Fate of glory




※馴れ初めの話




「サンダルフォン!」
激突され体制を崩したサンダルフォンにグランサイファーから語り掛ける少女が居た。落ちないよう柱で身体を支えながらに見える姿は落下していくサンダルフォンにとってとても小さく見えた。それでも彼女の絶世の美を持つ槍と燃えるような闘志がある紫水晶ははっきりと視界に映っている。
「もうこんな事やめて!」
無駄な事を言って自分を従わせようとする姿に嘲笑が零れた。それを確認した少女は唇を噛み小さく何かを呟いてから長い髪を結ぶ事もせず槍を手に騎空艇の境界を飛び降りる。
「こんな事、したくないけど!わからないなら力ずくでも止めてやるから!」
槍の先端から紫の光が溢れて形を為して行き彼女が振り上げた背後から魔法陣が現れサンダルフォンへ向いた。
「ヴァーサダイル!」
声と共に柱が魔法陣より放たれ、羽を射貫く。その後に向かってきた彼女は光に包まれた大槍で作り上げた衝撃波を与えた。それにより力を完全に失ったサンダルフォンは奪った羽根を散らしながら岬に降り立つのだった。
「────ッ!」
元素の均衡を一時的に崩した所為かサンダルフォンとは真逆の方向に落ちていく。位置でいえば岬から東にある深い森。このまま島にぶつかるかと覚悟を決めたヨーコの身体を正面から抱き留める人物がいた。
「あ、ざぜる……。」
風のせいで溢れた涙がアザゼルの肩を濡らす。
「無様な姿だ、俺の認めたお前をこんな所では死なせん。」
嫌味のように言ったアザゼルだがその言葉には優しさが溢れていた。
「あ、ありがと……!!」
力一杯に抱き締めるヨーコの腕。アザゼルの青白い肌が赤らんでいる事など知るはずもなく。
「フン……残りの話もあるだろう、岬には向かうがお前を届けた後は艇に戻るからな。」
一度森に降ろし、片腕で抱き上げる体制になると漆黒の羽根を広げ、アザゼルは森の木を避けつつ飛ぶ。ヨーコは眼にゴミが入らぬ様瞼を閉じながらアザゼルの首に腕を回し捕まっていた。
暫くするとサンダルフォンが責められている所をルリアが庇っていた。アザゼルに礼を告げルリアの元へ走るヨーコ。少し息切れをしながら四大天司とサンダルフォンの間に割って入るルリアの隣に来た。
「私も、ルリアの言葉に同感です。」
ルリアの肩を抱き寄せる姿は強い絆で結ばれているように見えた。
「ヨーコ!無事だったんですね!」
「ルリア……。心配掛けてごめん。」
髪を撫で安心させると四大天司に向き直る。
「だが……だからと言って無罪放免とはいかねぇだろ。」
ラカムの一言にガブリエルも考える仕草をする
「そうね……。」
少し顔を俯かせるルリアの背後に居るサンダルフォンが口を開いた。
「わかっているさ……その時は如何なる罰でも受けよう。」
か細い声にヨーコが振り返りサンダルフォンに告げる。
「……そんなの私がさせない。貴方のした事は許されないけど、私は、……貴方を赦したいし、その為に私が罰せられてもいい。だからそんな事言わないで。ルリアの言葉も皆の言葉もこの世界の全てを、私と受け入れて、背負って行こう。」
「そんなモノ……俺にはできない。」
自嘲したようなサンダルフォンは立ち上がり、ヨーコと目を合わせる。
──「ヨーコ、最後に俺と握手して貰えないか。
赤き竜と蒼の少女を束ね、四大天司にも認められた君には最大限の敬意を表させてほしい。」
サンダルフォンの言葉に目を見開いた……しかし、頷いて。暫し沈黙が空間を包むが嬉しそうに、まるで恋人を慈しむような笑みを浮かべて手を出す彼女に勝利を確信した。
「……ありがとう。」
ヨーコの前に進み出てうら若き少女の白く細い指がある手をとったサンダルフォン。
静かに顔を寄せその耳元で小さく呟いた。
「……華奢な指だ。
君に自覚はないだろうが、世界は君を中心にして動いている。進化を加速する「特異点」として。
話せて良かった、……良い旅を。」
その肩を押して岬の崖から、身体を空に落とした。
すっかり勝気になったサンダルフォンだったが落ちる直前に見えた彼女の表情に背筋が凍った。
何故ならヨーコは空に投げ出された状況だというのに────

