ぼくのことをはなしてほしい

教室の窓際の席。放課後の雑談のお決まりになった位置で、お決まりの座り方で、君は無造作にその細い脚を揺らす。視線は窓の外に向いているけれど、どこか決まったものを映してはいないだろう。考え事をしているときの癖。

きみのことなら、解る。


「あーーー……もう……」
「今度はどうしたの。バレンタイン、渡せたんでしょ?」
「渡せたよ、渡せたけど、だからさーどう思われたかなって……変な女だと思われてたらどうしよう……」


きみが他の誰かのことを、思って悩む姿がいじらしくて愛しいなんて、その姿をいちばん近くで見ていられるこの時間を幸せだと思うだなんて、僕も随分物好きと言うのか、自分を痛めつけているなあ、とどこか他人事のように思う。今更だ。もう手遅れだ、と言う表現が正しいのかもしれない。


「あーや聞いてるー!?ちゃんと聞いて一緒に作戦考えてよー」
「聞いてるよ。あぐりちゃんの思う通りにしたらいいんだよ。失敗してもちゃんと聞いて笑ってあげる」
「ひどい!ひとでなし!ろくでなし!!ひどい!」
「もうすこし語彙を増やしたらもっと魅力的な女性になると思うな?」
「そういうところが!!むかつく!!  ……あーあ。どうしたらいいんだろうなあ……」


すこし俯いて視線を伏せれば、長い睫毛が際立つ。僕はその横顔を見つめて、後ろの席の机に頬杖をついている。

どうしたらいい?そんなの、僕がきみの手を引いて抱きしめるから、大人しくしてくれさえすればいい。僕を選べばいい。
その言葉を勿論口に出せない臆病な僕は、目の前の横顔の残像をリセットしようと、そっと瞼を閉じてみる。もう一度開ける。無駄な足掻きだ。だってきみはいつでも、こんなにも僕の近くにいて、無防備に悩んで、笑って、こちらを見て、僕のことを呼ぶ。


「まずは世間話でもして慣れてみたら?」
「うう、そっか……でも話題がない……」
「あるでしょ。なんでもいいんだよ、天気の話とか、共通の友達の話とか」
「あーやの話をすればいいの?」
「何で僕なの」
「共通の友達なんてあーやくらいしかいないよ」
「余計なこと言われそうで嫌だなあ……まあ好きにして」
「冷たい! 会話かあ……」


残酷な、きみ。

けれどその残酷さにも慣れた。きみが、彼と、僕の話をするところを想像する。「共通の友達」。きみは無邪気に笑うだろう。楽しそうに、僕の名前を紡ぐのだろう。それを想像して、満たされる僕は、もう何かが歪んでしまっている?

僕のことを話してほしい。

けれどほんとうは、放してほしい。

何かが歪んでいても、それでも構わないと、そう思う程度にはきみを思っているんだろう。やっぱり他人事のように、自分の気持ちを測った。こうしていれば痛みも鈍くなるから。本当は傷んでいる思いに、気付かなくて済むから。


「うまく、話せるといいね」
「うん、ありがと」


けれど、きみの心からの笑顔を希うこの気持ちだけは、他人事ではないのだ。


Twitterでのリハビリ企画。
あぐちゃんより、生徒会のあーやで!とリクエストでした。
あやあぐというか、あーや→あぐちゃん→たかなりくんです。こういうの書きたかった。あぐりちゃんリクエストありがとう〜 
( title by 30 )

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