ある程度生きてきたから分かるんです。彼、私みたいな女は苦手だということ。


「かわいないなあ」


かわいい性格とは、常に男性の顔色を伺い、下手に出て、猫撫で声で相手の名前を呼び、どんなにつらいことがあっても元気いっぱいで従順なお人形であることを指す。
かわいい造形とは、丸顔童顔でおめめがぱちくりしていて、色白で背が小さく、その上胸は大きく、ウエストに関しては臓器一つは抜かれているレベルの見た目を指す。


「日本人て基本ロリコンやんか」
「若い女が好きやもんなあ」
「名字は若いっちゃ若いけど、なんかピチピチ感がないねんな」
「クールすぎて怖いねん」


私は、同じ年代の子よりは物事をはっきり主張するし、声は低いし、つらいこともある程度しか我慢できなくて全てに従ったりしない。
私は、丸顔とは程遠い直線型の輪郭で、豹やライオンみたいな威圧感があって、色は普通で背も普通、胸は小さいがウエストは普通という至って特徴のない身体をしている。第一印象の大半が「怖そう」で裁かれてしまう。
日本で女性として生きていくには、若干不利な容姿をしているのだ。


「まあ、なめられへんのでちょうどええですわ」


その直後、短い咳払いが耳に届く。声の主は、永見さんだった。
多分、私みたいな女を一番敬遠していそうな人。
スタッフとして五年ここで働いているが、雑談を交わしたことはほぼない。年齢はたぶん一つか二つ上なはずだが、それすらあやふやで確信がない。


「お昼行ってきます」


昼食は一人で取ることが多い。
コミュニケーションが嫌いなわけではないが、休憩時間くらいは誰にも気遣わずゆっくりしたい。
食費にお金をかけたくないので、外食派が多い劇場スタッフとは意見が合わない。小さくて薄暗い事務室が、私のランチルームだ。
いつもより昼休みが遅くなってしまったからか、この時間に給湯室にいる人は私しかいなかった。


「うわっ、おべんとひっくり返っとる」


お茶用のお湯を沸かしていた時、弁当箱が上下逆さまになっていることに気付いた。
慌てて元に戻して蓋を開けてみると、致命的な崩れ方はしておらず胸を撫で下ろした。
熱いお茶を仲間に加えて、事務室に戻った。
あたたかい緑茶が、空腹にしみわたる。


「名字は?」
「昼行ってます」
「また節約か」
「なんやお金貯めてるらしいっすよ」
「毎日ちみちみ弁当作るんやったら奢ったるのになあ」
「言うたらどうすか?」
「いや、断られんねん」
「そうなんすか? かわいくなっ」


瞬間、下品で大きな笑い声が廊下に響く。
ここの壁がそんなに厚くないことくらい、私より何年も先輩なら分かっていることでしょう。
男性が無意識に使う「奢ったる」。私はこれがめちゃくちゃ嫌いだ。
まず相手を同等として見ていないことは明らかだし、この少ない文字数で、発した人間がふんぞり返っている様子が容易に想像できる。
一日にたった三回しかない食事だ。気分良く食べたい。


「……あれ?」


私は弁当箱を入れている巾着に、お気に入りのキーホルダーを付けている。苦労して手に入れて、とても大事にしている大事な物だ。
机、床、一度立ち上がって椅子周辺、どこを見回しても目当ての物は見つからない。鏡を覗いているわけでもないのに、自分の顔が青ざめているのが分かった。
早く見つけないと、まずい。
同じ物はもう販売していないし、もし誰かに拾われてしまうと、私の元に帰って来る可能性が低くなる。
私は来た道を戻り、誰もいない給湯室に向かった。


「お疲れ様です」
「、お疲れ様です……」


なんでこういう時に限って人がいるんだ。しかも、そんなに喋ったことのない永見さん。
永見さんは、コーヒーを淹れる途中のようだった。
覚醒しそうな深い豆の香りを他所に、私は給湯器の横に鎮座している物に視線を一点集中した。
見つけた……!
永見さんはこちらに目を向けることなく、スプーンでくるくるとお湯と粉末を馴染ませている。