頬を赤らめ、恍惚とした笑みを浮かべて。サンダルフォンに手を伸ばした陰鬱な少女がそこに居た。

身体が総毛立った。
もう姿も見えない少女の狂気の片鱗はサンダルフォンには大きすぎる程の激情で二度も見たくないほど、トラウマになるほどの、「憤怒」「後悔」「嫉妬」そして


向けられた相手が気分を悪くする程の「愛」だった。

それも、歪んだ形の。

呆気ない。確かに呆気なかった。人である事が最大の欠点という事は間違いない。けれど、それでも彼女の持つ「愛」が。

例えミカエルの攻撃を受けようと、平然を装って言葉を並べようとサンダルフォンの意識を奪って仕方がなかった。



ヨーコは言いようのない歓喜に胸が満たされていた。
突き落とされ空の底へ向けて落ちていると言うのにサンダルフォンの肌に触れた手を強く握り締めて胸に添えた。
「(サンダルフォンの肌……とても柔らかくて、優しくて……妖艶だった。……話す時とても緊張したな…………指も顔も、とても良かった。華奢な指って褒められちゃった…………こんな私でも褒めて貰えるんだ……嬉しい……。今なら歓喜で死んでしまうかもしれない……。)」
歓喜に包まれているヨーコを他所に落下速度は早まっている。
「(…………更に好きになった……な…………いつか、あの人のお嫁さんになれたらな……。)」
彼女にとっては酷く純粋な恋心だった。
次第に身体の感覚がなくなるとヨーコは意識を失った。

謎の咆哮が響いた。その後に頭の中に声が流れ込んでくる。

『空の子よ……。
我は始祖にして終焉なる者……。
裂かれし身に寄りて刹那に顕現せり……
今こそ汝を試さん……
特異点たる力と覚悟を……』

有無を言わさぬ重圧感。
思わず従いそうになる神々しさ。
ヨーコは尚も語り掛けてくる存在に僅かな不快感を催した。

『特異点……。
世界の行末を左右する因子のひとり……赤き竜と蒼の少女を伴えば、相反する宿命の狭間に惑い、汝は数多なる苦難に苛まれるだろう……それは此度の禍の如き大いなる苦難……それでも尚、空の果てを目指さんとするか?』

ヨーコの答えは「宿命など信じない」だった。

現実で虐げられてきたヨーコは様々なレッテルに悩む事が多かった。「未成年」「ブス」「オタク」「トロい」「ウザい」「キモい」。挙げれば、多過ぎてもう数え切れないほどだ。世界が、彼女の逃げ場をレッテルで無くしてきた。精神が崩壊したのも、他人を信じないのも、愛に枯渇しているのも。
世界が貼り付けた「学生」というレッテルが生んだものだから。だからこそ、彼女はもう他人に左右されなくなった。
自我を通し自分だけを案ずる孤高の存在へと彼女は死をもって成り代わった。誰かが彼女を傷付けるなら放っておけばいい。誰かが彼女を嫌うなら嫌わせておけばいい。
だから、彼女は永遠に否定し続ける。自分が「特別」な存在である事も含めて。自分を異常だと肯定し「宿命」だとか「世界の中心」だとかを切り捨てて。愛する者を追い、全てを、持ち得る力の全てを愛する者に捧げる為に。

