトサラダに入れた人参をハート型に切り抜いてみた。我ながらとても可愛い。写真を撮ろうとポケットに入れているスマホを取り出そうとした時にガチャと、玄関を開く音が聞こえた。
「ただいま」
 ちかちゃんの声も聞こえてきて、わたしは玄関に小走りで向かった。
「ちかちゃん、おかえりなさい!」
「うん、ただいま」
 靴を脱いでいる後ろ姿に声を掛けると振り返ってもう一度ただいまと言ってくれた。
「あのね、ちかちゃん。見て欲しいものがあるの」
 わたしはちかちゃんの腕を引いてリビングへ向かった。ちかちゃんは、「どうしたの?」と不思議そうにしている。
「あ! そうだ! ちかちゃん、目を閉じてて?」
 リビングの扉を開ける手を止めて、ちかちゃんに振り返る。
「目を?」
「うん!」
「これで良い?」
「完璧ですっ!」
 ちかちゃんは首を傾げて、瞼を閉じた。わたしはそれを確認して、リビングの扉を開いた。ちかちゃんの腕を引いて、料理が並んでいるテーブルの前へと導く。
「ちかちゃん、目開けていいよ」
 わたしがそう言うと、ちかちゃんはゆっくり瞼を開いた。宝石みたいに綺麗なちかちゃんの瞳がまん丸になった。
「ちかちゃん、お誕生日おめでとう」
「……これ優紫が一人で作ったの?」
「うん」
「……ありがとう」
 ちかちゃんは目を細めて微笑んでいた。
「凄いね、優紫。すごく美味しそうだよ」
 綺麗な手で頭を撫でられる。数度頭を撫でるとそのまま頬を優しく撫でられた。何だかその手がいつもより優しくて柔らかいものだった気がした。
「ちかちゃん……?」
「美味しいそうな料理を見てたら凄くお腹が空いてきたよ」
「うん。お夕飯にしよっか、ちかちゃん」
 わたしの言葉にちかちゃんはもう一度優しく微笑んで頷いた。

