01.いちにさん



「…はい、正式に書類受理が完了しましたので、本日付けから江戸に住んでいただけますよ」
「ほ、本当ですか!ありがとうございます!」
「今後生活していくなかで問題が生じた際、我々の管轄内でしたら対応しますので、ご連絡くださいね」
「何から何までありがとうございます!では、私たちはこれで失礼します」
「お世話になりました!」

侍の国。

私たちの国がそう呼ばれたのは、今はもう昔の話。
20年前、突如宇宙から舞い降りた天人(あまんと)の台頭と廃刀令により、侍は衰退の一途を辿っている。
それに比例して、天人と交流する機会が増加しているのが今の地球だ。

しかしながら、日常となりつつある現状を未だに飲み込めない人は少なくない。

そんな地球人たちからすれば私たちは天人を地球に引き入れる職員として認識されており、いい顔はされない。
高圧的な天人と嫌煙されがちな地球人に挟まれ、穏やかではない日常を過ごしている。


「すみませんミョウジさん、こちらの案件ですが期限間近にも関わらず一切取り合ってくれなくて…」
「どれどれ…。あー、納得。私が伺うので資料一式預かります」
「よろしくお願いします…!」

業務にもある程度慣れた後輩から相談された案件をみて思わずため息が出てしまった。

本来ならば行わなくてもよい業務のはずなのだが、如何せんこうするしか相手さんが対応してくれないのである。仮にも事業者なのだから、スケジュール管理はしっかりしてほしい。
そこそこの付き合いとなると、あの人たちにそういった繊細さを期待するのは無駄だということを思い知らされた我々の負けである。
…勝つ人なんているのか?


「今日は早く帰れると思ってたんだけどなぁ…」

空調管理のできた職場を抜け、もうすぐ目的地に着くという時に思わず独り言つ。
スナック横についている木製の階段を軋ませると、目的地に到着した。


ピンポン、と控えめな音が響く。
しかしながら反応はない。
これもいつものことだ。

そう、この人たちに遠慮はいらない。
ポジティブに言えば、インターホン連打ができるのはここだけ。ただ指が痛くなるだけ。


流石に喧しかったのか、玄関に向かってくる音がドタドタと聞こえてきた後、玄関の引き戸が乱暴に開かれた。

「だぁから!家賃は明日倍にして返すってんだろうが!」

「ご無沙汰しております、江戸入国管理局です。お宅の神楽ちゃんの定期報告書が未発送とのことで、お伺いした次第です」
「あ?…ババアじゃねぇのか」


今のこの江戸では他の国から地球へ移住してくる天人は珍しいものでもない。

しかし移住なり滞在なり、地球へくるからには手続きというものが必要なのである。
この銀髪パーマの万事屋に従業員として雇われている夜兎族の少女、神楽ちゃんは正式な親の許可が認定された書類はないものの、本人の強い希望と彼らの関係からまぁ大丈夫だろうという情けマシマシ判定でなんとか地球に住めているのである。その代り、定期的な報告を万事家社長に義務付けて手をうったはずなのだが…。