『信じようと信じまいと、必ず後悔が訪れるだろう……ふたつの宿命の交錯はやがて全ての世界を無に帰すもの……その時、汝は選択できるか?
禍を迎えし時、友か魂の共有者を……。』

「どちらも選ばない。」

低く、唸るような声が大いなる存在を威嚇した。
殺意の籠った瞳が神々しい存在に爪を立てる。
「世界ごと壊して、全てなかった事にすればいい。壊して作るのはお前の得意分野。私は誰も救わない。私の手で救うのは、たった一人だけだ。」

そう宣言する彼女の脳裏には唯一無二の男の存在が有った。

『大それた事を…………では最後だ、特異点よ。
汝に其処まで断言させるものは何だ?
なにゆえ破滅の旅を恐れずにいられる?』

「私は、もう一人なんかじゃない。」

凛とした表情で少女は言った。

「この世界に…………誰かが……私に生きていても良いと、生きていて欲しいと、ここに居てもいいと。私の為ならどんな事になってもいいと、きちんと支えてくれる……そんな仲間を、私は大事にしたい。」

……たとえ、この世界の誰もが自分を望まなかったとしても。

『それが汝の力…………幼き人の身を特異点せしむるもの……余りにも拙き覚悟……極めて脆弱なる力……だが、故に可能性は……』

大いなる獣の声は、途切れる。
意識を取り戻したヨーコは意識を失うよりも早い落下速度に笑った。
遠い声が自分を呼んでいる。
もう諦めていたのに、もう誰も救わないと、誰も信じないと決めたはずなのに。
────ルリア

もしも、自分なんかを必要だと言ってくれるなら。
────カタリナ

もしも、自分のありのままで、愛を欲していいのだと言ってくれるなら。
────ラカム

もしも、醜い自分を見ても優しく受け止めてくれるなら。
────オイゲン

あの眩い光に手を伸ばして、自分も日の元へ行ってもいいのなら。
────イオ

弱くて、どうしても強くなろうと凍らせた心が熱い涙と共に溶けた。
────ロゼッタ

『起きろ────ヨーコ。』

何処かで聞いた事のある青年の声と共に太陽に伸ばした手が誰かの手に包まれ引き上げられたような気がした。


「────ルリア。」
小さく零れた言葉と優しい力で握り返された感触がルリアに伝わる。
海の瞳がルリアを見つめて柔らかく溶けた。
「!…………ヨーコ?……起き、た?」
ルリアの膝の上に乗せられた頭が少し揺れる。
「うん、起きたよ。ありがとう…………ビィも、私を…………呼んでくれて。」
起き上がってルリアに凭れながら膝に乗ってきたビィの頭を撫でた。
「生きててよかったぜ!心配したんだからな!」
頷いて辺りを見回すとそこは突き落とされたはずの岬だった。
「……カタリナさんも、皆も…………ありがとう、私を望んでくれて。」
グランサイファーの面々が安堵の色を見せている。カタリナやラカムを初めとして無事を祝う言葉が送られる。ロゼッタの言葉に弾かれたようにルリアから離れて立ち上がる
「そうだ、サンダルフォンは────」
「なぜだ!」
声の方向には取り押さえられながら焦ったような表情のサンダルフォンがそこに居た。
「大いなる咆哮は成った!
確かに世界は鳴動した!
なのに何故、パンデモニウムが開かない!何か別の条件が要るのか……?
あるいは俺の時と状況が変わった……?
なぜだ、なぜだ、なぜだッ!!」
サンダルフォンの声に動かそうとした足が止まる。ヨーコに続いたルリアがそっと手を握る。もう片方の手で胸を抑えながらヨーコは首を締め付ける息苦しさに耐えていた。
「喧しい。いよいよ万策が尽きたようだな。」
ミカエルの声に身体を震わせた。四大天司達が言葉を交わした後、懐かしい気配にヨーコは振り返り崖の方へ走る。ルリアが繋いでいてくれた手を優しくひいて。
一陣の風がヨーコとルリアを包む。思わず目を瞑り、風が去ったあと開くとそこには美しい容姿の男が佇んでいた。四大天司達が、息を呑む。男はヨーコを見ると柔らかく微笑んだがすぐに視線を四大天司へ向けた。
「ミカエル、ガブリエル、ウリエル、ラファエル……ご苦労だった。君達の尽力に感謝する。」
男の言葉に膝をつく四大天司。その光景にヨーコは少し顔を顰めた。
男の視線はサンダルフォンへ向かい、間にいる自分が惜しいほどに重く苦しい空気が流れる。柔らかな風が吹くこともない無音の、世界だった。
ルシフェルと呼ばれた男の視線の邪魔にならぬよう横へ避けた。
「すでに顕現していたのか……ではパンデモニウムが開かないのも……。」
サンダルフォンとルシフェルの会話が続く。ルリアが弱々しく手を握り返してきたので優しく握り締めてあげた。
コアへ戻される事になり光に包まれ粒子と成りかけたサンダルフォンへヨーコは手を伸ばす。でも、不思議な力に引っ張られて駆け出す事すら出来なかった。

