囚われのお姫様



停泊した島の夜景は酷く美しい。冷たくなりつつある風に吹かれて少しばかり伸びた髪が揺れた。
「コンバンハ、特異点?」
革靴の軽い音と共にもたれていた胸くらいまでの高さの石壁に降り立った想い人に良く似た瞳を持つ堕天司──ベリアルは口角を上げつつ目を細めニヤついた顔で私を見下ろしている。
「こんばんは。敵の所にわざわざ来るなんて物好きね」
「随分と獣を従わせてるみたいだからな、様子見だ」
こちらも微笑みつつ紅玉の瞳を見つめてやるときょとりとした顔をして視線が落ちる。それにならうように私も下を見つめれば合点がいった。
「チョーカーと…………リボンにソックスか。色気が出てきたじゃないか」
「はいはいありがとう、プレゼントでもらったの。」
「へぇ……サンディからかい?」
石壁に腰掛けて私の首を這うチョーカーをなぞろうと手を伸ばすベリアル。何かと現れては私とサンダルフォンの事を探りに来るベリアルだから前回までつけていなかったチョーカーと右膝の上で結ばれている紫のリボン、そしてワインレッドのソックスとガーターベルトに興味がおアリなのだろう。手から逃げるように1歩引いてやればベリアルの手は空を掴む。
「触らない方がいいよ。面倒になる。」
「やれやれ。天司長サマは嫉妬深いな?」
「彼だけならまだ許容範囲なのだけどね……。」
意味有りげに言えばベリアルは声を上げて笑う。いつかの時に聞いた下品な笑い方ではなく抑えるように。
「私に危害を加えて貴方が傷付くなら別にいいけど、流石に触れただけで血を見る事になるのは御免だから。」
そう言えば更に口角を上げる。
「笑わせるなよ。俺が負けるって?」
「別にそんなつもりないし。サンダルフォンだけならまだしも……流石に複数の天司とやるのは不利じゃない?」
首を傾げてやれば意味を理解したのかベリアルは手を顔にあててまた笑う。コイツの腹筋大丈夫かな。
「オリヴィエ、アザゼル、……ファーさんに良く似た奴と、サンディか」
チョーカー、リボン、ソックスとガーターベルト、指輪を順番に見ていって告げる。
「よくわかってるねえ。まあうちの団にいる星晶獣全員を相手にするつもりならどうぞ?」
今度は逃げないと両手を上げて無抵抗を表す。石壁から降り静かに私の目の前に来る彼。
「何に触れるの?」
興味本位で聞いてみると膝を着いたベリアルは何も言わず紫のリボンの上から私の脚に噛み付く。
「いッ──!?い、痛い!ベリアル、やめ……ッ、ぁ……!」
噛み付きながら私を見上げるベリアルの瞳から目が離せない。身体が動かなくなり固まる。噛み付かれた右脚から甘い痺れが全身に伝わり徐々に力が抜ける。
刹那、月明かりに照らされる黒い羽根が舞い上がり抱き寄せられた。
「悔いて逝け」
私を抱き締める彼の背から現れる黒いものがいつの間にか空に飛ばされていたベリアルに向かって伸び、石壁の下にベリアルごと落ちていく。顔に当たる胸板は明らかにサンダルフォンとは違うもので肌の色も青白い。
「おい。」
低い声で呼ばれ肩を掴まれる。いつもより怒っている顔をしている彼の名を震えながら呼ぶ。
「アザ、ゼル…………?」
アザゼルを見つめても彼は表情を変えない。
「ああ。…………無事か。」
そう言われてから自覚して脚がじくじくと痛む。
「えと、足、痛い……」
しゃがんだ彼に傷口を見られる。まだ力がうまく入り切らないから肩に手を置かせてもらってなんとか支える。
「……かなり深いな。歩けるか?」
傷口の少し手前をなぞる彼は不安そうな声を上げる。
「……うん。たぶん」
「……そうか。」
安心したように少し笑うとアザゼルは私と真逆の方向へ歩いていく
「あ、アザゼル。どこいくの」
心配になり問えば少し立ち止まって用事だと言われる。
「もうすぐ奴らも来る。待っていろ。」
引き留めても行く気だと感じられる声に返事をするとアザゼルは石壁を軽く超えて下に広がる街へ姿を消して行った。






紫のリボン→アザゼル

ワインレッドのソックスとガーターベルト→ルシオ

チョーカー→オリヴィエ

指輪→サンダルフォン