不祥事、批判、願い。~~ 健やかであって。
2024/05/23
古谷徹さんの不祥事を受けて。
不祥事について、批判について。
それから、杉山さんへの勝手な願い。
▪ 声優さんの不祥事。前にリアルタイムで触れたのは、櫻井孝宏さんの時だった。何か特別櫻井さんの役に触れたことがあったわけでもないのに、私はその報道にそれなりに影響を受けた。ただおそらく、実際のところ私に影響したのは報道そのものではなく、SNSの反応だったと思う。人は、怖い。私の考え方が甘いのか、単に私の考え方がSNSに不向きなのか、理由は分からないが、そう感じざるを得なかった。
▪ プロは、生半可な気持ちでなれるものではない。私もある業界のプロのひよこだから、そのプライドをかけて言い切る。プロは、生半可な気持ちではプロではない。だから、プロとして表現を職とする方を尊敬している。声優もしかり、俳優も、アイドルも、作家も、プロデューサーも。そんな方によろしくない面があったと知るとやはり多少なりショックはある。けれども、誰しもが多面性を持っていて、人間誰しも常に正しく清らかにいられるものではないとも知っている。だからこそ、寛容に、いつも広い視野を持っていたい。
▪ 自分の好きな誰かに、よからぬことがあったとして。仮にそれが正しい情報で。それでも、自分の好きになったところ、尊敬したところも決して偽りでは無いのだと思う。完璧に偽の自分を作りあげられる人なんてそうそういないでしょうし、表で見えている自分もまた自分のひとつの姿なのだから。だから、どうせ外側の姿しか知らないのがファンなのなら、そういう惚れた所も忘れずにいたいと、私は思う。
▪ 批判は外野が勝手にする。説教や処置はするべき人たちがする。その間にいるのがファンなのだとしたら、私は、批判も擁護もせず黙っていたいかもしれなかった。悲しくとも悲しくとも。私が好きになったのはプロのあなたなのだと、私はプロのあなたのファンなのだと、だから、プロならまた反省を経て楽しませてくれるべきだろうと、ただ待っていたいかもしれない。それが、今の私に考えられる、唯一の恩返しだった。
▪ 悪いことは言いたくない。誰に対してもそうだけれど、遠くの人には特にそう思う。近くにいる人なら、傷つけてしまったとしても、謝って癒す努力や誠意を示していくという努力を自分でできる。ある意味、責任を背負って接していくことができる。ただ、遠くにいる人には何もできないのだ。傷つけてしまっても、何もできない。本当に何ひとつ。ただ無責任に矢を放ち、もしかすると放ったこちらはその矢の存在すらいつか忘れる。だから、遠くの人には酷いことを言いたくない、特に。だって、そんな無責任に傷なんて与えられないでしょう…?
▪ マイナスな言葉をつい簡単に言いそうになった時は、いつかラジオで聞いた杉山さんの会話を思い出して踏みとどまる。
「辛かった過去とかあります?」と聞かれた杉山さんは、「あるはあるんですけど、そういう話をすると暗くなりそうなんで…」と仰った。
私の尊敬する方は、こんな、こんな方なのだ。
優しさと気遣いと自制のしっかりとした、真摯で丁寧な方。
私の尊敬する方は、そんな方だった。
▪ 杉山さん、SNSをやらないだろうか。かわいいにゃんこの写真をただただ上げるだけのようなものでも、配信の告知用でも。と考えたことが私にもある。私も猫が大好きだし、杉山さんの撮るにゃんこは杉山さんからだけ見えた杉山さんのレンズを通したにゃんこだから、きっと、私の知らないかわいさや初めて知るかわいさがある。
▪ だけど、やっぱりSNSには来なくていいな、と思う。私は、知人を悪く言われると悲しい。何も言えないけど悲しい。その人が100%悪い出来事を理由に悪く言われていたとしても、それでも悲しい。私は知人の笑顔を知っていたり、落としたものを拾ってくれるような優しさを覚えていたり、一緒に楽しく話したことがあったりするかもしれない。
▪ だからやっぱり、SNSには来ないでほしいと思ってしまう。無関係な私が悲しくなるような言葉、杉山さんの知人や先輩、同僚とも呼べる方々へのトゲのある言葉を、受け取ってほしくない。見えてほしくない。にゃんこのお写真を見たい、よりも、こんな激しいオセロ盤の上で受動的に傷つくなんてあってほしくない、という身勝手な願いが強い。
▪ すごくわがままで勝手なことを言う。私は、杉山さんに、なるべく心身ともに健やかに過ごしてほしい。それは母親のような心持ちなんてものではない。(食事はちゃんと取った?昨日はちゃんと寝た?夜更かしはダメよ?とかそういった日常生活を心配するもの。そんなものは正直な所、私には全く関係のないことで、私の性格上、まず興味を持つこともない。大体、あの方は赤の他人の我々がそんな心配をしなければいけないほど未熟な方ではない。そもそも私の方が未熟)
▪ ただ、健やかな心身の方が余裕が生まれて感受性の懐が広がること、その余裕があると生活もしやすくなり、表現も豊かになり、プロフェッショナルな仕事により良い創造力が生まれることを、私は個人的に身をもって感じているから、その表現をよりたくさん自由に見せてほしいというエゴも含めての心身ともに健やかに過ごしてほしいである。
▪ 私は、杉山さんの演技が好き。何よりも。だから、心身ともに健やかでいてほしい。私が杉山さんを好きなのは、私が勝手に好きなだけで、杉山さんは真摯に優しく在る方だというのも勝手に私からそう見えているだけ。でも、私は私の感じた姿を信じるし、何よりも杉山さんの演技が好きだから、杉山さんの演技という表現が好きだから、エゴで言う。表現のために、健やかであってほしい。演技が大好きだから。
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