河村さんの結婚式に寄せて
2024/02/24
河村さんの結婚式の様子が公に公開されるとは本当に全く想像していなくて、むしろ期待すらしてなかったレベルで公開されるわけないと思ってた。
私は、表現したい伝えたいものさえ見せてくれれば嬉しい。私は私でその中から好きなものを楽しんでマイペースに応援するよ。という姿勢でいるファンなので、私生活と仕事は線引きしてくれても構わないし、QuizKnockは方向性としてそういう団体だと思ってたからびっくりしたな。
ある種他人事のように見ているはずなのに、画面の向こうのあまりの雰囲気の柔らかさになんだか恥ずかしくなった。
あんな柔らかい愛の伝わり方は知らないよ、見ていいものなんだろうか、と一瞬止めて考えてしまった。見てはいけないってなんだろうか。私生活をほじくらないという私なりの誠実を持っていたい自分が良心をつついたのだろうか。
結婚式というものは、初めて見たかもしれない。
参列したこともなければ、動画で見たこともなかった。
あるとすればアニメで、それでもほとんど恋愛ものを見ない私だから、覚えている限りではナルトとヒナタの結婚式くらいだ。
それでも恥ずかしくはならなかった。私が照れそうになるなんてこともなかった。ナルトとヒナタへの単純な喜びと驚きと愛しさとだけで、けれど改めて考えるとそれは多分ふたりの子供姿をよく知っていたからだろうと思う。
私が知っている河村拓哉の姿は、面白い人だと感じて見つめている河村拓哉の姿は、クイズか言葉を伴っているひとつの表現の姿だけだ。あんな、表現への気遣いなくただ彼自身の姿を見ることなどほとんどない。妙な照れ臭さで恥ずかしくなってしまった。幸せをクイズで見せるわけでも言葉で伝えるわけでもなく、ただその存在だけで私に感じさせるなんて、そんな姿、想定外すぎてびっくりだ。
結婚とはあるものなんだな、と、結婚を祝い喜ぶとはあるものなんだな、と、変に不思議な気持ちだった。私という存在だって愛と結婚の名のもとに生まれたというのに、初めてそういう形の幸せと人の繋がりを肌で感じたかもしれない。
好きな人には、幸せでいてほしい。
それは一つのエゴでもある。
好きな人が幸せだと言うと、私が幸せになれるから。
好きな人が愛に囲まれていると、私が愛を抱けるから。
だから、好きな人には、幸せでいてほしい。
好きだから。
画面の先には愛だけがあった。
幸せだけが見えた。
おめでとうという純粋な親愛だけが満ちていた。
本当に嬉しかった。
好きな人が愛され幸せを願われている。
改めて、ご結婚おめでとうございます。
そして、ご懐妊おめでとうございます。
幸せな瞬間を何度でも幾度でも末永く。
遠くから祈ってお祝いしております。
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