「え、何なんあんたら」
「うるさいな、こちとら腹減ってんねん」


こんな時間に迷惑かけられる店なんてあそこしかない。それに報告もしたかったし、などいろいろ理由を挙げ連ね、瀬戸の店にお邪魔しに行った。
空きっ腹の状態で何個も何個も質問をされては答えを返しての繰り返しで、事の経緯は伝わったものの瀬戸はさっぱり意味分からん、と言って私たちを笑った。


「で、正式に付き合ったわけ?」
「ううん」


私の一言に瀬戸だけでなく、永見さんも同じようなリアクションをして、私だけが悪者みたいになってしまった。


「付き合ってないの? 僕たち……」
「はい」
「す、すきだって言いましたよね?」
「はい、ありがとうございます」
「それだけ!?」
「や、その、知り合ってまだ日も浅いですし、時間をかけて、」
「名前〜」
「……あ?」
「古すぎ、その考え」


瀬戸と永見さんは顔を合わせて「ね〜」と言って私をじっとりした視線で見据えた。
ああだしこうだし、と分かりやすく彼らに説明していると「もうええわ」と瀬戸に一蹴され、ビールとステーキをテーブルに置かれ続け様にこう言われた。


「自分の人生あと何年あると思ってんねん。300年生きるつもりか?」


ま、ほんまに300年生きるなら話は別やけど、と瀬戸は永見さんと乾杯しビールを煽った。
私はとりあえず、肉を食らって気力を取り戻すことにした。そうでないと、あらゆるものと闘えない。


「永見くん、名前をよろしく」
「うん、もちろん」
「ちょっとちょっと」
「何? 文句あるなら言うてみいこの鉄のパンツ」
「何よこの万年飲んだくれ」
「あーあーもう最悪、永見くんやっぱこんなつまらん女やめた方がええわ」






ジョッキを空けた彼女はバッグを持ってトイレに立った。
名字さんがいなくなった瞬間台風が去ったように静かになったが、僕は軽い笑いがこぼれでて止まらなかった。


「永見くん、名前は慣れたらあんな感じになるよ?」
「うん、知っとる」
「大丈夫?」
「うん、余裕」
「せやんな、永見くんなら大丈夫やな」
「ありがとう、瀬戸くん」
「……あんなこと言うてるけど、名前はもう永見くんしか見てへんよ」


僕が何度も頷いて目を細めているから、瀬戸くんは「名前のこと、ほんまに好きなんやね」と嬉しそうに言った。
彼女のことを誰よりも知る彼にそう言われたことが僕も嬉しくて、お互いに笑い合ってグラスを傾けた。
戻ってきた名字さんが僕らを交互に見つめ、納得いかない表情を作った。


「何、なんの話してたん?」
「今2人で名前の悪口言うてたところ」
「え! 永見さんになんか言うたん!?」
「それは帰りに永見くんに聞き。はい、うちそろそろ閉店やから帰った帰った」


半ば追い出すように僕たちを外に出した瀬戸くんは、またいつでも来てねーと声をかけてくれたが、僕の隣で名字さんは「二度と行くかー!」と半分怒って、半分笑って返した。


「すみません、永見さん……」
「うん、大丈夫ですよ」
「じゃ、また連絡します」
「ん?」
「え?」
「おうちまでお送りしますよ」






彼氏だし、と念押しする永見さんに、私は言葉を無くしてしまった。
その間に永見さんに最寄駅を尋ねられ、あれよあれよという間に私たちはホームに二人で電車を待っていた。


「今日、平日ですね」
「そうですね」
「だからこの時間、こんなに人少ないのか」
「そうですね」
「名前さん」
「、はい」
「僕の下の名前、ご存知ですか?」
「はい」
「……呼んでいただけますか」


見回すと、人が誰もいない。
元々利用者が他の線に比べて少ないのは知っていたが、平日の終電手前のホームはこんなにもきれいに二人だけになってしまうなんて、知らなかった。
私の呼吸音が聞こえてしまいそうで、いやだな。


「大吾さん」


名前を呼んだ瞬間、永見さんが頭を抱えてしゃがみ込んだ。
突然のことで驚き、慌てている私をよそに永見さんは声にならない煩悶を抑え込んでいる。


「取り乱しました。もう大丈夫です」
「それは、よかったです……」
「こうでもしないと、誰もいないのをいいことに名前さんを抱きしめてしまいそうで、危なかったです」


たぶん永見さんは、今一生懸命、精一杯私に寄り添おうとしてくれている。私が怖がらない程度に引っ張ってくれて、私が応えやすいように接してくれている。
私も、もう一回くらい素直にならなきゃ。


「手、を」
「ん?」
「つないでてください。少し酔ったのと、いつもよりヒールが高いので」


永見さんは驚いていたが、てのひらを服で拭いて私の右手を両手でつつんだ。


「……両手?」
「や、なんか片手だけやと勿体なくて」
「何それ、変なの」
「変人やし、ええの」


時間はかかるかもしれないし、何度も疑ってしまうかもしれない。
それでも永見さんは、深い思慮で私を見つめ、優しく手を引いてくれるだろう。
ガラガラの電車に乗ってもまだ尚手を離さない彼は何も不思議に思わなかったようで、私の苦言に小さく首を傾げた。


「永見さん、もう電車乗りましたよ」
「うん?」
「手、大丈夫ですよ?」
「んー、でも名前さん、今日ヒール高いから手つないどかな」
「……座ってるんやけど」


そう言っても目尻を下げて笑うだけで、部屋に送り届けるまで私の手を離さなかった。
……やっぱり、変な人。










闖入者
(2人で生きていくと決めた)





top