1人で生きていくと決めた。







闖入者










友人の友人の友人なんて、他人以外の何者でもない。
「友達の友達は友達っしょ」が口癖の私の大学時代の友人が開いたレセプションパーティーで出会ったその人は、周りの誰よりも背が高くて一際目立っていた。


「名前」
「ん?」
「こちら、永見さん」


手に持っていたシャンパングラスをテーブルに置き、紹介された永見さんに頭を下げた。
目線をしっかり上げないと彼と目が合わないくらい、長身ですらっとしている。私の名刺を受け取る際の彼の左手には、光り輝く指輪も締め付けられた跡もなかった。


「司法書士さんなんですか。しかも独立されてはるなんてすごいですね」
「そんな皆さんが思うほどすごいことではないですよ」
「会社勤めより気楽で最高〜って言うてたやんか」


友人が開いたイタリアンレストランはなかなか小洒落ていて、今日は人数のことを考えて立食形式にしたと言っていた。
永見さんと私の友人は、それこそ先ほど話していた友人の友人という関係性なのだという。
大人しそうにしているけど、永見さんも実は友人と同じタイプのはっちゃけた方なのかしら。
考えていると、友人は名前を呼ばれて席を外した。
手持ち無沙汰がつらくて、私はもう一度グラスを手に取る。


「永見さんは、お仕事は何を?」
「あ、僕ですか。僕は、えっと、公務員を……」
「そうですか。部署によっては遅くまでお仕事があって大変とお聞きします」
「そうなんですよ〜」


笑顔は意外と子供っぽい。
おいくつなんだろう、と少し気になったが、お酒と一緒に飲み込んだ。
沈黙が訪れ、周りのざわめきがうんと強く感じる。
こういう場面で、自分がいかに今まで人との関わりを拒否していたかを突きつけられる。
元来他人に興味のない性格のため、新しい人間関係を築くことにどうしても時間がかかってしまう。
永見さんも気まずそうにされている。


「今日はおひとりで来られたんですか?」
「はい。私何するにも1人なのであんまり何も考えずに来てしまいましたけど、こんな華やかな場所ではさすがに浮いてしまいましたね」
「いえ、そんなこと。ただ、浮くというよりは、その……」
「はい……?」
「ひとりだから目立つというわけではなく、その、名字さん、お綺麗ですから」


口ごもってはいたが、彼なりの社交辞令だったのだろう。
流れ作業のように「ありがとうございます」とお礼を伝え、私たちの周りだけ奇妙な空気が流れた。
永見さんがグラスを煽る。


「お酒はお強いんですか?」
「そんなに。嗜む程度です」
「あまり飲まれると次の日に響きますよ」


まあ、お休みだからいっか。
永見さんに言ったのか、自分に言い聞かせたのか、どちらとも取れるセリフを吐いて、私もグラスを空にした。
友人が作った料理はどれも美味しく、お酒が進むものばかりだった。
永見さんが手を差し伸べ、私が空けたグラスをさらりと預かる。気の利く方だ。


「次、何飲まれます?」
「じゃあ、グラスでロゼを」
「僕も同じ物にしよう。ちょっと待っててくださいね」


お礼もそこそこに、永見さんは背を向けカウンターへ向かった。
長身でスーツが似合って、品の良い眼鏡をお召しで、物腰の柔らかい男性なんて、もうお相手がいるかライバルが多いかのどちらかだ。
負ける試合はしない。そもそも試合すら、私には必要ない。
ふたつの華奢なグラスを持って、永見さんはこちらへ向かってくる。その際の周りの女性のキラキラした目線に、私はアルコールが入っている状態でも余裕で感づくことができた。


「お待たせしました」
「わざわざありがとうございます。永見さん、最近何か良いことありました?」
「え? ああそうですね…… 何年も挑戦していた試験に合格したことですかね」
「えっ素晴らしいじゃないですか、おめでとうございます。じゃあそれに乾杯しましょ」


グラスがかちんと鳴って、ピンク色のお酒は波紋を作ってふんわりと甘い香りが漂う。
実はこのお酒は何らかの媚薬でしたと後から言われても、疑う余地は持たないだろう。
あの時の私は、きっとどうかしていたのだから。







top