ふたりのひみつ
ふと、キッチンから見える窓に目をやると部屋の外は茜色に染まっていた。日が暮れ始めている。時計に目を移すと午後五時を指し示している。冬になって、すっかり日が落ちるのが早くなってしまった。手元に手を戻し、止めていた作業を再開する。おたまを握り直し、鍋の中の物を焦げないようにゆっくり混ぜる。何をしているかというと、晩御飯の支度。両親は共働きで、二人とも忙しなく働いている。残業も多く、帰りが遅くなることが多い。僕はそんな親の変わりにいつも食事の準備を担当している。初めは一人振る舞えるような料理は作れなかったが、今では手慣れたものだ。
鍋にかけている火を止めて、おたまを置き、包丁を手に持つ。包丁で野菜をまな板の上でザクザクと切っていると小さな足音が近付いてくるのが聞こえた。
その足音の主はドンっと走ってきたままの勢いで僕の右足に突進する。僕は握っていた包丁を落とさないように慌ててまな板の上に置いた。足元に目を下ろすと、そのまま足に抱き付いている。
「優紫」
声を掛けるが返事は無い。
僕の右足に引っ付いている小さな女の子は、紛れもなく僕と血の繋がっているたった一人の妹。まだ幼い妹の身の丈は僕の太股ぐらいしかない。
「どうしたの、優紫?」
優しく声を掛け、頭を撫でてやる。
「ちかちゃん……」
「ん?」
すると潤んだ瞳でこちらを見上げた。優紫は小さな手でぎゅっと僕のジーンズを更に強く握った。
「ぱぱと……まま、は……?」
「パパとママはね、今日はいつもより遅くなるんだって」
「……ままぁ」
目に涙を溜めて、今にも泣き出してしまいそうな優紫を抱き上げる。優紫はよく母さんと父さんの帰りが遅くなると今みたいに泣き出してしまう。
「優紫、泣かないで」
優しく微笑んで目元にキスを落とす。すると、優紫は擽ったそうに笑った。
「今日は優紫の好きなシチューだよ」
「! ……ほんと?」
「うん」
抱き上げたて鍋の中が見えるようにそちら側へ歩く。
「ちかちゃんのしちゅー、おいしいから……ゆうしだいすき!」
鍋の中のシチューを確認した優紫は、そう言うと笑顔の花を咲かせた。
「ちかちゃん、きょうもいっしょにおふろはいろうね! それでね、それでね! ゆうしといっしょにねようね!」
「うん、いいよ」
頭を撫でてやると優紫は気持ち良さそうに目を細めた。
「ちかちゃん、だいすき!」
「僕も大好きだよ、優紫」
僕はにこにこと笑っている優紫の髪を掬い、キスを落とした。すると、優紫のふっくらと柔らかい頬は空と同じ茜色に染まった。
終
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