「名字さん、何の用事ですか?」


給湯室に来るだけ来て微動だにしない私を見て不審に思ったのだろう。永見さんの眼鏡がギラリと光った気がした。
誰かいるなんて想像すらしていなかったことに加えてそんな質問が飛んでくるなんて、想定外中の想定外だった。
私の体と口は誰かに操られているかのように、不自然極まりない言動を繰り返していた。
何かに気付いたのか、永見さんは「ああ」と納得した顔をした。


「もしかして、こっちに行きたいとか?」
「あ、そう! そうなんです!」


我ながら、コミカルな小走りをした。
永見さんの背後を取りつつ、キーホルダーを取って早く帰ろう。幸い彼はキーホルダーの存在に気付いていない。
宝物までの距離は、あとちょっと。
私の目当ての物はなぜか大きくて美しい手によってふわりと宙に浮き、私の視線もそれを追って上空に飛んでいった。


「これ、名字さんのですか?」


永見さんの手から、セーラー服を着用した美少女戦士たちが、妖魔と闘うために使う正義のプリンセスロッドがぶらぶらと間抜けな姿で揺れている。
ひょうきんな姿のまま固まってしまった私は、まるで魔法にかかったみたいに永見さんの視線を捉え続け動けないでいた。
彼は、こんなにまっすぐ何かを見据える人だったのか。
濁りのない瞳に思わず真実を吐露してしまいかけたが、私のプライドが急ブレーキをかけた。


「……ああ、そう、これ……、姪がね! くれたんです! ガチャガチャで二つ出たから要らん〜って言うててそれで、」
「これ、僕ら世代のアニメのおもちゃですよね」


訪れる緊張感。ほとばしる焦燥感。
この人、なんでそんなこと知ってるの!?
完璧な言い訳だと思ったのに、その言い訳に被せてダウトを突きつけてきた。
冷や汗が背を伝う。


「リバイバル…… してるんですって」
「そうなんですか」


それ以上永見さんが何も言及しないことが分かり、やっと心の底から安堵した。
キラキラ輝く魔法の杖は、無事私の元に返ってきた。
細く長いため息をつく。一秒でも速くこの場から、彼の前から立ち去るべく、さようならの前振りをした。


「では永見さん、ありがとうございました」
「いえ。かわいいですね」
「はい。かわいいですよね、これ」
「名字さん、こういうの持つんですね」
「はい。姪のためなら、こんな子供っぽい似合わない物でも持ちます」


言わせない。「名字さんがこんなかわいい少女趣味な物が好きだなんて、似合わない」。
他人が作った勝手な印象のせいで、私は私でいることができない。
本当の私は昔の少女漫画が大好きで、かわいいものが大好きで、姪なんていない。
他人に知られたら嘲笑われてしまうこの姿が、本当の私なのだ。


「姪御さん思いなんですね」
「意外でしょ」
「全然。名字さんは優しいですもん」
「……そう見えてはるんですか?」
「はい、僕にとっては優しくてかわいらしい女性です」


「私、自分の立ち位置分かってます」、とアピールしたのも束の間、彼のやわらかく心地よい否定に阻まれた。
変わった感性を持つ彼のせいで調子が狂ってしまったのか、足が事務室へ向かおうとしない。


「僕らの世代でこのアニメ知らない人はいませんよね」
「そうですね」
「誰が好きでした?」
「あー、あの、赤い子、かな」
「僕はねー、アミちゃん」
「……青い子ですね」
「いつもお弁当ですよね」
「はい」
「どこで食べてはるんです?」
「ああ…… そこの事務室で……」
「好き嫌いとか多いんですか?」
「いや、特に。なんでも食べます」
「名字さん、今度食事行きませんか? 僕、前から名字さんと話してみたかったんです」


永見さんのコーヒーカップからは、すでに湯気は立っていなかった。
まさかこんな展開になるなんて、想定外を通り越して予定外だ。
骨まで不細工が染み込んでいる私は、うわずった声で「予定を確認しておきます」と言うのが精一杯だった。
思考回路はショート寸前だったが、その中でも確信めいたものがあった。
永見さんのこの食事の誘い方は、嫌じゃない。

















(永見どこ行っててん! 打ち合わせ!)
(ごめんごめん、月に代わってお仕置きだけは勘弁してー)
(……何言うてんの?)








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