「君にとっては昨年の話になる」






その日は少し、不幸だった。少し、そう。少しだけ。
中間試験が終わった後、暇つぶしに散歩をしていた。散歩が趣味だったから、学校終わりで制服のままぶらぶらと。そうしていたら急に雨が降ってきて、ああ、ゲリラ豪雨だ、と。直感的に悟った。

六月中旬、生憎と熱心にニュースを見るタイプじゃなかった私は、備えを持っているタイプでもなく。折り畳み傘なんていうものを持っていなかった。ので、雨に濡れながらも小走りで路地裏を駆けていた。
どうにかして、雨をしのげる場所を探していた。


「はぁっ、は、はあっ…」


伸ばしていた黒髪が、肌に張り付いて気持ちが悪い。頬を伝う雨をぬぐいながら路地を進んでいく。
どうにも、ここは通ったことがない。今日はテストの出来がちょっと悪かったから、いつもと違う道を…普段通らないような道を、通ろう、と。そう思って、知らない路地を選んだ。それもちょっと、失敗だったかもしれない。

不幸な日は、不幸が続く。でもそんな時は母の言葉を思い出した。
もう記憶の遠い彼方に行ってしまった、顔も声も覚えていない母。


__『叶、何か嫌なことがあったときや、不幸なことがあった時はね
__楽しいことを、考えましょうね。この後、楽しいことをしよう、って』


……、雨宿り、できるところを見つけたら。
まず、暖かい飲み物が飲みたい。ミルクがいい。それにスプーンひと匙の蜂蜜。舌を転がる、ミルクと蜂蜜。

そこまで考えて、お腹が空いてきた。う〜ん、失敗だ。

走って、少し疲れて壁に寄りかかった、ところで。
タイミングよく突き当たりの店らしきところのランプが灯った。


「…」


一瞬の出来事のそれが、なんだか酷く幻想的に見えて、私は雨に濡れているのも忘れてほけっとしてしまった。今思えば電気式のランプで、ちょうどよくランプの電源をつけただけだったんだろうけど。
その時私は確かに「魔法みたいだ」と、小学生みたいなことを考えてしまった。


っしゅん、と。自分のくしゃみで我に返る。ずぶ濡れになったスニーカーを気にせず、店、らしき建物の前までいく。
どうしてそれが店だとわからなかったのかというと、そこには看板がなかった。
二階建ての、洋風のビル。アーチ型のドアにはオープンともクローズとも知らせるドアプレートは無い。
ただ、ポツンと備え付けられてたブラックボードに開店時間と閉店時間、それからお店の名前が書いてあった。


「…ええ、と。"the Land of Nod"…」


名前だけではなんのお店かもわからない。
扉の前で、入るべきか、否か、を、少しだけ考えた。




何屋なんだろう。おそらくは、小さいお店だから個人経営のお店、なんだろうけど。

屋根のない店の前で立ち尽くす女子高生はおそらくヘンテコ極まりないだろう。しかしこの路地に人はいなかった。多分、お店に人はあんまり来ないんだろう。多分今もお店にお客さんはいない。

制服越しに腕をさする。流石に、寒い。そこまで考えて、私はほぼ無意識にドアノブを握っていた。
からん、からんとベルが鳴る。内側にベルが付いていたようで。少し暖かい店内に身を震わす。店内は…見た通り狭かった。

誰もいないかと思われた店内の、バックヤードらしき扉が開く。跳ねたハニーブロンドと光の反射で琥珀色に輝く瞳が、私を捉える。ずぶ濡れの女を彼の瞳が映した。
見開かれるその表情に顔が苦笑いになるのを感じる。この状況の自分がどうにも、間抜けだったから。


「…あの、雨宿りしても、いいですか……〜、っくしゅ」


できれば、暖かいミルクとか頂けると。と、鼻を啜りながら言った。
これは多分、疲れてつい、出た一言だ。





とりあえず、と言われて差し出された白いバスタオルを肩にかける。それだけでも随分と寒さは凌げた。
促されるまま、店内の備え付けの椅子に座れば、少し待たされたあとミルクを差し出された。


