これより末永く





「サンダルフォン、お疲れ様でした。……ありがとね」
オーバーオールの上に分厚いコートを着て、ヨーコは微笑んだ。
古戦場、一日目。日付が変わる三分前に戻ってきたヨーコ達光属性のパーティは食事をとる者、休息の為部屋へ向かう者。ちりじりになっていくメンバーに礼を告げて、ヨーコとサンダルフォンだけが甲板に残った。そこで優しく告げられた言葉にサンダルフォンは顔を顰めた。
「君こそ、怪我をするような真似を何度も……。」
「あは、ごめんね」
ボロボロの武器を見て苦笑する。左手の薬指に嵌められた久遠の指輪は大事にそのままつけられていた。もう表面にはいくつかの傷がある。
「特異点、戻らないのか。」
そう問うサンダルフォンから視線を逸らしながらヨーコは隠していた小さな袋を手にする。
「あ、えっと……ぷ、プレゼントがありまして。」
「なに……?俺にプレゼントを用意したのか?」
こくこくと頷くヨーコの小さな袋が乗った手。それはそっとサンダルフォンの目の前に差し出された。
「ああ、そうか……。今日は贈り物を通して好意を伝えるという日だったな。……どれどれ。」
小さな袋を見つめて顎に手をやるサンダルフォン。それよりもこの時期のこのイベントを知っている事が驚きだった。目を見開いていれば、サンダルフォンは大きく口を開けてヨーコがつくりあげたチョコレートを口に含んだ。
「ほう……珈琲に合う菓子とは気が利くじゃないか。」
彼から告げられた、褒めに値する言葉に頬に熱が集まる。上着を握り締めて俯いてしまったヨーコにサンダルフォンは楽しげに言った。
「どうした特異点。……さては、恥ずかしくなったのか?」
その言葉に素直に顔を上げて首を横に振ればサンダルフォンは小さく笑う。
「安心しろ、義理だということくらい、理解している。」
その言葉に頬に集まっていた熱が一気に引いていく。ヨーコの顔が少し青くなった。
「だがまあ、受け取ったからには礼は言わせてもらうぞ。ありがとう。」
そのまま艇内に戻ろうとするサンダルフォンの手首を掴んで強く握り締め引き止める。
「ひ、どい」
微かに聞こえた声にサンダルフォンが驚く。振り返ればそこには涙を流し、ヒトとは思えない力でサンダルフォンの手首を離さないヨーコがいた。
「わたしのきもち、とどいてなかった?」
「違う、とくいて───」
そのまま手首を引かれて。
サンダルフォンとヨーコの唇が重なる。手首から首に腕を回され離れる事は困難だ。
ゆっくりと長い時間をかけてされていく口付けに先に蕩けたのはサンダルフォンだった。
「……っ。」
「足りてないんだね?じゃあもっとしなきゃ……サンダルフォンが理解してくれるまで、沢山……。」
うわ言のようにサンダルフォンの頬を撫でながら告げるヨーコの瞳は暗い。その反面で必死に自分を繋ぎ止めようとするヨーコの健気な姿に歓喜して震える。
サンダルフォンは自ら「義理だ」と線を引いたがそれはヨーコを思っての事だった。この先を考えるならばサンダルフォンとヨーコはいくら教えの最奥を辿り契約していたとしても、別れは何れ来る。その幸せの先にある絶対的な悲しみにサンダルフォンは恐怖していたからこそ指輪や契約を経た今でも関係を切るべきだと思ったのだ。しかしそれも虚しく、ヨーコはいとも簡単にサンダルフォンの線を乗り越え、たった一つの口付けだけでただの獣にしてしまう程に魅了している。
ダメだとわかっていても、サンダルフォンは溺れるしかできない。
既に彼女に捕えられ、愛玩され、絆されているのだから。
「サンダルフォン、愛してる。この先、永遠に私しか許さないから。」
決定的な言葉。
それに抗う事は出来ず獣に成り下がったサンダルフォンはヨーコの身体を震えながら抱き締めた。
もう二度と戻れない、その奥まで二人は来てしまった────いや、サンダルフォンが引き摺り込まれたとも言っていい。
黒洞々たる世界に咲いた一つの花を今、少女は手中に収めたのだった。