Shorthair

〈アル〉を手放した二週間で考えたこと。

2024/04/22 


この二週間は、現実の自分を歩きながら〈アル〉とは何者かを考えていました。〈アル〉と現実の境界線である糸の先をこの手で掴んでいる実感がないと、この自分の手綱を握れる気がしなくて。

〈アル〉としていただいた、本名の名札をつけた私が受け取ったことのない優しさや温かさや好意が嬉しい反面、その言葉から受け取った心の温度は、人と関わることが苦手でひとりで街を歩く私には不慣れな眩しさで、現実の〈私〉と、現実の私を守るために生まれた現実で言葉を並べる〈僕〉をちゃんと守らなければいけないと感じました。
おそらく私は、ここで触れた言葉に、世界の鮮やかさにクラクラする日常でよく私の影と共に私についてまわる形の定まらない蜃気楼のような塊を見つけてしまって、それと向き合わなければ、と。

なにかと考えられる最悪の事態を最初に考えてしまう癖が、積もった数分の不安を煽ったのだと思います。
本当にただそれだけで、この手に渡してもらった言葉は変わらず温かく宝物です。
何度でも「ありがとう」を言いたいし、私の手で織れるお花を手渡したいような気分になります。

ひとまずの落とし所をうっすら見つけられて思ったことは、やっぱり、以前にサイトでも書いたこと。

きっと私は、たくさんの奇跡をこの手にもらっている。
かけがえのあるアルという私と出会ってくれた奇跡を大切にしたい、その奇跡に真摯にありたい。
私に触れてくれたその一秒でも長い時間に、ありがとう。
かけがえのあるアルという私と言葉を交わしてくれてありがとう。
アルという私は、アルとして呼ばせてもらった名前を持つあなた様がこの大海原で少しでも楽しく過ごせることを願っています。
そして願わくば、あなたに真摯にありたい私が、あなたに真摯にあることができ、そんな私があなたを傷つけることがないといいな。





戻る

HOME