貰い物には警戒しましょう






依頼が終わって戻ってきたお昼前の騎空艇。
「マッサージオイル……かぁ」
小さなボトルのラベルには特製マッサージオイル(コーヒーの香り)と書かれている。
依頼の報酬のおまけだそうでいつも疲れているだろうという配慮……そう思われるボトルは蓋に鼻を近付けると本当に珈琲の香りがした。これもシェロに好みを知られているからだろう。おそらく依頼主に聞かれて話したのだろうか。
「マッサージなんてサンダルフォンには頼めないし、かといって他にマッサージ出来そうな女の子なんてメーテラお姉様……。」
「何をブツブツ言っている。気味が悪いぞ。」
一人でボトルと見つめあっていればサンダルフォンに声を掛けられる。視線をそちらへ向けて曖昧に笑った。マッサージなんて男に頼むものでは無いし、むしろ警戒するべきだ。それこそサンダルフォンなら、肌の露出が多いその姿で魅了させてやりたい。けれど互いにその先の行為に責任は取れないままだから決して、迂闊にするものではない。婚前交渉など、バレてしまえば立場にも関わる。そこまで考えているとサンダルフォンにボトルを奪われてしまった。
「マッサージオイル?なんだこれは」
首を傾げつつ私と同じように蓋から香りを伺うサンダルフォンが微笑ましい。
「シェロさんから貰ったの依頼主からって。全身マッサージの時に使えるオイル。いい香りでしょ」
頷いてもう少しとまた蓋に鼻を近付けているサンダルフォン。相当気に入ったようだ。
「ああ、香りは珈琲豆を挽いた時に近い。……好ましいな。」
「言われてみれば確かに挽きたての香りだね。」
互いに笑みが零れて心が安らぐ。
「香りが気に入ったならあげるよ。……でも、最初は手がいいかな。」
「何故?」
首を傾げているサンダルフォンに説明する。
「薬品の部類に入るから肌の異常が起きた時に対処しやすいでしょ。」
「空の民が作る物が星晶獣を害する……と?」
またひねくれた返事をするサンダルフォン。まあ星晶獣からすればこんなオイル一つで負けるわけがないとか思うよねそりゃ。
「空の民でも、大丈夫な人がいればそうでもない人がいる。個体差があって、貰ったそれは試作品だからまだどんな危険があるかわからない。もし顔に塗ったとして、サンダルフォンの顔が傷みたいになるのは私が嫌だから。」
シェロと依頼主を疑っている訳でもない。化粧品であれ錠剤薬であれ、飲めば平気な人もいれば死んでしまう人もいる。人の体は複雑で神秘に未だ満ちているから一度試して見ないとわからない。そういう時は大体血の近い母親が代わりに塗ったり飲んだりした体験に沿って合う、合わないがわかる。本当の所は自分で試すのが一番だが星晶獣とて例外は無いはずだ。
「念の為だから、お願い。」
ボトルを持っている手に自分の手を重ねる。
サンダルフォンは不服そうにしつつも私の言葉に頷いてくれた。
「ありがとう……。」
「君がそこまで言うからだ。」
優しく告げられるそれに笑みが戻る。サンダルフォンはやっぱり優しくてかっこいい。衝動のままに鎧をつけたままの彼に抱き着く。鎧は、酷く冷めていた。さっきまで外にでもいたのだろうか。今日は非番なのに。
「おい、離れろ、怪我でもしたら……。」
「どこかに行っていたの?」
素直に尋ねてみると彼はため息をついて後ろの腰に下げていた麻袋の中身を見せてくれた。
「……お米?」
「ヤイアが料理をしたいと。……頼まれたから行ってきたんだ。」
渋々行ってきましたといった感じだが本当に声が優しい。ヤイアちゃんの事をよく思っていてくれて何よりだ。それより炒飯を作りたいと言うことだろう。早く行かなければ!
「大変!それじゃあ早く行かないと、ヤイアちゃんきっと待ちくたびれてる。」
「っ、おい、ヨーコ!」
サンダルフォンの手を引いて食堂へ向きつつ船内を走る。
「団長さん、あんまり走るといけないよ。」
「ごめんなさいノアさん!!でもヤイアちゃんが待ってるの!」
ラカムと歩いていたノアさんがすれ違いに言う。優しいけれど咎められているのでちょっと足を止めて謝った。
「ふふ、次から気をつけてね。」
「はーい!!」
そのまま小走りで食堂へ到着。ヤイアちゃんはアポロさんとネネさんが遊んでくれていて楽しそうにしていた。
その後はサンダルフォンとヤイアちゃん、ネネさんとアポロさんの皆でお昼ご飯を作って皆に振舞った。ヤイアちゃんを褒めちぎるアポロさんやオーキスちゃんを見て微笑みながらサンダルフォンの隣で美味しい炒飯を食べた。
「ん……あれ、サンダルフォン、布にケチャップついてる。」
「……いつの間に。」
「あはは!さっき夜の仕込みついでにソース作ってたからその時に着いたのかもね!あとで洗濯しようよ、私も服洗うし!」









「ノア、言わなくてよかったのかよアレ。」
「彼には伝えたよ。星晶獣にしかわからない言語でね。」
「……ありゃ、血で間違いないよな?」
「そうだね、……人じゃない……とは言いきれないかな。」
「……そうか。……疑うしか今は出来ねぇが……監視だけはしとくか。」
「団長さんがいるなら大丈夫だと思うけど……。」
「他の人間に危害が及ぶのはヨーコも望んでねぇよ。」
「……そうだね、彼女は優しい子だから。」