「とりあえず、君座って。あとはい、あったかいミルク」
「ありがとうございます」
「……………ヒーター」
「ん。ジェジェ、この子の前に置いといて」


紙袋を被った高身長の男性が私の前にヒーターを置いてくれる。ぺこり、と会釈をすると、それを一瞥したかと思えばすぐにバックヤードへと引っ込んでいった。
それを見つめていれば、店主の男性が私の目の前の椅子を引き、私の目の前に座る。


「ごめんね〜、あいつあんまり人前に出たがらないの」
「あ、いえ…」


差し出されたミルクをふうふうと冷ましていると、店主さんから「猫舌?」と聞かれる。
頷けば面白いものを見るように目を細めた。


「君、猫に似てるね」
「よく言われます」
「そう?ま、綺麗なまんまる猫目だもんね〜」


なぜだか見定められるように目を見つめられ、気まずくなり目を伏せる。温かいミルクを頼んだことを根に持たれてるのかな、と思ったけど、どうやらそうでもない様子だ。

ゆっくりと瞬きをしながら、白い水面を見つめる。うっすらと映る私の顔は自分でも納得するくらいに猫に似ている。自他ともに認めるほどの猫目は、どうにも父に似たようだった。


舌を出しながらそっとミルクを啜る。まだちょっと熱い。伏していた目線をゆっくりと上げれば、店主さんと目が合う。そのまま食えない笑みを浮かべて自己紹介をしてくれた。


「俺は有栖院御国。この骨董屋、"the Land of Nod"の店主だよ。御国でいい。
君名前は?」
「え、っと……雪平…叶です」
「そう、よろしくね」
「…どうも」


簡単な自己紹介を互いに済ませる。店主さん…御国さんは、どうにも歳が近いように見えた。と、言っても20代前半くらい。若い人が営むお店に来たのは初めてで、どうにも挙動不審に店内を見つめてしまう。散歩が趣味、と言っても、お店にはあんまり不用意に入らないから。

棚に、細長い瓶が陳列されている。ラジカセとか、ボトルシップとか…あとカウガール風の人形。どこか御国さんと似ているような気がしなくもない、と。そう思いながら見つめていたら不意に店主の御国さんが、先ほどとは打って変わってぎろり、と私を見る。


「…ちょっと」
「……はい?」
「俺のアベルを性的な目で見るな!!」
「……?」


一瞬の沈黙。どうにも天使が通り過ぎた。
彼が言ったアベル、というのは…あの、カウガール風の人形のことだろうか。人形を性的な目で見る、というのは、彼はもしかして人形偏愛症(ピグマリオンコンプレックス)、だったりするんだろうか。
目を、目線を、右、左、と彷徨わせる。


「…アベル、は」


何を言ったらいいか分からず、ふと、思ったことを口にする。それが一番、手っ取り早いから。
きっとそれは私の欠点なんだろうな、と頭の片隅で思いながら。
__旧約聖書で、アダムとイヴの息子、カインの弟の名。そのアベルは


「確か、遊牧民、でしたね。だからカウガール風なんですか?」


そこまでいうと、目の前の男性は一瞬驚いたように目を見開いて、それから力が抜けたように椅子の背もたれにもたれかかる。気が抜けた、というのはああいう表情をするんだろう。
御国さんはふーっ、と息を吐いたのち、自己紹介の時と同じように笑った。


「君、物知りだね。でも別にそういうのは関係ないよ」
「……じゃあ、人形偏愛症(ピグマリオンコンプレックス)、とかですか?」
「違うよ。…ま、女の子の君にこういうこと言ったら、俺が責任に問われちゃうのかな?まあ、いいか」



ちょうど良くなったであろうホットミルクを恐る恐る飲む。あったかくてほんのり甘い。きっとここに蜂蜜があったら、もっともっと美味しかっただろうけど。でも美味しい。ミルクの甘さに舌鼓を打っていれば、彼が頬杖をついて、少し目元を緩めた。


