女慣れしている彼

ケンくんは女慣れしている。
あ、いや
“女慣れ”っていう言葉は悪かった。

女性という生き物の生態をよく理解しているといったほうが正しい。

さらっと教えてくれた、世間的な普通とは言い難い境遇。
幼い頃から大勢の女性が周囲にいる環境にいたことも大いに関係あるのだろう。
というかほぼそうだろう。
世間の男性があまり気に掛けない小さい変化にも気がついてくれるし、女性の体を理解している。

ネイルを変えたら会ったらすぐに気がついてくれるし、
ストッキングが伝線してしまった時、隠していたのに目ざとくみつけたことを悟られないように飲み物を買ってくるふりをして新品のストッキングを買ってきてくれたこともあった。

化粧時間だとか支度に時間がかかっても、飽きることなく毎回可愛いなって褒めてくれる。

あまり履かない少し高めのヒールを履いてきた日は、自然と歩くスピードを落としてくれたし、疲れを感じ始めたタイミングで座れる場所に誘導してくれていた。

生理が原因で体調不良になっているとこれもまたさり気なく温かい飲み物だったり、ひざかけだったりを持ってきてくれたりする。



そんな彼だから、
いまこの状況は私の予想外だった。

「あの…ケンくん…?」

天井の室内灯が後ろにあるせいで、逆光になっている彼の表情をあまり伺えない。
先ほどから何度か呼びかけるも全く反応してくれない。
これほどまでに無視されるなんてことは初めてで、あの温厚な彼から言葉にせずともヒシヒシと伝わってくる怒りの感情に驚きを隠せない。

頭の上でひとつにまとめられてシーツに縫い付けられた両手を動かしてみるも、やはり状況が変わることはなかった。
腹筋に力を入れて動かしたら更に力が入ってこの状況を打破できるかもしれない。
そう考えてふっ、とか、はっ、とか声を出して力を入れてみるも残念ながら結果に変化はみられなかった。

「…抵抗すんな」
久しぶりに彼の声を聞いた気がした。
やっと会話をしてくれる気になったようだ。

「抵抗するでしょ。なに、この状況」
「ナマエ、自分が女だってわかってんのか」
「わかってるよ。現在進行形で男女の身体能力の差を感じてるよ」
「わかってねぇだろ」
「なんで。わかってるってば」
「わかってたらそのカッコ、どう説明すンだよ」

そう言われて、頭を下方向に動かし自分が現在身に付けている衣服を確認する。

お風呂上がりということもあって、スキンケアし易いキャミソールにショートパンツといういたって一般的ラフな格好。

「どう説明って…お風呂あがりだね」
「なぁ、俺のこと男だってわかってたらそんな恰好しねぇだろ」

彼に会うからわざわざこんな格好をしたわけでは断じてない。
汗ばんだ身体をすっきりさせるためにいつもより少し早めの入浴をした後、予定になかった彼の訪問に対応するため必然的にこの格好になってしまっただけであって。

「ケンくんは素敵な男性だよ。でもケンくんじゃん」
「俺も男なんだけど」
「存じ上げておりますけど…」

堂々巡りになり埒が明かないと思ったのか
はぁ、と小さくため息をついた彼は固定している私の手はそのままに、表情が見えていなかった顔を私の首元にうずめた。

キャミソールを着ているせいでむき出しになった首元から直に体温を感じた。
時たま絡む黒髪の柔らかさがくすぐったくて、思わず笑みがこぼれてしまう。

「っ!」
今までくすぐったく感じていたものとは違う感触が首を濡らした

驚いた反射で咄嗟に逃げの反応がでて、彼がいる方向とは反対に首を逸らしてしまった。
そのせいで鎖骨に引っかかって皮が薄くなった窪みを執拗に舐められる。先のほうで窪みをすくうように動いたかと思えば、表面で広範囲を撫でられたり、唇を合わせてきた。なす術もなく、はやくこの恥ずかしい状況が覆らないかとただただ時間が過ぎるのをじっと待った。
ヂュッと普段なかなか耳にしない音を最後に、大きな舌は首筋を登っていく。どんどんと自分の顔に熱が集まっていくのを感じる。
耳のあたりまで到達した舌はそこから離れていったのでようやく解放してもらえるのだと胸をなでおろした。しかしそれは勘違いだったとすぐ認識させられる。

「や、ぁ…!」
あろうことか耳に侵入してきた。

「ふぅ…ケンくん、やめ…!ぁ、」
抗議の言葉を伝えようにも彼が邪魔してきて最後まで言えない。
言える状況ではない。

普段冷静で落ち着いている彼から漏れたあつい息が耳にかかり、思わず身体がぞくぞくと反応してしまう。
自分で制御できないことに余計と羞恥を覚える。
そんな私のことなどお構いなしに、耳たぶを甘く噛んできたり、まるでアイスクリームを舐めるかのように。

「俺も男だから、好きなオンナが肌出した恰好してっと襲いたくなンの」


息も絶え絶えな私に、彼は出会ってから初めてみせる表情でそう言い放った。







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