小さな呪い




最近のサンダルフォンは様子がおかしい。
前までは部屋で珈琲くらいしか飲んでなかったのにいつの間にかお酒を浴びるように呑んでベロベロに酔っ払っては私の顔を見てやたらと撫でて来たり、頬を擦り寄せあってきたり。もっと言うと二人きりの珈琲タイムに私の指にある久遠の指輪を見て嬉しそうに頬を染めたりとか前までは来るなと言って追い出されていた浴室まで一緒に入って珈琲風呂でゆったりしている。明らかに距離が近い。可笑しい。
今も私の髪に香油を垂らしているサンダルフォンが笑顔でも静か過ぎて怖いしなんかなあ。ソワソワしながらドレッサーの前で鏡に映るサンダルフォンを見つめる。サンダルフォンの目の下に隈もなくて特に何かあるわけでもない。というか酔ってるのにお風呂入って平気な辺り星晶獣ってすごいな。
湯から上がった後のものではない染められた頬と強いアルコールの香り。ご飯を食べてる時からやたら私にご飯を回したり撫でたりしてきたサンダルフォンの手が首筋を掠めて全身が脈打つ。しまったと思った時にはもう遅い。私の首が彼によって覆われて更に反応してしまう。
「ひっ、ぁ……」
「本当に君は可愛いな。」
優しい笑みで鏡越しに私を見つめる彼が怖い。
それすら知らずにサンダルフォンは私を抱き上げてベッドに放り投げる。
打ち付けた痛みに唸っている間にあっという間に組み敷かれて紅潮した彼の蕩けた表情が月明かりに照らされて怪しく見える。
「君は酷く可愛い。神聖で、純潔で、踏み荒らされてはならない聖域の処女。ああ、イヴ。俺のイヴ。もう誰にも見せたくない……俺達の世界を造ろう。二人きりで、誰にも知られない場所で、俺と君だけで──」
「ダメだよサンダルフォン。」
彼の言葉を遮れば蕩けた表情が冷めて、目を見開いていく。
「私達にはやる事がある。」
頬に手を滑らせて言えばサンダルフォンは震えて顔を手で覆う。
「やめろ」
「ダメだよサンダルフォン、帰ってきて。」
そう言っても頭を振りかぶって現実逃避するばかり。
「嫌だ……」
弱々しく呟いた彼を肯定する事は出来ない。
「サンダルフォン。」
ただ私は優しく抱き締めて、その後に抱かれて落ち着くまで付き合うんだ。
「っ、ヨーコ」
「おいで……サンダルフォン、夜はまだ永いから。」
わざとらしく脚を絡めては瞳を強く見つめる。
「ヨーコ……ルシフェル、さま……」
虚ろな目のまま、彼はじぃと虚空を見つめる。
「うん、私はここにいるよ。」
強く抱き締めても彼の瞳から涙が零れるだけ。
「いない……何処に……何処に、行かれたのですかルシフェル様…………ヨーコ…………」
「ずっとここにいるよサンダルフォン。」
暗い部屋のベッドの上。寝転ばせて、抱きしめて。撫でて。
私は私の大好きな人を最後の最後まで見つめていくつもりだ。たとえその途中で私が朽ちても彼は残されていく。結局は私もいつかあの槍で穿たれ電子の海に消えるのだからせめて彼の旅の終わりまで。その傍に。
優しい寝息が聞こえてくる。朝になればきっとまた記憶を飛ばして「勝手に入ってくるな」とか言ってくる日常に戻るんだろう。
朝起きて珈琲を飲みながらご飯を食べて、依頼をこなして、コルワさんやイルザさんに心配されて。夫婦らしい事何一つできてない。まだだ。まだ。
まだ私は、私達は幸せになれない。

互いの罪がなくなって、きっと全てのしがらみがなくなった時。
手を繋いで、幸せになろうと。それまでずっと彼を追いかけようと私は心に誓った。