余生はパン屋で暮らしたい:ut


別に好きではないけれど


「私は、パン屋を営みたいとも思いません。自身がくっそ可愛いとも思いません。


でも、浮気には寛容だと思います。」






スコープを覗く。風が私の頬を撫でる。血生臭い、香りとともに。この四階ばりの廃墟にも、砂埃は風によって届けられる。思わず顔をしかめてお気に入りのマフラーで顔下半分を覆った。
……今日、嫌なことだらけだったなあ。朝いつも目覚めがいいのに悪かったり、ご飯に嫌いなものが出てたり、雇い主の上司から嫌がらせ受けるし、味方の流れ弾で死にかけるし、それに、それに、


「……我々、国」


スコープから目を離す。見えるのは私が雇われているサンリェッタの緑色の軍服を着ている衛兵たち。相反して黒い軍服を着る我々国の衛兵。その中で私服のような服装で暴れまわる奴等。
彼らが、私の今回のターゲットでありながら、我々国の幹部ども。
ニット帽がシャオロンさん。金髪で半袖短パンがコネシマさん。緑のパーカーがゾムさん。そして、


「……なんでいんの……?」


普段は前線に出ないと聞いていた、遠距離戦が得意なはずの、くたびれたスーツを着た人。鬱さん。自身の眉が寄るのを感じながらもぐっ、と、神経を耳に全集中させ、能力を使う。本当に私の能力器用貧乏じみたもので良かった。



そうすれば、耳鳴りともに彼らの声が銃声とともに聞こえ始める。


「ーーーゃぁあああ!!!!しゃおっ、しゃおちゃたしゅけてぇえええ!!!!」
「だああああ!!!!煩いわ大先生!!!なんでお前前線おんねん!?!?」
「だってマークしてたとこ出待ちされとったんやもんんんんん!!!!!いやぁぁ!!!!」
「喘ぐなや大先生!!!気持ち悪い!!!」
「そう言って流れ弾カバーしてくれるシャオちゃんほんとしゅき!!!」


小さくても服装が違うだけでありありと目立つそいつら。すばしっこい鬱さんと敵をシャベルで薙ぎ払うシャオロンさん。遠目からでもわかる。なるほど、データにあった通り鬱さんはとても足が早かった。寧ろ遠くからのほうがそれが鮮明にわかった。それに少しだけ笑みが零れ、……数秒後に呆れてため息をつく。


「……、なに、やってんだ」


自分自身にかけた言葉。敵を見て微笑むだなんて、とんだ笑いものだ。肩にかけていたライフルーーSIG SG550ーーをもう一度かけ直す。ライフルはすばしっこく動く鬱さんを捉えている。動いているやつのほうが逆に捉えやすい。銃や周りの攻撃で動きが制限されるからだ。それに、速いけど捉えきれないものじゃない。


「…………」


未だに、耳の奥で声が聞こえる。能力をまだ維持しているからだ。狙撃するにあたって完全に消したほうが良いのだろうけど、私は、あろうことか彼の声をまだ聞いていた。


「だあ!!大先生お前ナイフくらい持っとるやろ!!ええ加減無能なりに応戦せえや!!」
「ひゃんっ!!シッマこわっ!!」
「大先生ほんと喘がんといて!!誤って殺すから!!!」
「ほんま数だけ多いなあ、サンリェッタは」


四人の声が、聞こえる。数だけ多いサンリェッタ。数では圧倒的に負けている。それなのに、面倒な声は聞こえるが焦りは一切感じ取れない。私はそれに焦りを感じた。


「っ、速いとこ、」


やんなきゃ。殺さなきゃ。それなのにスコープを覗き、彼の姿を追うだけで私は引き金を引けない。何故?心の奥底で理由はわかっているのだ。
刹那


「っ、ぐっ!?」
「っ……うそ、」


思わず肩に力が入る。鬱さんの脚。スコープで見ていたからわかる。脛を狙って、脹脛にあたった弾。恐らくサンリェッタの兵のものだ。鬱さんが体勢を崩す。


そして呆気なくべしゃりと地面に肘をついた。遠くで彼の名を呼ぶ幹部たち。しかし、サンリェッタは数だけ多い。すぐに彼の近くに行く事は出来ないだろう。ああ哀れ。前線に出なければ、彼は死ななかったのに。