「頼みますよ。親の許可証明書なし未成年の天人を地球に住まわせてるなんて、特例中の特例なんですから。ご協力お願いします」

「うぃ〜。アリガトウゴザイマス」

靴を脱いだのち、こちらの言い分を本当にわかってくれているとは思えない家主の後を付いていった。







「…以上です。お変わりないようで何より。では私はこれで失礼します」
「はいご苦労さんでした〜」
「神楽ちゃんによろしくお伝えください」

特例業務を終え、万事屋を後にする。
お登勢さんにも会いたかったが、あいにくと今は夜の蝶の活動時間ではない。
また今度客として顔を出すとするか。

そうだ。
このあたりまで来たから、ついでといってはなんだがあの人の元に行ってみようか。
職場への帰還ルートから少し外れ、公園へと足を運んだ。







「あ、局長。お疲れ様です」
「未だに俺のこと局長って呼ぶ奴、てめぇぐらいだわ」

そういってサングラスのズレを直す、局長こと長谷川元局長。
とある事件がきっかけで懲戒処分を受け、現在は主に公園でよく遭遇する。まさに今。

周囲からはまるでだめなおっさんとからかわれているらしいが、私からすると滅相もない。
私が今この仕事に就いているのは何を隠そう、この人のおかげである。
残念ながら局長でも上司でもなくなってしまったけれど、敬意を込めて今でも私は”局長”と呼んでいる。

「食料とか日用品は足りてますか。仰ってくださいね」

局長時代の局長は誰もがうらやむエリート道まっしぐらだった。
クビと聞いたときは私も納得いかなかったが、現役時代よりも伸び伸びしている局長をみたらこれでよかったのだろうと思えた。

「後輩からせびるほど落ちぶれちゃいねぇんでね。てめぇは自分の欲しいもの買いな」
「はいはい。じゃ、これ買いすぎちゃったので置いときます。では」

途中で寄ったコンビニで適当に買ったが、役に立つだろうか。

局長からすると年上と元上司としてのメンツがあるのだろう。
いつも素直に私からの支援物を受け取ってくれることはない。
なので、無理やり押し付ける形でたまに渡している。
いや普通に死んじゃうからね。食料も衣服もなかったら。



「あいつもいつの間にかでかくなりやがって…」

そう呟いた男のサングラスの裏では涙が輝いていたという。



業務が若干残っているのについ寄り道をしてしまった訪問業務の帰り道。
違う道を通っていれば、あと少し時間が早ければ出会うことはなかったのかもしれない。

「あれ…もしかして」





「御免ください。江戸入国管理局の者です。どなたかいらっしゃいませんか」

そこそこの大所帯だったと記憶していたが、皆出払っているのだろうか。声をかけたものの一向に人が出てくる気配がしない。仕方ないので壊れたおもちゃのように何度も同じ言葉を発すると、ようやくのしのしと人が来る気配がした。デジャヴ。

「ったく…なんで俺が来客対応しねぇといけねぇんだよ…。あ?エリート様がこんな汚い所によくぞまぁ」

「ご自覚があるならば環境美化に勤しんではいかがでしょうか。真選組副長殿」

副長直々に来客対応していただけるとは。滅多にない機会だろう。全く嬉しくはないが。
こんなところで運使いたくなかった。というか来客対応でもこんなに態度悪いのか、この人。



「エリート様は口も大変達者ですな。我々も見習いたいものです。で、ご用件は」

「戯言を挟まないと会話ができないとは、困ったものですね。我々の手を煩わせておきながら偉そうな口を叩けるのは、面の皮が厚い真選組の特権ですか」

「はぁ!?いつてめぇらの世話になったよ!」

「こちらで他星のペットを飼育されてますよね?当方が本日昼過ぎ公園近くにて保護し、連れて参りました。困りますよ、土方副長殿。ペットの管理ぐらいしっかりしていただかないと。特に他の星の生き物なんて、飼い主でないと扱い方不明の場合が多く、事故に繋がりかねます」

