人の考えが好きである。
2024/03/04
人の考えが好きである。
心に残る考えを持つ人と出会った時、その美しさに素朴に酔いしれ、もっと知りたいと強く惹かれていく自分がいる。
けれど、しばらく酔いしれた後は、必ずとてつもない恐怖に襲われる。脅かされている気がしてくるのだ。
このまま彼の素敵な考えに自分の思想が全て奪われるのではないだろうか。
その時、私という人間の心を動かす思想は果たして私なのだろうか。
私が毎日のように眠気や退屈を引きずりながらも焦燥と共に正体を暴こうと磨き削り続けてきた鎖はどんなものだったのか、それをまるごと教えてくれそうな心地よい考えに体を乗っ取られてしまう恐怖に襲われる。
たとえ辿り着く先が同じであったとしても、私には鎖を磨き重しを削ったという記憶も痕も痣も残っていないのだ。
それが、たまらなく恐ろしくなる。
痕の遺されていない私は、果たして私なのだろうか。
ああ、人の考えが好きである。
好きであるのに、恐ろしかった。
人の考えに陶酔することのできる心地良さはこれまでにも片手で数えるほどしかなく、それは私が本の並ぶ店や文字の並ぶ液晶を時に血眼になってめくる度に探し求めている渇望の相手である。
それだというのに、その渇望は満たされた途端に脅威へと姿を変えてしまった。
なみなみと満たされた器があることに気がついた途端に霧が去るようにゆるやかに酔いは覚め、跡形もなくなった時にはもう、次に酔った際にどうなるかがわからない己の姿を恐れだし、いつしかホワイトアウトへと取り込まれている。
ああ、どうするべきだろうか。
言葉を受け取らないことがどれほど惜しいことなのか、わかっているはずなのに。
いつまでもそこにあるだろうと身勝手に永遠を押し付け、脅かされる恐ろしさから受け取ろうとすることができないままにただ水面だけを撫でている言葉がいくつかある。
人の考えが好きなのだ。
好きであるのに恐ろしい。
彼の考えを愛おしく抱きたいと手を伸ばせてしまう、自分の好意の素朴さがなお彼の考えの心地良さを象徴していて、手伸ばしながら怯えている。
けれどまた、その素朴な手を伸ばすことを止められる無粋な自分は嫌であった。
恐怖を抱きながらもその素朴な好意と満たされた渇望を忘れられない。
人の考えが好きである。
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