解説・菖蒲

「掌中之珠」を読了された皆さん。満足感は如何ですか? 圧 倒 的 読 了 感。これだ。これが満足感なんだ。と、心の隅々まで満たされた気持ちになっていませんか? なりましたよね? かく言う私は嫉妬心に満ちました。
 これ、本当に同じ設定(夢主の性別違い)のお話なの? こんなにも差が出る? は? とキレ散らかしました。圧倒的文才と作品への深い理解で殴ってくる小説、大好物です。ありがとうございます。

 どうも皆さん。初めまして。
 この度性別違いの同一人物を書くという、素晴らしく楽しい企画に参加した「菖蒲」というものです。
 光栄なことにこの素晴らしい小説の解説を書くことになりました。拙い文章ですが、最後まで付き合って頂けたら幸いです。

 さて、解説らしく。
 この企画の胆は間違いなく、バックボーンが同じ夢主の性別違いということだろう。ただ性別が違うだけなのにここまで話に違いが出てくる。これは恐らく両者が考えもしなかったことだろう。少なくとも私は想像をしていなかった。
 男女の差が最終的にここまで物語を変えるのか! と両手を叩いて感動したほどに。
 
 その違いが物語の流れを変え、結末を変えたのは言うまでもない。私の書いた話がただの恋愛小説であるとするなら、この小説は「道標と指針」ではないかと思う。

 斎藤一は新米マスターである斎条千尋(デフォルト名で失礼する)に召喚された時は、きな臭い子供の御守りをしないといけないのか。と辟易とし、大して聖杯に懸ける望みもないのにどうして己が召喚されたのだろうか。と首を傾げていた。
 それが斎条千尋という存在に触れ、子孫であることを知り、気にかけていくうちに千尋くんの内面に触れる。斎条の願いを叶えるのがオレの役割であり願いだと、本心を頑なに閉ざし頑丈に守っていた心の根に触れるシーンは、本当に名場面なのでもう一度見直して欲しい。
 話しは戻る。斎条千尋の本心に触れた斎藤一が聖杯に懸ける望みを手に入れる。受肉だ。皆さんご存知の通り斎藤一という男はマスターに聖杯を使わせてから大丈夫そうなら自分も使う、というマスターで様子見をするような用心深い男だ。そんな男がたった一人の少年の為に、未知なる願望機に受肉したいと願うのだ。お互いの願いを吐露し、二人の関係は此処から始まる。
 漸く二人は互いの存在を受け入れたのだ。「ありがとう、オレのセイバー」この台詞に全てが詰まっていると言っても過言ではないし、この科白が物語のキーにもなって来る。始まりの科白が物語のキーにまでなって来るなんて、流石としか言いようがない。筆者はセンスの塊のような人であることに皆さんはそろそろ気が付いているのではないでしょうか。

 話しは少し変わるが、筆者のキャラクターの掴み方、演出の仕方が素晴らしく上手だと私は思っている。
 言峰が登場するシーンで如実に現れている。「たとえ亡霊であろうと拒みはしないがね。━━少年、君の望みが叶う事を祈ろう」この科白! 字の文でも科白の中にも言峰という文字は出て来ない。なのにこの科白一つであの男を連想させ、且つ不穏な空気感を醸し出すことが出来るのだから、言葉選びもさることながら、演出が本当に上手すぎる。この聖杯戦争に何があるんだ。とFGOユーザーならこの聖杯戦争の勝者が誰であるのか知っていると思うが、それでもこの聖杯戦争には何かがある。と思わず警戒をしてしまう強烈なインパクトを読者に与えている。そのあとのマリスビリーに至っては姿形さえ出てきていないのに、彼だとわかるのだから、その手腕は素晴らしいものだと絶賛するしかない。
 そして唐突に突っ込んでくるジブリネタ。私も「40秒で支度しな」って言わせたかったと後悔した。後の祭りである。