「……っ」


今撃てば、確実に殺せる。私が見るだけであれば兵どもが手柄を欲しいがため我先にと彼を殺しに行くであろう。現に、彼の目の前には今朝私に嫌がらせをした、恐らく大尉辺りの奴が彼を見下ろしているのだから。
息が詰まる。いま、いま見殺しにしてしまったら、彼は、死ぬ。


「ほお、幹部様が戦場で地につくだなんて。良いものを見れた」
「ぐ、っ」


鬱さんは咄嗟に短剣を投げるが、大尉の身体に掠るだけで、傷を与えられていない。ああ、無能だ。
他の幹部は、サンリェッタの兵の時間稼ぎで足止めをされている。いま彼を助ける者は、誰もいない。
ああ、ああ、終わりだ。



「っ、ぅ、……いやぁ、ほんま、そんな大層に、幹部だなんて言わんで下さいよぉ。僕ぅ、貴方に短剣でさえ当てられへん無能やで?」
「ああ、そして遠距離では無敗だと聞いているよ。そんな君を殺せるだなんて、俺はなんて運がいいんだろうね」


ぎらりとした気持ち悪い笑みを浮かべて、剣を取り出す大尉。汗を垂らす鬱さん、周りの叫ぶ声。銃声、煙、遠目からでも鮮明に見えて、何もかもがスローモーションに見えた。


『なあ、お嬢さん。名前なんていうん?』
『お嬢さん観光?なら俺がええとこ連れてったるよ。今日だけ、デートせえへん?嫌なことはせえへんから』
『あははっ!!お嬢さんおもろいわぁ!な?たのしいやろ?こういう国なんやで、我々国って』
『せやろせやろ?あー、ほんま今日なんかデートやったなぁ。ほんまはホテル行ってぱこぱ……あいたっ!!……ふふ、すまへんって』
『俺も結構楽しかったわ。…………やっぱホテルいてっ!……わぁかった。じゃあまた会えたら、も一回デートしよな?うん、それじゃあ、観光楽しんで、お嬢さん』


あ、だめだ。



直感的に、本能的に思った。ずくりと心臓が傷つけられたように痛い。思わず片手で胸元をシワができるまで握り締める。痛い、痛い、痛い!!感じたこともない痛みに、口内がからからに乾く。心臓が、煩く鳴り響く。その原因がなんなのか私はわからない。わからない、けれど、お願い、やめて。だめ、だめ、その人は、その人を、


「っ、殺すな!!!」



聞こえるはずもない。けれど叫んだ。咄嗟にスコープも覗かずに私が撃った弾は、綺麗に大尉の頭を貫いていた。それを確認せず、私は急いで指を鳴らす。いつもの感じ、空間が一瞬で揺れて、一瞬で違うところにいる。
私の能力。空間湾曲屈折。

血生臭い、死の香り。砂埃が直に私を襲う。しかし私はそれも何もかも無視して、唖然とする鬱さんの腕をとった。
そして、一言。




「鬱さん。惚れた弱みです。治療させて下さい」
「…………へっ?」

戦場にも関わらず、私は彼に告白をした。それが、彼と出会った2回目の出来事。




「認めたくないけれど、私は彼に恋をしました。ただそれは、キスをしたいとか、繋がりたいとか、触れ合いたいとか、そういうんじゃないんです。
彼が生きて、ただ笑って楽しくて過ごしてればいいんです。彼が彼なりに、普通に生きているのならば、それでいい。
だから、何も見返りはいりません。私はただの雇われ兵ですから。……もう、一度雇い主を裏切ってしまったから、もう私を雇う人はいないでしょうけど。
彼を助けた理由は、こんな感じです。恋をしてしまった。ただそれだけです」