「美味しそうに飲むね。別にただの牛乳なんだけど」
「そう、ですか?でも、ふふ、五臓六腑に染み渡ります。ずぶ濡れになるのも案外悪くないですね」


そう言いながらこくこくと飲めば、大袈裟だな、と少し笑われた。


「別にずぶ濡れになる必要はないと思うけどね。…ところで、(夢主の名前)ちゃんはどうしてずぶ濡れでここにきたの?別に吸血鬼に追われてた、とかじゃないでしょ?」
「吸血鬼…?いや、学校帰りで散歩してて、そしたら雨が降って来ちゃったんで」
「ああ、典型的だね」
「で、雨宿りできるところを探してました。あったかいミルクが飲みたいな〜って、思いながら」


そこまでいうと、また目を丸くされる。この人、驚くと少し幼く見える。そう思いながらまたミルクを一口、口に含んだ。それからまたじっと少し減ったミルクの水面を見つめていると、視界の端で御国さんがぷるぷると震えていた。

「っふ、あっはっはっは!君、雨に濡れながらミルクのこと考えてたの!?それ、なんかもうまんま子猫みたいだね!」
「…」

少し恥ずかしくて目を伏せる。まあ、高校一年生にもなってあったかい牛乳が飲みたいな〜と思いながらずぶ濡れで走るのは、まあとんとおかしいこと、なんだろう。
ひいひいと笑う御国さんを横目に、また店内をくるりと見渡す。狭いけど、ものが色々置いてある。カウンターのところには外国語で銘柄が書いてある瓶が綺麗に積まれてたり、…試験管が置いてあったりする。どうしてだろう、とそのままカウンターに目を滑らせた。

蛇が視界に映る。黒い体に額に白い十字の模様がある。赤い瞳の蛇。

「あの、蛇は」
「ん?ああ…俺が飼ってるんだ」


ほら、と御国さんが手を伸ばして、蛇を手に絡めとる。興味深げにじっと見つめていれば、「よかったら触る?」というご提案。それに頷き、そっと手を伸ばす。


「……?おい、ジェジェ……?」


私が伸ばした手に、「ジェジェ」と呼ばれた蛇はつたうことをしなかった。ただ、私の瞳をじっと見ている。
黒い体に、十字の模様に、赤い瞳。赤い小さな瞳の中に、私の青い瞳が映る。
この目を見ていると、なんだか酷く…不思議な感じがする。


ぼんやりと見つめあってると、ふと蛇が遠ざかっていく。御国さんが手ごと遠ざけたからだった。


「ねえ、君は__吸血鬼って、信じる?」
「…、はぁ」


突拍子もなく、子供騙しのような質問だった。それは返答を求められているらしく私はすん、と鼻を鳴らして答える。


「いる、ぅ、んじゃ、ないでしょうかね」
「へえ、その根拠は?」
「……や、噂とか空想のものに、根拠を求められましても」
「あはっ、確かに。それもそうだ」


ちみり、とミルクを飲む。恐らく冬用のヒーターは、店内を暖かくしてくれる。六月と言えども雨が降るとすぐ寒くなって、湿度も高いはずなのに、今の私にとっては丁度いい室温に感じられた。
古いヒーターなのか、微かに燃える火が奥にみえる。


「でも、噂でもなんでも、信じる理由は少なからずあるはずだ」
「…」
「それが、俺は知りたいな。君が吸血鬼を信じる理由」


吸血鬼を信じる理由。簡単だった。それは


「それは、私が…
__私の母が、魔女、だからです」


雨は、まだ止む気配を見せない。
強く打ちつける雨は私の声を掻き消さないだろうか。雨音のせいで、聞き返されるだろうか、と。見つめていた火から目を逸らして、御国さんを見つめる。
鈍い、琥珀のような目がこちらを捉えている。どうやら話の続きを促されているようで、彼はじっと静かにこちらを見ていた。そして、蛇も私のことを見ている。


「…と、は、言っても。明確に、魔法を見た、だとかではないんです。
ただ、死んだはずの母から…毎年、誕生日に、手紙と種が送られてくるんです」
「死んだ?」
「はい。生まれた時に、死んだ。と、父からそう言われていたんです。
でも、毎年律儀に…4月8日、私の誕生日に、手紙が送られてくるんです。

