私が誰よりいちばん

『わり、チフユが家くるから無理だわ』


今度の休日こそ恋人と過ごすためデートに誘うも、あっけなく断られてしまった会話を早々に終わらせて電話を切る。


「誰よその女ァ…」


まさか自分が典型的な面倒くさいと言われている女の台詞を吐く時がくるとは。



 最近、恋人の口から“チフユ”という名前が頻繁に出てくるようになった。
 彼女を差し置いて別の女の子を優先することは過去にも何度かあった。先に約束していた、と言われると責めることもできなかったし、納得もした。
 幼馴染でも恋人でも対等に扱ってくるところが場地の良い所でもあり、恋人からすると歯痒い所でもある。
 過去の付き合いから、場地に乙女心を理解するデリカシーを求めているわけではない。しかしながら、今回は流石に黙っていられない。

 あまりにも“チフユ”が私たちの逢瀬の邪魔をするのである。

 堂々と浮気をするクズではなかった…はず。中学校になってから別の学校になり、会う頻度が下がった今ではあまり自信を持って言えないのが正直な感想だ。場地が私の知らない価値観を育んでしまっている可能性も無きにしも非ず。

 とはいえひとりで悶々としていても問題は解決しないもので、実際に浮気現場を押さえれば何かしらの進展があるだろうと考えた私は、“チフユ”と遊ぶからと断られた日の放課後に場地宅へ突撃訪問することにした。



「場地〜、生きてるか〜」

 恋人の家に訪問しているとは思えない態度でインターホンを鳴らす。横暴な掛け声で訪問者が誰かわかっているらしく、玄関がゆっくりと開かれた。


「なんで家来てんだよ、帰れ」
「恋人に帰れって酷くない?AVか?AV見てたんか?」
「ちげーワ!…人来てんだよ。はやく帰れ」
「誰?マイキーくん?会いたい」
「いや…違ぇけど」


正直すぎて嘘をつけない、これが場地である。


「あ! 後ろにペヤング!」
「は!? あっ、オイ!」


 後ろにペヤングという訳の分からないことを言われてもちゃんと反応する、この素直さが場地である。そんな素直さを利用して場地の横をすり抜け、何度か訪れたことのある部屋に直行する。


「…ちす」
「あっ…どうも…」


 場地の部屋に突入した私の目に入ってきたのは、金髪刈り上げマッシュヘアの男の子だった。


わんこ男子じゃん…愛い…

 金髪でピアス開けてるから十中八九東卍隊員なのだろうけど、今推しているアイドルと同じカテゴリーの子で、推さずにはいられない。応援団扇を作りたいオタク欲が疼く。ハート作って。


いや、そんなことをしている場合ではない。
今日こそ“チフユ”と因縁の決着をつけなければ。

ざっと周辺を見回すとわんこくん以外人は見当たらない。が、玄関での押し問答を聞いてどこかに隠れたのであろう。ずる賢い女め。


場地えもんの寝床
カーテンの裏
頼りなく細い柵がついた窓の外

人が隠れそうな場所を一通り確認するも、残念ながら誰も発見することはできなかった。


「“チフユ”って女知らない?」
「…は?」

 いきなり入ってきて勝手に部屋を物色した女から訊ねられたからか、男の子はあっけにとられている。この反応からすると、場地の部屋にはいないらしい。
 であるならばと居間かその先のベランダに居場所を絞り、目的地へ向かうため場地の部屋を出ようとしたところで以前みたときよりも筋肉がついた腕がお腹にまわる。

「なにしてんだよ」
「浮気相手、探してる」

 まさかバレていると思っていなかったのか、場地は目を見開いた。

「いるわけねぇだろ」
「どうだか」
「いねぇって。いいから、はやく帰れよ」

そんなに“チフユ”を見せたくないの。
“チフユ”が浮気相手だと思ってたけど、浮気相手だったのは私の方だったのかもしれない。
そう思うと涙より先に言葉が出ていた。


「そんなに“チフユ”って女が大事なら私のこと振ってからにしなよ!」


 自分でもこんなに大きな声がでるとは思わなかった。防音機能を期待できないここの壁では隣人に聞かれてしまったかもしれない。
 肩を上下させて呼吸する一方で、頭のなかは意外と冷静だった。

「あの…」と場地と私以外の声がする方を見やる。

「俺、“チフユ”なんすけど」





 どうやら場地の浮気は私の勘違いで、最近よく聞くようになった“チフユ”は新しくできた後輩であることが判明した。
 当たり前のようにご機嫌斜めの場地に浮気を疑ってごめんと謝罪はしたものの、ぶすくれた彼の機嫌はすぐに直りそうにはなかった。


それにしても

「千冬くんさぁ…かわいいね」
「か、かわッ!?」
「こんな奴の相手して…お利口さんだねぇ」
「いや、俺が相手してもらってるんで…」
「謙遜もできるの?えらいねぇ」
「…ッス」

 褒められなれていないのか、可愛い偉い良い子と褒めまくっていたら千冬くんは真っ赤にした顔を俯かせてしまった。可愛い顔をもっとよく見せておくれ…と近づこうとすると腕を掴まれた。
場地だ。

「ヤメロ。千冬いじめんな」
「いじめてない。可愛がってるだけ」
「もういいだろ、帰れ。送る」
「え〜!まだちーくんと遊ぶ!」
「ちーくん…!?」

 私の鞄を持った場地は、突然のあだ名呼びに驚いているちーくんに「こいつちょっと送っていくワ」と声をかけると靴を履くために玄関へ向かった。
 ちーくんともっと遊びたかったのだが、鞄という人質を持っていかれては仕方ない。浮気現場を押さえるという本来の目的(幸いなことに浮気ではなかったが)を果たせたのでよしとするか。
 またねバイバイと伝えるとちーくんは小さく「ッス」と挨拶をしてくれた。カワイイ。


 場地宅を後にしてから会話はなく、私はただ前をずんずんと進む場地についていくので精一杯だった。夕焼けがひどく眩しく感じる。

 無事自宅前に到着するも、場地が鞄を返してくれる様子が一向に見られない。
 どうしたものかと様子を伺っていると「どっちが浮気者だよ…」と水分を多く含んだミゾレのように、場地の口から言葉がぽしょっとこぼれ出た。


それを皮切りに

「千冬みたいなの、絶対好きだと思ったから…会わせたくなかったのに」
「千冬ばっかり褒め倒してんじゃねぇよ」
「自分が誰のオンナなのか、わかってんのか」

と、まるで不貞腐れた子どもがいじけているかのような場地があまりにも愛おしく、外にいるにも関わらず抱きしめてしまった。「私も場地だいすき」と言うと返事をするかのように、背中にまわった腕が強くなった。


「だから千冬くんばっかり優先されて寂しかったな」
「…それは、悪ぃ」
「これからはもっと私とも遊んでね」
「オウ」


 後日、偶然その場を通りかかっていたマイキーくんに撮られた、抱きしめ合っている写真を見せられ、羞恥心が爆発した場地が暴れ倒していたのは知る由もなかった。





2022.02.13







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