脇役の君

・2部6章ネタバレあり
・女主
・藤丸立香は男でも女でも




 妖精國ブリテンからノウム・カルデアへ帰還した翌日のこと。
 人類最後のマスターである藤丸立香がとある一騎のサーヴァントを召喚した。

 特異点、及び異聞帯での縁を寄る辺とし、新たなサーヴァントを召喚するのは既に見慣れた光景だ。古代メソポタミアの王、インドの大英雄、救国の聖女、円卓の騎士──国も人種も思想も違うサーヴァントたち。時には聖杯を手に特異点を生み出していた者や、異聞帯の王まで呼び寄せる。地球の白紙化現象へ立ち向かわなければならない今、戦力はほんの少しでも多い方がいい。たとえ敵対していた記憶や記録があったのだとしても、手を貸してくれるというのならそれが悪魔であろうと借りる。──それがカルデアのマスターであった。

 ただ。それでも。
 ブリテン異聞帯へ向かう直前、観測レンズ・シバが予測した星の終わり。

 その元凶たる妖精王の皮を被った奈落の虫まで呼び寄せてしまうのはいかがなものかと。
 いちカルデアのスタッフであるナマエは思うのだった。





 ナマエ・ミョウジは、人理焼却を阻止する為に集められたレイシフト適正のあるマスター候補、その47人のうちの一人だった。ミョウジ家はカルデア前所長のマリスビリー・アニムスフィアと親交があり、ナマエがカルデアへやって来たのも父に力になれと命じられたからだ。
 けれどナマエは人理修復というグランドオーダーが実証されようとしていたその日。偶然体調を崩し、奇跡的にレフ・ライノールによる爆破を免れ、たまたま生還するに至った。その他大勢と共に命を脅かされていたことを後に知り、管制室で人類最後のマスターとしての使命を背負う、魔術回路を持っただけの一般人を見ていた。

 ナマエは魔術師としての力量や知識はそれなりにあり、家の歴史もまあまあ古く、Aチームにだって名を連ねられたかもしれない程度ではあった。けれどAチームではなく、Bチームでもなく、Cチームにすらいなかったのは、ひとえに彼女のレイシフト適正が低いからだった。特異点へ赴けるのかすら、存在証明を確実に続けられるのかすらも怪しい人間を、そう気安くマスターとして送る事はできない。たとえどれだけ優秀だったのだとしても。
 ロマニ・アーキマンは藤丸立香に可能性を見出した。

 ナマエが今日日、藤丸を観測しているのは、ただそれだけの理由だ。もしも、仮に、最悪の事態が起きて、藤丸が死んでしまった場合の保険──だなんて、言われることすらもなかった。
 マスター候補生の一人であった事実など、きっと人理と共に燃えたに違いなかった。


 ──ノウム・カルデアの廊下を歩いている道中、ナマエはどこか楽し気な声を聞く。目前の曲がり角から誰かがやって来ると察し、少し歩調を緩めた。

 予想通り、ひょっこりと顔を出したのはカルデア唯一のマスターである藤丸だ。どうやら喚んだばかりのサーヴァント……件の汎人類史にまで牙を向いたプリテンダー・オベロンに、カルデアを案内している様子だった。藤丸はナマエに気がつくと破顔する。

「お疲れ様です、ナマエさん!」
「お疲れ様です」

 軽く頭を下げる藤丸に合わせ、ナマエは頭を下げる。何気なく藤丸の隣に立つ妖精王の方へ目を向けると、そのサーヴァントは柔らかな銀髪を揺らしながら、ふわりと微笑んだ。

「ごきげんよう。脇役の君」
「オベロン!?」

 何言ってるの、と藤丸がオベロンに詰める。オベロンはそんな藤丸を適当にいなし、ただ一言「今日も元気で!」と言い、スタスタと歩き出した。彼がナマエの脇を通り抜けると、背中にある大きな蝶の羽から光を受けてきらめく鱗粉が散る。

「すいません、ええと、多分悪意はないと思うので。あまり気にしないで……」

 焦った様にぺこぺこと頭を下げた藤丸は慌ててオベロンを追う。
 優雅でいて、一線を引いているようでいて、けれどもどこか不躾な一言。ナマエはオベロンと藤丸の背中を見送り、息を吐く。

 ああ、そうかもしれない。脇役だなんて言い得て妙だな。そう思った。
 資料によればあのサーヴァントは、ウィリアム・シェイクスピアが描いた喜劇「夏の夜の夢」に登場する妖精王オベロンの特徴が色濃く表れているそうだ。オベロンという妖精は実在していたとされるが、シェイクスピアの描いたそれに認識を上塗りされた。それ故に「脇役」だなんて言葉が出てくるのだろう。煌びやかでさながら王子様のような衣装も、舞台衣装のそれと言われればそう見える。