「ペットだぁ…!?ンなもん、ここで飼ってる訳ねぇだろ!」

「おや、違いましたか?でもこちらの住所が記載されている書物を所持しているペットを保護しまして…。ほら、出ておいで」

「…って近藤さんじゃねぇかァァァ!」

「ゴリラ、ここの住所だよな?よしよし」

「ウ、ウホ…」

「近藤さんもなにゴリラになってんだ!人間の誇り捨てンな!照れんな!」

「いやだって…いつも敬語対応のナマエちゃんが、対ペットだとフレンドリーになるからつい…」

「つい…じゃねンだよ!局長って自覚そろそろ持ってくんない!?」

「えっ近藤局長でしたか…!大変失礼いたしました!土方殿、土下座!」

「えっ、あっ…ゴリラと間違えてすいませ…ンで俺が謝ってンだ!?」

「土方副長殿は案外流されやすいのですね」

「遊んでんじゃねぇよ、江戸入国管理局のエリートがよ」

「…」



この人は相変わらずだな…と見つめていると当方人にバレたらしい。

「あ?なんだその顔は」
「副長殿、偏見が過ぎますよ。初対面の時は『女がそうそう務まる仕事じゃねぇ』とか言って、今は『エリート』って馬鹿にして」


業務によっては真選組と連絡を取ることがあるので、いつのまにか顔見知りになっていた。
世間は真選組に厳しい言葉をかけるが、本当は優しい方々だ。
こうしてふざけた会話をしてくれるぐらいだ。


「や〜い土方の時代錯誤野郎」
「あ、一番隊隊長殿。ご苦労様です」


副長殿と話している間に一番隊が帰還してきたらしい。
…いや、他の隊員の足音が聞こえないのでサボりの一番隊隊長殿が帰ってきただけか。


「てめぇこの前のこと忘れたんですかぃ?今すぐ首落としてやらぁ」
「ソーチャン、やめてください」


そうだった、約束というには余りにも理不尽なものを結ばされたのだった。


「…は、お前ら下の名前で呼び合ってたか」

「うるせぇ土方むっつり野郎」

「副長殿むっつりだから前髪V字なんだ…」

「いやむっつりと前髪の形は関係ねぇだろ!…つかむっつりじゃねぇよ!」

「俺いつまでゴリラのふりしてればいいの?ねぇみんな忘れてない?」





「久しぶりに皆さんとお話できて楽しかったです。まだ仕事が残っているので、この辺でお暇します。では」


「相変わらずせわしないヤツだな」
「土方さんとは大違いでさぁ」
「俺はてめぇの始末書処理で忙しいンだよてめぇも働け」
「なんだかんだ、ここ最近ナマエちゃん明るくなったよな。よかったよかった」
「…前が異常だったんでぃ」




寄り道が予想外に長引いてしまった。
はやく自分のデスクに溜まっている業務を消化せねば。
そう思っていつもより早歩きをしていた時、馴染みのある声が聞こえた。

「あ、ナマエ!どこ行くアルか」

「神楽ちゃん、久しぶりだね。さっき万事屋に寄ったんだよ」

「マジでか!」

「神楽ちゃんにも会いたかったから、丁度よかった」

「また遊びにくるヨロシ」

「仕事なんだけど…まぁ神楽ちゃんの様子も知りたいから遊びに行くね」

「おうヨ!」


神楽ちゃんは夜兎族で地球に出稼ぎに来た際、悪い大人に利用されていた所を万事屋さんに助けられてもらい、今に至るらしい。まさか勝手に宇宙船に乗り込み、移住許可証もない問題児だったとは夢にも思わなかった。


「急いでどこか行くアルか?」

「ああ…仕事がまだ残ってるから職場に戻ろうとしてたところだよ」

「だったら定春に乗っていくアル!」

「え、いいの?」

実は神楽ちゃんが定春くんに乗っている姿をみてから、こっそり憧れていたのだ。

「もちろんネ!散歩にもなるし丁度いいアル」

「じゃあお言葉に甘えて…!定春くん、よろしくね」

「アン!」


定春くんと神楽ちゃんに送ってもらったおかげで、寄り道での予想外タイムロスをなんとか予定時間内に挽回することができた。今度会った時にお礼を言わないと。





「今日はなんだか騒がしい一日だったな…」

当たり前か、通常業務に加えて特例の外回り業務があった。


天人が地球にやってきて20年程度。
天人側も地球人側もまだまだ偏見が見受けられる。
そんな両者が入り混じっている街に揉まれてくたくたになる生活も、私は案外嫌いではない。


  

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