__最初は、10歳の頃、でしたね。

『お誕生日、おめでとう、(夢主の名前)。

今日の佳き日に、祝福を。
パパには内緒のプレゼント。
魔女のママから、愛しいあなたに。
魔法の種を、プレゼント。

大事に育てて、頂戴な。
それは素敵な、魔法の花。
あなたを表す、プレゼント。
素敵な貴女に、祝福を。

ママはいつでも、貴女の味方』」


何度も読み返した短い手紙の内容。そこまで話すと、御国さんは何かを考えるように顎に手を当てた。


「その種、育てたの?」
「はい」
「魔法の種だったの?」
「いえ、普通のレンゲソウでした」


レンゲソウ。それは私の誕生花だった。
つらつらと話し終わり、そこでこの話を他人に初めてしたことに気が付く。だって、今時小学生ですら信じないだろうこんな話を、高校生である自分が信じているなんて。
それ以前に、自分が信じている話を誰かに否定されるかも知れなくて、少しだけ話したことを後悔した。
それからだいぶ気恥ずかしくなり、置いたカップにもう一度手をつける。唇を濡らすミルクは最初よりもだいぶぬるくなっていた。


「…なるほどね、君は手紙の中の『魔女のママ』を信じているわけだ」
「…や、やっぱり忘れてください。荒唐無稽なのは、話してる私がよくわかるので…」
「いやいや。それが本当かどうかは分からないけど、まあ、それが君が吸血鬼を信じる理由、ってわけだね」


魔女がいることを信じているから、吸血鬼がいることも信じている。
なるほどね。と、御国さんは組んでいた脚を組み直し、こちらへ向き直る。
その表情は、少し真剣な顔立ちだ。


「君が思っているよりも、意外と世の中はそういう御伽噺みたいな存在で埋め尽くされているんだよ」


物語の口上のようだった。御国さんの視線がつい、と蛇の方へと向く。蛇はぬるりとテーブルの方へと這っていく。這っていき、そして床へつたう。
瞬きの間、ぽふんと可愛らしい音と共に、蛇がいたそこに、先程のヒーターを持ってきてくれた紙袋の男性が一瞬にして現れた。
言葉にするのは簡単で、でも人間は意外と実際に荒唐無稽なものを見るとそれを嘘だと感じる。恐怖からか驚愕からか、私は後退りをしようとして、そのまま椅子ごと後ろに倒れ込む。


「、っあ」
「っと、………君、意外と驚くんだね」


寸前で、椅子ごと御国さんに支えられた。が、心情はそれどころじゃない。
蛇が、人になった。
蛇が、人になった……!
御国さんの腕を掴んで体制を立て直しながらも、言葉を忘れたようにはくはくと口を動かしてやっとの思いで言葉を吐き出す。


「これ、これ、って…魔法ですか?」
「いいや。違うよ。」


いとも簡単に否定された。魔法じゃないなら、さっきのことはどういう現象なんだろうか。人は無意識に、不明瞭な現象に名前をつけたがる。あれが魔法じゃないのなら、手品、だろうか。でもそんなチープなものではないと心のどこかで’確信’をしていた。

紙袋越しの、赤い瞳が、やけに私を惹きつける。

「こいつがさっき言ってた吸血鬼、ってわけ。まあ吸血鬼らしい証明は今はできないけど、蛇が急に人になったら結構驚くよね〜」
「お、驚きました……」


立ったままじっとこちらを紙袋越しにこちらを見つめる男性は何も言わずに目を逸らす。目を逸らされたことにより、私はなぜかほっと息をついた。無意識に緊張をしていたようだ。


「吸血鬼って、蛇になるんですか…?」
「いや、こいつが特別なだけだよ。説明するとややこしくなるんだけど…。まあ、そうは見えないかも知れないんだけど、これでも吸血鬼の中のボス…みたいな存在なんだよね、こいつ。
日に当たっても灰にならない吸血鬼、とだけ知ってたらいいよ」


日に当たっても灰にならない(死なない)吸血鬼。それってつまり…不老不死、みたいなものなんだろうか。横目でジェジェさんをそっと見つめると、彼はさらにその視線から逃げるように一歩二歩、と下がりついにはお店の端っこで体育座りをしてしまった。


「……え、っと」
「ああ、いつものことだから気にしないで」


ジェジェさんは…すごく、シャイな人(吸血鬼)、らしい。
いつものことならまあいいのかな…?


