未来の約束


眠れない深夜の時間帯。
滅多に通知欄に表れない人物の名前に、思わず手から端末が滑り落ちてしまった。自身の顔に当たり、情けない声が出る。

「え、越前……?」

数日前に「アメリカに武者修行しに行くことにした」と一方的に告げてきた越前リョーマ。彼女の心の整理がつく前に、彼はアメリカへと旅立ってしまった。

絶対に自分から連絡しない、と半ばヤケクソになってルールを課していたのだがこんなにも早く彼の方から連絡が来るとは思ってもいなかった。今、と書かれた通知を確認してしまって良いものなのか。端末の電源を付けたり消したりしている間に、三分前と表示が変わっていたことにさえ気付かなかった。

「うわ、アメリカの写真?」

送られてきた写真を拡大しながらまじまじと見つめた。正直に言えば、とんでもなく格好付けた写真だなと本音が漏れそうになる。彼女は何度も打った文字を消して、たった二文字。彼に返信をした。彼からの通知は十分前と表示されていた。

『なに』
『アメリカの写真だけど』
『返事はや』
『こっちは今朝の10時前だから』

寝てると思った。彼にそう言われて、時計を確認すればもうすぐ二時を回ろうとしている。今日ばかりは夜更かしをしていて良かったかもしれない。
もう一度写真を拡大して見ていれば、突然画面が切り替わり着信を知らせる音が響く。彼女はまた端末を滑り落としてしまった。

「も、もしもし……」
「おはよう、早く寝なよ」
「おはようなのかおやすみなのか、はっきりしてよ」
「俺はおはようだから」
「はいはい、急に何」

可愛くない返事しか出来ない自分に嫌気がさす。こういう時に声が聞きたかった、電話したかったなんて言えたらいいのに。彼女の頭の中に思い浮かぶ一人の少女の顔に、ため息をついた。

「特に意味は無いんだけど、何となく」
「そっか」

普段どんな話をしていたっけ。いつもなら留まることを知らない軽口が、今日ばかりは喉に詰まっているようである。あ、と小さく声を出せば電話口の向こうから、ん? 何? と返事が返ってきた。電話は小さな声ですら拾ってしまうから苦手だ。

「いや、何でもない」

視線が泳ぐ。まるで目の前にいる彼の目線から逃れるように、彼女は視線を下げた。

「…………少しは、悪いと思ってる」
「え?」

何が? と問う前に彼が言葉を続ける。彼が息を飲む音が聞こえてくる。

「いきなり、アメリカに行ったこと」
「……思ってるならもっと連絡してよ」
「そっちが日中のとき、こっちは夜中なんだから仕方ないでしょ」
「あ、そうやって言い訳するんだ」
「アンタももう少し連絡ちょうだいよ。気になるんだから」
「青学が?」
「それもそうだけど、アンタのことの方が気になる」

数日の間に、アメリカに染められてしまったのだろうか。それともアメリカで誰か良い女でも見つけたのだろうか。素直に自分の気持ちを吐露する彼に、耐えきれず彼女の体温は上がっていく。

「次アメリカに行く時は、アンタもここに連れて来るからちゃんと写真見といてよね」

ほんの少し早口になった彼の言葉に、熱くなった身体を冷やすのに精一杯だった。

まずは、パスポートを取らなきゃ。

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