 主人公はきっと藤丸立香だ。人類最後のマスターだなんて大役を越える役は他にない。
 経営顧問、技術顧問、新所長、カルデアスタッフ、デミ・サーヴァント……カルデアは役者に溢れている。少なくとも喜劇より生まれたあのサーヴァントにはそう見えたのだろうと、ナマエは思った。

 マスター候補生としての役を、きっと自分は掴み切れなかったのだろうな。

 藤丸は、よくサーヴァントたちを御しているとナマエは思う。魔術師としての知識や経験がなかったのが功を奏したのかもしれない。ロマニ・アーキマンは賭けに勝ったのだ。
 オベロンの様子を見るに、まさかカルデアを起点に星を裏返そうだなんて真似はしないだろう。そもそもサーヴァントとなってしまえば、ブリテンにいた頃よりも弱体化しているはず。後は妙な気を起こさない様に藤丸が手綱を握ってさえいればいい。

 我の強いサーヴァントたち。唯一のマスター。ここまで来てしまえば、藤丸は役を手放せないに違いない。冬木市にいた頃ならば、間に合ったのかもしれないけれど。

「……でも、そうしなかったのは貴方だものね。藤丸立香」




「あの言葉、ブリテンの時とは意味が違うよね」
「なんのこと?」

 自身に追いついた藤丸からの言葉に、オベロンは笑みを浮かべて首を傾げる。けれど藤丸が「わからないならいいよ」などと言うはずもなく、意志の強い瞳で見返してくるため、オベロンはふっ、と微かに口角を歪めて頷いた。

「勿論だとも。きみと彼女じゃ全く違う」
「じゃあなんであんなこと……」
「えー? そこはほらぁ、僕ってカルデアに喚び出された新参者だしね? ユーモアに富んだ挨拶をして、覚えてもらおうと思ってさ!」
「ナマエさんにはいつもお世話になってるんだから、迷惑かけるのは禁止! 分かった!?」
「迷惑なんてかけた覚えないけどなぁ?」
「オベロン!」

 どんどん語気が強まる藤丸に、オベロンは近くにあった部屋を指して「この部屋は何?」と尋ねる。露骨に話を逸らされたことにはもちろん気づいていた藤丸だが、これ以上言ってものらりくらりと躱されるだけかと諦めて──ちょっとした当てつけに特大の溜息だけは吐いて──オベロンの質問に答えながら案内を続ける。


 人理修復、そして異聞帯攻略。ひとりの人間が立ち止まればそこで世界は終わりを迎える。
 あまりにも重すぎる使命を背負わされているのだと気づけるのは、同じくらいの重荷を背負わされた者だけだ。自分の意志で選び取った訳ではない、やるしかないからやる。そんな風に。

 “あぁ、よかった。今日も世界は滅びなかった。”
 “ありがとう、藤丸。人類最後のマスター。自らを犠牲にして勝ってくれてありがとう。”
 “でも”

 “魔術師として底辺の癖に”
 “47番目の候補生の癖に”
 “私の方が優れてるよね?”

 “そこにいるのは私のはずでしょ”

 ──あまりにも浅ましい、嫉妬の念。
 ほんの一瞬。けれどもオベロンには見えてしまった感情。それを藤丸自身が気づいているか否かはどうでもいい事だ。ただ、汎人類史の存続をかけて戦った身としては、まあ、弁えろよと。それくらいは思ったのだ。

 藤丸に全てを託して、戦場に身を置くこともなく、安全圏から観測しているだけの人間。

 脇役の君。
 端役にすらなれない君。

 どうか、世界が終わる頃には、マシな人間として一文字でも多く学習していますように。




『後書き』
オベロンが突き刺さって抜けない。(聖杯転臨の音)

これは2部6章クリア後、オベロン実装前に思いついたネタですが、最初はオベロンが主人公の唯一のサーヴァントになってくれる予定だった気がします。解釈違いだったんでやめましたが。
セリフもない、背景の一部でしかなれない、端役にもなれない君。誰も興味を持たないし目を向けてもくれないし、その後どころかその前すらも描けてもらえないけど僕くらいは、みたいな。そんなネタが浮かんだんだったと思います。できあがったのはこれです。不思議ダナー。

本編でオベロンが自分とぐだに言っていた「脇役」という言葉ですが、彼の言葉は捻じ曲がるそうなので今回の「脇役」は「端役以下」という意味で。