 千尋くんと斎藤一間に確かな絆があるのだとわかる場面は2004年の物語で沢山出てくるが、個人的に推したい場面は、千尋くんが斎藤一の表情を読み取れるようになったことだ。いつもへらりと笑って本心を隠している斎藤一は作中でも何を考えているのかわからない、掴み所が難しい性格だ。そんな彼を千尋くんが何を考えているのかわかる位斎藤一を理解したのか、斎藤一が千尋くんという存在に隠し事をしなくなったのか。そのどちらとも取れる場面に、今の二人の距離の近さを窺える。出会った当初は勿論二人の間には他人が行き交うだけの幅があって、隙間とも呼べない広さがあった。だが、会話を重ね、刀(竹刀)を交えて、親交を深めていき半歩、一歩と幅を隙間に変えていき最後は二人並ぶ。そんな情景が頭に浮かぶ。

 聖杯戦争の結末は御存じの通り、キャスター陣営の勝利で終わる。ということはセイバー陣営である二人は負けるということだ。
 その戦いについて筆者は丁寧に緻密に書き上げている。その繊細でダイナミックな描写に筆者はこの戦いの中にいたに違いない。と確信を持てるほどだ。
 ここに出てくる敵ライダーはのちに筆者が公開する賢王さま夢の夢主のクラス違いというのは裏話だ。賢王さま夢の方も是非期待して待っていて欲しい。設定とあらすじを聞いたが、間違いなく名作になりそうな予感━━否、名作になること間違いなしだ。(多少ハードルを上げても悠々と飛び越えてくるのが筆者の怖いところでもある)
 このライダーと相打ちになり、霊基が壊れ座に還る斎藤。千尋くんは込み上げてくる思いを斎藤に伝えたいのに、言葉に詰まるシーンに涙が零れたのは私だけではないだろう。
 仮初の命の斎藤の生き様を目の当たりにし、目には見えない魂という名の心を置いて行った斎藤。この話を読んでいた時、私はこの“魂”とは“心”だと解釈していたが、今にして思えば“魂”とはつまり“武士の大小の刀”であるのではないかと思い始めている。
 己が使っていた大小の刀(斎藤の脇差は打刀並みの大きさらしいが)は置いて行けないから、無敵流を魂と称して残したのではないだろうか。と。
 そしてその瞬間千尋くんにとって斎藤一という存在は“道標”になったのではないのだろうか。強い味方という存在がかけがえのない相棒になって、追いかけたい━━追いかけるべき目標になった。マリスビリーの誘いに乗り、カルデア職員として勤務し始め、日々刀を握って強烈なまでの在りし日の英雄の影を真似る。走り出した先に必ず斎藤がいるのだと信じて。

 訪れた機会。マリスビリーの「触媒は?」という問いに千尋くんは即答で「必要ない」と返している。それもそうだ。千尋くんは知っているのだから。なんせ2004年に召喚した際、千尋くんが義理両親から渡された触媒は円卓の騎士が呼べるはずだった。それなのに、千尋くんの中に流れる血が用意した触媒に勝り現界した。その科白に絶対的な自信を感じるのがまたいい。結果的に千尋くんが所持している村正が打った刀に反応した本人が召喚されるという。爺の反射神経恐るべし。と言ったところだろう。

 とはいえ、この村正と千尋くんの相性が悪いか。と問われれば悪くはない。寧ろ相性が良いともいえる。依り代の気質なのか元来の気質なのか村正は世話焼きで、千尋くんも世話を焼かれることに不快感を覚えていない。申し訳なさはあるが。
 疑似的な孫とお爺ちゃんの関係は良好で、千尋くんも己が召喚するサーヴァントはこんなんばっかだなとボヤいていたが、私が思うに千尋くんが周りの人間を変えているように見える。世話を焼きたいと思わせるのも一種の才能だ。誇るべきだ。
 なにも千尋の面倒をみているのは村正だけではい。ロマニだって千尋くんの面倒をみている。こっちは歳が近い分、持ちつ持たれつと言った関係だが。長い時間をカルデアと言う施設の中で過ごして来た。話の都合上その描写を緻密に書くわけにもいかないが、筆者はロマニと千尋くんの科白のやり取りで二人の仲の良さを描いている。二人がどんな日常を送って来たのかわからないはずなのに、二人の過去を容易に想像することが出来る。流石の手腕だ。

