朱桜司がアイドルを引退した。
それと同じに、朱桜司は朱桜家と縁を切った。
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息を吐くと煙草の煙と負けず劣らずの白が吐き出される。マフラーに冷たい顔を埋めるも、元から体温が低いからかあんまり効果はなかった。
早く家に帰りたい。目と鼻の先にすぐ家があるのにも関わらず、エレベーターもないこのアパートの三階まで上るのは誰だってきついだろう。お土産であるマカロンが入っている紙袋を慎重に運びながらアパートの階段を上る。
このぼろアパートはインターホンが無い。内装は綺麗だけど、結構築年数は経ってるこの一人用のアパートは階段の音がかんかんと煩い。でも多分、彼が起きてたらまず彼女の足音に気づかないことはない。最近は暇で、たまにお昼寝をすると言う。日本いた時には想像もできない発言に音を立てる主は不思議な気持ちになったものだ。それは、嬉しいことには変わりがないが。
息を吐く。黒い髪に雪が積もり、白く化粧をされていく。ここの階段には屋根が無い。雨の時なんかは最悪だが、雪ならまだましな方だった。女は頭の上の雪化粧に気づかず赤い瞳をまたたかせる。まつげにすら白く雪が積もりかけ、手袋がそれを拭い去った。
英語が喋れてよかった。マカロンを買った時のことを思い出す。拙い英語でも知識があれば伝わるものだ。もともと着の身着のまま…は言い過ぎなものの、そして下準備はしていたものの、彼女と彼はほぼ逃げ去ったも同じようなものなのだ。
日本から。芸能界から。しがらみから。
階段を登り切り、一番奥のドアの前へ行く。それ女のささやかないたずらのような贅沢だった。一人用のアパートではあるものの、この建物の角部屋は他の部屋よりも少しだけ部屋が広いのだ。
手袋を取り、雪にも負けない白い手がこんこんこん、とシックなあかのドアをノックする。数秒してから、薄いドアが音を立てて開いた。
ドアと同化しそうな赤色が目に飛び込む。眼鏡越しに微笑まれる。彼の目線も学院の頃と比べると随分と高くなった。
「Welcome back!依さん。今日もお仕事お疲れ様です」
「んふ、あいむほ〜む、つかさくん」
ここは米国の都会から少し外れた場所。周りにあるのは住宅と、少しのお店。隠れるように建つ、あかいドアのアパート。
元アイドルである朱桜司と、一般人の朔間依はそこで暮らしていた。