 *

「まるで高級レストランだね」
「それは褒めすぎだよ、ちかちゃん」
「そんなことないよ。美味しい。どの高級レストランよりも美味しいよ」
 ちかちゃんはチーズインハンバーグを食べながらそう言った。
「本当に褒め過ぎ。調子に乗っちゃうよ」
 真っ直ぐわたしを見つめて優しく微笑んでいるちかちゃんに私は恥ずかしくなって顔に熱が集まる。堪らずわたしは俯いて目を逸らす。
「……でもちかちゃんに、美味しいって、思って貰えるように頑張って作ったから……嬉しい」
 伏せていた目を少し上げて、ちらりとちかちゃんの方をみるとまたしっかりと目が合ってしまう。更に顔が赤くなるのを感じた。それにちかちゃんは気付いたのか、声を抑えて笑っている。
「……からかわないでよ、ちかちゃん」
「ふふ。からかってないよ」
「もう……。いいから食べよ?」
 わたしは赤い顔を誤魔化すように言った。それからわたし達は他愛も無い話をしながら食事をした。
 食事を食べ終わり、二人でキッチンに並んで食器洗いと後片付けをする。
「ありがとう、ちかちゃん。もう大丈夫だからちかちゃんは座ってて? ちかちゃん、お誕生日なんだから」
「美味しい料理をご馳走してもらったから、そのお礼に手伝うよ」
「だめなの!」
 わたしはキッチンから押し出すようにちかちゃんの背中を押した。ちかちゃんは必死なわたしを可笑しそうに笑う。
「じゃあ、お言葉に甘えて向こうに言ってるね」
「うん!」
「何か手伝うことあったら遠慮無く言ってね」
「ありがとう」
 リビングのソファに座って、本を読み始めるのを見届けたわたしは小さな声で「よし」と呟く。残っていた食器を洗い、水切りかごに入れる。濡れた手をタオルで拭き取り、冷蔵庫の扉を開いた。そこには夕方に作った抹茶のケーキが入っている。落とさないようにそっと冷蔵庫から取り出す。少しの不安と期待。そんな気持ちを抱えながら、リビングのソファに座っているちかちゃんのところへゆっくり歩いて行く。
「ちかちゃん」
「ん?」
「お誕生日おめでとう」
 こちらを振り返ったちかちゃんの目線に合うようにケーキを動かした。ちかちゃんは数回、目をぱちくりさせて、そのケーキを見ていた。
「………」
「……えへへ。お誕生日ケーキです。お抹茶は美容に良いみたいだから、抹茶のケーキにしてみたの」
「これも優紫が作ったの?」
「うん」
「……すごい。僕が知らない間になんでも出来るようになったんだね」
 ちかちゃんは笑っているのに何故だかその声は少し悲しそうな、寂しそうな声だった。
「あとね、まだあるんだけど……。ちょっと待っててね、ちかちゃん」
 わたしはケーキをローテーブルに置いて、自分の部屋に小走りで向かった。自分の部屋の机の上には、綺麗にラッピングされたちかちゃんへの誕生日プレゼントが置いている。それを手に取り、ちかちゃんの元へと戻る。
「ちかちゃん、これ……あの……高価なものじゃないけど……お誕生日プレゼント、なんだけど……」
 遠慮がちにそれをちかちゃんに差し出す。手が震えてしまう。受け取ってもらえなかったらどうしよう。
「こんなに沢山祝って貰っていいのかな……沢山貰ってばっかりだね。ありがとう……」
 ちかちゃんは優しい声でそう言って、手に持っていたプレゼントを受け取ってくれた。
「開けても良い?」
「うん」
 わたしが頷いたのを確認して、ちかちゃんはラッピングを開けていく。
「腕時計だ」
「うん。それならお仕事とかでも使えるかなって……ブランド物とかじゃないんだけど……」
「そんな事、気にしないでよ。優紫が僕のために選んでくれた事が嬉しい。ありがとう、大事にするよ」
 優しく微笑んだまま、ちかちゃんはわたしの頭を撫でる。
「ちかちゃん、あのね」
「どうしたの?」
「時計のプレゼントはね、『同じ時間を共有したい』っていう意味があるんだって……」
 もしかしたらちかちゃんはそうは思っていないかもしれないけど。
 傷付くのが怖くて、あまり期待しすぎないようにどうしても自分の事を否定してしまうもう一人の自分がいる。思わず拳に力が入る。ちかちゃんは何も言わずにわたしのその手を優しく握る。
「わがままかもしれないけど、来年も再来年もその先もずっとちかちゃんのお誕生日お祝いさせて欲しいの……」
 泣いたらだめ。そう思うと余計ゆらゆらと視界が揺れた。
「わたしの事、好きじゃなくて良いから……。お祝いさせて欲しいの。ずっと会えなくて、お祝いできなかったから。ちかちゃんにこれから先も『おめでとう』って伝えたいの。……ちかちゃんに好きな人ができるまで、『好き』って伝える事を許して欲しいの」
 最後の方は声が震えてしまって、涙も頬をつたっていた。
『どうして来たの、帰って』
『だめだよ、優紫』
『僕は優紫のこと好きじゃない』
『優紫には幸せになって欲しい、でもそれは僕じゃないよ』
 過去にちかちゃんに言われた言葉が頭の中に響いた。自分勝手に想いを伝えたのに、ちかちゃんがなんて言うかが怖い。
「――優紫、愛してる」
「………え?」
 突然思いがけない事を言われた。聞き間違えではないだろうか。わたしがそう言われたくて、わたしの頭が塗り替えてしまったのではないだろうか。そんな気持ちをちかちゃんは悟ったのか、もう一度その言葉を繰り返した。
「優紫、愛してる」
 先程よりも優しい声でわたしが聞き逃さないようにゆっくりと繰り返した。
「………」
 その言葉の意味を理解したわたしの頬に次々と涙が流れた。
「……隠したかった。隠しておくべきだった。でも、もう隠しきれないほど気持ちが大きくなりすぎたみたい。……優紫、愛してるよ」
 ちかちゃんは苦く笑う顔でそう言った。
「僕の気持ち受け取ってくれる?」
 困ったように眉に皺を寄せて、眉尻を下げながら笑いちかちゃんは硬い声でそう言った。そして、わたしの手を掬い、て手の甲にキスを落とす。
 その気持ちを否定する理由なんて何処にあると言うのだろうか。
「それは、優紫のセリフだよ」
 嗚咽混じりにしかわたしは話せなかった。ちかちゃん、ちゃんと聞き取れたかな。
「ちかちゃんのこと……ずっと、ずっと……好きだったの」
「うん、知ってる」
「ちかちゃんだけが、優紫の全てなの。だから、……だからっ! 他の人と幸せになって、なんてもう言わないで……!」
「うん。酷い事を優紫に沢山言ったね。ごめんね、沢山傷つけて。……それなのに、僕の事をずっと好きでいてくれてありがとう」
 聞いた事がないぐらいちかちゃんの声はとても優しくて穏やかだった。触れていた手をわたしの手にちかちゃんの指が絡まる。
「ちかちゃんと一緒にいる事が優紫の幸せなの」
 ぎゅっとその手に力を篭めると応えるようにちかちゃんも力を篭めた。
「ちかちゃん以外の人と結婚して、子供が生まれて、家族が出来るのが幸せっていうなら……優紫はそんな幸せいらないよ。幸せじゃなくて良い。そんな幸せより、ちかちゃんといる方が優紫にとっても何よりも幸せなの」
 わたしの涙をぬぐい、優しく腕の中に閉じ込める。わたしが落ち着くまでそうしてくれた。何度も好き、愛していると囁いてくれた。
 そして、わたしたちはその日、初めてキスをした。
「ちかちゃん、好き」
「僕も好きだよ、優紫」
 ちかちゃん、あのね。
 今日の事を私は、ずっと忘れないよ。





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