 カルデア編に入って千尋くんの変化の一つに性格があげられるのではないだろうか。
 少年だった頃、家に縛られていた所為もあってかどこか遠慮がちというか、後ろめたいというか、“男子高校生”にしては背負うものが大きすぎた所為で大人びていたが、青年になった千尋くんは喜怒哀楽が少年の頃よりもはっきりしている。勿論影がなくなったわけではない。そこは少年の時に比べて隠すのが上手になっただけだ。だからこそ感情が表に出ているように見えるのだ。上手い。
 人に心配かけまいと明るいところを見せる千尋くんだが、斎藤の前では話が異なる。社会人としての顔。もっと言えば作り上げて来た外面が剥がれ落ちる瞬間には斎藤一がいるといっても良い。千尋くんは斎藤の前だと、青年ではなく少年に戻るのだ。斎藤と共に過ごしたあの時間に戻る。それは歩みたかった人生をなぞるようにも見えるし、途切れた過去に縛られているようにも見える。実際、千尋くん自身がその変化に気が付いているかわからないが、青年である千尋くんが少年の叫びをあげているシーンは、数ある名シーンの中でも上位を争うのではないだろうか。「オレの召喚には応じてくれなかったクセに、なんであの子の召喚には応じたんだ! なぁ! セイバー!!」この科白に千尋くんが歩んだ人生の全てが込められている。

 ところで私は上記シーンの千尋くんの「大好き」はどこか湿っぽさを感じている。
 これは解釈違いが起こるかもしれないが、恐れずに言うと、千尋くんがあまりにも繊細だからそう思えるのかも知れない。雨の日の風鈴の音色のようにか細くて、耳を澄ましていないと雨音に負けてしまうようなそんな繊細なものに思える。
 打ちつける雨の如く斎藤に向かう感情は激しいものだ。その中には斎藤に対する敬慕や憧憬、不満や自責の念などと幾つもの感情が積み重なってノイズにしか思えていなかっただろう。そんな中でも一つだけ音色が違う感情が確かにあった。それが愛情だった。か細過ぎて他の音に混じってしまいそうだが、確かに存在するたった一つの揺るぎない情。凛とした音色はきっとどこまでも千尋くんの内側に入り込んで穏やかにさせたに違いないと私は思う。
 そして斎藤一はずるい男である。いや、悪い男と言うべきだ。魔術師嫌いな千尋くんに対して次は召喚に応じてみせると言ったのだから。千尋くんがどれだけ斎藤のことを大好きだと思っている。そんなことを言われたら魔術世界で生きていくしかないだろう。だが、それすら千尋くんにとっての道標になるのだ。わかっていてやっているのだから、本当に酷い男であるとしか言いようがない。

 聖杯戦線の話を読んだ私の感想は、これは素人が書いた話なんですか?? クォリティーがえぐいというかプロレベルでは? と驚愕だ。
 筆者は適当に好きなサーヴァントの名前を上げてー。と作業通話中に言って来たのを覚えている。だから私ともう一人この企画の立案者が各々好きなサーヴァントを三騎上げた。勿論なにも考えずにだ。それがこんなことになるんなんて……本当に怖い。同じ人間か???
 この話は確か、藤丸との力量の差を見せつけよう! みたいな軽いノリから始まったはずだ。記憶違いでなければ……。サーヴァントの使い方。藤丸の戦術の甘さ。千尋くんの経験値の差。それら全てが如何なく描かれていて、筆者は過去にリアル聖杯戦線を経験したに違いない。

 冒頭で話したようにこの話は「道標と指針」だと思う。斎藤が道標で千尋くんが指針だ。
 いつだってどんな時だって斎藤は千尋くんの前に立ち、千尋くんがその背中を追いかけている。向かうべき方向がしっかりとわかっているから何処まででも走っていける。色んな人と関わって影響されようが、斎藤を越える存在はこの先現れない。過去の積み重ねがこれからも続いていく限り、もう一度二人は何処かで出会うのだろう。

 こんなに素晴らしい物語の解説を本当に私なんかが書いても良いのだろうか。と、未だに疑問しかないのだが、そうだな。強いて言えば一言。

 何度でも読め。面白いから。

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