事態が収束していく中、ヨーコは上の空だった。



















目が覚める。
歪んでいた視界で誰かがそこにいる事はわかった。ほんのりと暖かい手が、とても好きだ。
「……みんな……?」
定まる世界で、皆は私が眠る天蓋ベッドを囲んでいる。
「……サンダルフォン?」
起きた私を強く抱き締めてきた彼。夢の中の内容と現実が合致していく。
「…………えっと、なんか……御迷惑おかけしました?」
サンダルフォンの頭を撫でながら涙ぐんでいる皆にちょっと困惑しながら謝って。
皆曰く、戦闘で大怪我をして昏睡状態に陥った私は今まで覚めないままだったらしい。サンダルフォンはその間寝ずにずっと。私を看病してくれていたようだった。包帯の替えからお湯で浸した布で身体を拭くのとか。安心した皆は暫く私達を二人だけにしてくれた。
夢の中で聞こえたあの青年の声は間違いなくサンダルフォンなのにどうして忘れていたんだろう。
「…………ありがとう……ずっと。繋ぎ止めてくれたんだね。」
よしよし。よく頑張ったね。
「…………これからもずっと、私は貴方の傍にいるよ。」
もう寂しい想いなんてさせないからね。
「…………君が無事なら、それでいい……。」
抱き締められる腕の力が強くなる。
「うん。……絶対に、一人にしないから。」

サンダルフォンは私の光だ。
あの暗闇にいた私の手を引いて、あの夕焼けに連れ出してくれた。
あの日の事は絶対に忘れない。私はそれをずっと。大事にしていく。

「愛してるよ、もう離さないから。」

甘く囁いたその声が、沢山の執着と、世界を変えるほどの因果に包まれていたとしても。
サンダルフォンは頷いて、二度とその手を離さないのだ。










※BGMを「アナザースカイ」にしたらこうなった
※そのうち失楽園編も書きます
























































































あの日私は校舎から飛び降りて死んだ。
いや、なんだっけ、首吊りしたんだっけ。
それとも車に轢かれた?
家のお風呂でぶよぶよになって死んだ?
何も覚えていない。何も、何も、何も。
たったひとつ、覚えている事は胸を焦がす熱。迸るそれは嗚呼、なんと安らかな。
私の楽園。私の癒し。私の大事な場所。

もう二度と離しはしない


あの日俺は彼女を空の底へ突き落とした。
いや、あれは、そう、事故とも言えないほど身勝手な感情故に起こした罪。
彼女はどうなった?
空の藻屑となった?
分からない、俺を包むこの光さえ、何も、何も、何も。
たったひとつ、覚えている事は俺の身体を震わせる激情。迸るそれは嗚呼、なんと愚かな。
俺が逃げなければならないモノ、俺を侵す恐怖、俺が居てはならない場所。

しかし彼女は、もう、俺を────

「みぃーつっけた……。」