「でも、それならさっきのジェジェの行動も納得がいく」
「…?」
「蛇の姿のジェジェが、君をじっと見つめていたでしょ?
それは恐らく…君の『魔力』に反応したからだ」
「…ま、りょく?」

「そう。魔力。

魔女っていうのは…俺も詳しくはないんだけど、行動の一つ一つに少なからずとも魔力が宿っているんだ。
君の母親が手紙で君に言った『種を育てること』、
君がジェジェを『見つめること』、
恐らく『歩く行為』ですら、全てに魔力が宿っている。
SERVANP…まあ、死なない吸血鬼のことをそういうんだけど、SERVANPは少なからずそういうのに『反応』するようにできてるんだ。

そして反面、君ももしかしたら…吸血鬼の内側の『力』に反応を示したのかもしれない」


どう?と首を傾げられ、確かに先程の感覚を思い出す。
ジェジェさんの赤い瞳、なんだか惹きつけられるような…不思議な魅力があるような、そんな心持ちになってしまった。
歩くこと、見つめること、私の行動に魔力がこもっている。なんだか御伽噺のようで、少しだけ頭がくらりとした。


ぼんやりと、かのジャンヌダルクを思い出す。
火刑にて死んだジャンヌダルクは、確か人々を惑わした魔女だと言われていた。

「………お前は、……人だ」
「え、っ?」


思考を沈ませていれば、不意にジェジェさんが口をひらいた。


「波長が……合う、感覚はある。
だが……本来の魔女は、……、自分たちを……使役、する」
「…魔女っていうのは吸血鬼よりも位が高いんだ」
「位…ですか?」
「強さ、みたいなニュアンスだね。
ただ…君が完全な魔女じゃない、から。多分近づかないとわからないんだと思う。
本来の魔女は…まあ、実際に見たことはないんだけど、歩くたびに花が咲いたり、話すたびに風が吹いたり、とかするらしいよ。
そういう一つ一つの行動で、人間にはできない『神秘』を起こす。それが魔女の定義…とされてるんだ」
「……神秘」

例えば、火を起こしたり、とかだろうか。人間ができない神秘を、息をするように行う…。それはなんだか魔女…というよりかは、妖精に近しいものに感じる。


「君、父親は?」
「あ、います。えっと、仕事が忙しくてあんまり会ってないんですけど…。多分、普通の人間、だと思います」
「うん、そうだろうね。でもそうか…普通の人間だとすると……」
「……?」


御国さんはそこまで言うと、私には聞こえないくらいの小さな音量で何かを呟く。…こういうところ、ジェジェさんと少し似てる、かも。
それを言ったらなんだか怒られてしまいそうなので、この言葉はそっとしまっておこう。

…雨はいつの間にか止んでいるようだ。窓から見える外は、薄らと明るい。ぽつ、ぽつという雨粒が落ちる微かな音が耳をくすぐる。
大雨のせいで制服はまだしっとりとしているけれど、別に下着が透けてるわけじゃないし、この調子なら帰って着替えれば、まあいいだろう。


「ねえ、もしよかったらだけど…」
「…?はい」


御国さんの方へと向き直る。御国さんの表情は先ほどよりも、そして最初出会った時よりもだいぶ柔らかいもののように感じられた。


「これからも、定期的にこのお店にきてくれないかな」
「…え?」
「一応、知り合った身だしね。君も魔女についてよくわからないみたいだし…。俺も知ってることは少ないけど、何かわかったら君に教えてあげる。
それに、吸血鬼のこともっと知りたくない?」
「……、……」


好奇心は、猫をも殺す。九つの命を持つ猫ですら好奇心は殺してしまうのか。
それでも一度知ってしまったら、きっと止められない。母のことも…少し、何かわかるかも知れない。


「知りたい、です」


テーブルを少し乗り出すように答えれば、御国さんが笑う。
その笑顔が少し影に隠れて、私にはよく見えなかった。