あなたの苦手な愛の歌

歌に乗せる言葉というのは、あくまでも音楽を引き立てる材料に過ぎないと思っていた。更に言えば、そのような材料が要らない音楽こそが至高なのだ、とも。
巷に溢れる流行歌というのは、どうも大袈裟に飾り立てるきらいがある。どんなに豊かな旋律であっても、楽器の名手が演奏をしていても、安っぽい歌詞が重なるだけで容易に台無しになってしまう。流行りものに興味はないが、そういえばたまに夜出かける酒場などでも最近は良くそんな歌が流れている。

「あいしてる、」

だから、年下の恋人がどこで覚えて来たのやら、ありふれた愛の言葉の一節を口ずさむのが耳に入ってきたときも、ざわりとする感覚は単純に陳腐な流行歌への嫌悪感でしかないと思っていたのだ。

「……うるさかった?」

共に過ごす時間が長くなるにつれ、私の機嫌の変化に聡くなった彼女が見上げながら問いかけてくる。世間に溢れる最近の歌手を思い返していただけで、彼女のことを煩わしく思ったわけではない。しおらしい表情も悪くはないが、些か面白みに欠けるな、と、彼女が能力を使って私の心を覗いたならば、怒られそうなことを思った。

「流行歌は余り好まないのでね。……どうせなら艶のある声音が良い」
「ジョーリィは好きな歌手とか、いるの?」

意外に思ったのか、好奇心が瞳に浮かぶ。彼女が無防備に垂らした髪の毛先を手に取りながら、言葉を返そうとその色を覗き込んだ。

「……そうだな。君が私に触れられたときに上げるような声ならば、いつまでも聴いていられる」
「っ、話がちがうでしょ。相変わらず、悪趣味」
「その言葉はそのままお返しするよ、ドンナ。そんな私を選んだのは誰だ?」

「……、そうね、それは私だわ。間違いなく」

からかうように言えば、拗ねるか照れるかするだけだと思ったが、彼女はやり取りの最後に、肩を竦めてそんな言葉を吐いた。
観念した、という響きに隠れてはいたが、その台詞には、大人の女の強かさが確かにあった。護られるだけの無垢な少女のものではない。自分が選び、選ばれている自信もある、大人の女。

その後は何も言わずに、首に細い腕を回してきた。幼い子供がするようにぴたりと寄せる頬。人の温もりなど嘲る対象でしかなかった私が、自分より高い体温を心地好いと感じてしまう位には、彼女に侵されている。
戯れるように、唇を何度も軽く触れさせては離すのが続いた。しばらく彼女のさせたいようにしていたが、そろそろ意趣返しをと、首の後ろを押さえ、深い口づけに持ち込んだ。

「……っん、…っ」

漏れる声と、舌を差し入れると必死に応える艶めいた拙さと、そのまま歯列をなぞり、最後には唇を舐めるとぎゅっと私の背中に回した腕に力を込める仕草と。それら全てが重なり合って、熱が増していく。

「……、本当にお嬢様はキスがお好きでいらっしゃる」
「……っ、やめてよ、その呼び方……、ん、」

繰り返すキスの合間にからかってみたけれど、言葉とは裏腹に、こちらの余裕はすっかりなくなってしまっていた。眩暈が、するような、熱。どうにかなってしまいそうだった。すっかり力が抜けた彼女が、それでもどうにか首を伸ばして私の耳元に唇を寄せる。



「………W愛してるWわ。わたしのジョーリィ、」



ざわり。先程の感覚が嫌悪感ではないことにようやく気付いた。流行歌と同じ文字列の筈が、その声色で紡がれるだけで、蜜のような甘さと、身体の芯から痺れさせるような毒を持つ。

その蜜の甘さに誘われるまま、熱をぶつけるように口づけて。柔らかい肌に手を滑らせながら、彼女の表情を窺う。熱に浮かされたような中で、私の視線に気付くと、笑みを浮かべて見せた。ああ。これだから、君は。


歌姫の振る舞いは、果たして意図的か無意識か。どちらにせよここまで私を惑わせた報いは存分に受けてもらおうと、愛の歌を紡いだその唇を、もう一度塞いだ。


Twitterでリハビリ企画と題していました。涼乃ちゃんリクエストありがとう! ( title by 30 )

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