パンケーキのように甘くは無い
「ただいま〜」
玄関の鍵を解錠する音が聞こえ、扉が開くと間延びした声が聞こえた。声の出所へと向かうと声の主は座ってショートブーツを脱いでいた。
「遅かったな」
その背中に声を掛けると肩を震わせながら声を上げた。
「うっわあ! けっ、剣八!? ……あ、あれ? 今日早かったんだね? 居ないかと思ってたからビックリした…。わざと足音立てなかったでしょ?」
「今日の仕事は昼までだ」
「………あは、そうだったけ?」
だから昼から優紫と出かけようと思っていた。最近仕事が忙しくて構ってやれて無かったから。でも、仕事から帰ると家にいると思っていた優紫はいなかった。
「遅くなるって言ってなかった?」
「それは明日だ」
「まじ?」
「まじ、だ」
「あはは。ごめん、ごめん。勘違いしてた」
優紫は手を合わせて謝罪の言葉を口にするが戯けていた。その姿に帰りが遅い事に心配していた自分が馬鹿らしくなった。普段なら誰かと遊んで帰りが遅くなる時は連絡が来る。今日は、特に何も連絡がなかったのは俺が仕事で帰りが遅くなるから連絡しても意味が無いと思ったのだろう。
「何処に行ってたんだ」
玄関に座ったままの優紫を上から見下ろしながら問い詰めるような言葉が自然と口から出た。
「今日はインスタで見たパンケーキ屋さんに行って来たの。美味しかったし、楽しかった!」
俺の圧をもろともしない優紫は笑顔でそう答えた。
「写真撮ったから剣八も見る?」
スマホを取り出して手慣れた手付きで操作して写真を見せてきた。
「………男と行ったのか?」
「だって修兵しか予定合わなかったんだもーん」
「………」
その写真にはパンケーキと優紫、そして男友達の姿があった。こちらに楽しそうに笑いかけている優紫の顔を見ていると俺の胸の中はモヤモヤとしたパンケーキのような可愛いものとは似ても似つかない感情で満ちていった。
「何で俺を誘わなかったんだ」
「誘ったよ?」
「誘われてねえよ」
「誘いましたー。『剣八。甘いもの好き?』って聞いたら『好きじゃねえ』って言ってたじゃん」
途中、眉間に皺を寄せて低い声で話す優紫にそれは俺の真似か?と聞きたくなったが、恐らく俺なのだろう。
「それは誘ってんのか」
「誘ってる」
「そんなんじゃわかんねえよ」
俺は頭を掻いて、ため息をついた。
「……だって」
「だって何だよ」
「だって……話しかけたのに私の事見てくれなかったもん。こっち見ないで、ずーっとパソコン見ながら」
「………」
「最近の剣八、仕事が一番で……仕事は大切って分かってる、でも……淋しかったんだもん……」
泣くのを我慢しているのか唇を尖らせて、優紫は瞳を潤ませていた。俺が構ってやれなかったのが原因なのに、それなのに勝手にイライラして、それをぶつけて、何で俺は泣かせてんだ。俺はまた頭を掻いて、溜息をついた。今度は自分に対してだ。
優紫に目線を合わせ為にしゃがむ。そして自分の腕の中に閉じ込めた。
「……悪かった」
「………」
「優紫なら大丈夫だろう、って勝手に決めつけて甘えてた。俺が言えた事じゃねぇが……我慢すんな。……そりゃあ淋しいよな。俺も今日待ってる間……淋しかった」
「剣八……」
小さく俺の名前を呟いた彼女は俺の胸に擦り寄ってくる。俺はそっと頭を撫でた。
「今度何処か行きたい所あったら一番に俺に言え」
「いつも言ってるよ」
「これからも、そうしてくれ。甘い物でも辛い物でも……可愛い物でも、何でも絶対に付き合う。……嫌、なんだよ。男だろうが女だろうが俺の知らねェ優紫を知っている奴がいるのが」
小せェ奴だよな、俺は。今度は俺が彼女の事を沢山の愛で溺れるぐらい包み込んでやりたいと思っていたのに、俺の中にはいつも独占欲が占めてしまう。
「剣八、嫉妬してるの?」
先程の涙は何処に行ったのか。すっかり泣き止み、悪戯な笑みを浮かべている。
「その約束破ったら何してもらおうかな〜」
何か悪巧みを考えているように見える。
悪戯が成功した子供のような笑顔を浮かべふ彼女に、全ては策士の手の上だったのだと悟った。
「剣八、可愛い彼女の事は大切にしなきゃダメだよ。分かった?」
人差し指で俺の鼻の先に触れながらそう言った彼女にこの先もずっと敵わないのだろう。それを悪くはないと思うのはきっと優紫だから。
終